ちょこっとGUM

今、自分が出来ること。やれること。それを精一杯やっていかなくちゃ!!

拾い読み★2017-172(1)

2017年06月21日 07時00分29秒 | マリーンズ2017


ロッテ・伊東監督、借金25でも「まだ諦めていない」
 ロッテは23日のリーグ戦再開に向け20日、全体練習を行った。借金25を抱え、5位・日本ハムとのゲーム差も7・5と大きく離れているが、「まだ諦めていない。新外国人が加入して、チームはまとまりつつある。一つでも借りを返せるようにロッテらしい野球をやっていく」と伊東監督。18日の巨人戦でデビューしたペーニャは指名打者で起用し、打撃に専念させる考えだ。 (ZOZOマリン)

(サンスポ)

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「勝負どころになったら井口」/伊東監督
 ロッテ井口が今季限りでの現役引退を表明した。伊東勤監督のコメント。
 「ひたむきに練習する姿、試合に臨む気持ちは、今も昔も変わらない。プロ入りの時は、敵チームにイキのいい選手が入ってきたと思った。スピードも力もあったし、勝負強い。監督としては、大砲不在のチームで責任を果たしてもらった。勝負どころになったら井口と決めている」。

ロッテ井口「勝つチームは自然と1つ」一問一答
 球界最年長であるロッテ井口資仁内野手(42)が20日、ZOZOマリンで会見を開き、今季限りでの現役引退を表明した。昨年オフの契約更改の際、球団に残り1年での引退を申し入れていた。今季の残り試合も1軍でプレーを続け、日米通算21年目でユニホームを脱ぐ。一問一答は以下の通り。
 -振り返って
 井口 残りの試合の中で、これまでのシーズン以上の良い思い出を作れたら。振り返るのは、全て終わってからと思う。
 -球界最年長として
 井口 最年長の意識は全くない。グラウンドに立てば年齢は関係ないし、若い選手と一緒に声を出して走ってという思い。
 -残りの試合で見てもらいたいことは
 井口 右方向の打球を追い求めてやってきたが、出し切れていない。もう1度、右方向に強い大きな当たりを打てるのを目指す。
 -大リーガーの影響は
 井口 昨年(シーズン前に引退表明したレッドソックスの)オルティスが、いろんな地方でファンの方に姿を見せていた。そういう姿を僕も見せたいなと。
 -チームを勝たせるために意識したことは
 井口 決して、僕1人じゃない。勝つチームは自然と1つ。僕も、チームの和を一番大事にしている。
 -こだわりは
 井口 打って、守って、走っての3拍子。なかなか、できなくなってきたけど、理想です。(イチローは)理想の選手。年上の方があれだけ動ける。そこを目指したいと思っている。

今季引退の井口資仁、次期ロッテ監督の筆頭候補
球界最年長であるロッテ井口資仁内野手(42)が20日、ZOZOマリンで会見を開き、今季限りでの現役引退を表明した。昨年オフの契約更改の際、球団に残り1年での引退を申し入れていた。今季の残り試合も1軍でプレーを続け、日米通算21年目でユニホームを脱ぐ。球団は実績や人柄を高く評価。次期監督の筆頭候補に挙がっている。
 いつものさわやかな笑顔だった。スーツ姿で会見場に現れた井口は「今季限りでユニホームを脱ぐことを発表させていただきます」と切り出した。「周りの人以上に好き」と自負する野球をやめるが、涙はみじんもなかった。
 球団には、昨年の契約更改で引退の意思を伝えた。「(13年に)日米通算2000安打を打ってから、引き際を考えてきた」。本来なら開幕前に発表のつもりだった。少しでも早く公表し、ファンやお世話になった人たちにプレーする姿を多く見てもらいたかったからだ。ただ、チームはオープン戦勝率1位。「良い流れを止めたくない」と自重し、試合がない交流戦終了後のタイミングを選んだ。
 チームメートには、この日の練習前に円陣で伝えた。「厳しい状況だけど、全員で力を合わせて戦い抜こう」と呼び掛けた。借金25の最下位だけに、引退発表を自ら「起爆剤」と表現。「残りシーズン、頑張って、みんなで1個でも上の順位を目指したい」と力強く言った。
そういう姿勢もあり、球団からは「功労者というより人として素晴らしい」と評価される。今後について、林球団本部長からは「何も決まってないし、何も話し合っていません。ただ、とても大事な財産。できれば、チームの力になって欲しい」と期待された。25歳以下の若手や長距離打者が育たないチーム事情もある。野球やトレーニングの知識が豊富で、自身がスピードタイプから大砲へのスタイルチェンジにも成功した井口は、格好の監督候補といえる。
 最終的な監督の決定権は重光オーナー代行にあるが、同じ青学大出身の井口ならば、首を縦に振る可能性は高い。現状、伊東監督の来季続投も選択肢にあり、監督交代がいつ発生するのかは未定だが、その時は井口が必ず候補になる。もっとも、引退後のプランを聞かれた井口は「何も考えていません。残り試合を精いっぱい、やり抜こうと思います」と即答。今は、目の前の試合に挑むことしか頭にはない。【古川真弥】

 ◆井口資仁(いぐち・ただひと)1974年(昭49)12月4日、東京都生まれ。国学院久我山2年夏に甲子園出場。青学大では東都大学リーグ最多の24本塁打を放ち、96年アトランタ五輪銀メダル。同年ドラフト1位でダイエー(現ソフトバンク)入団。97年5月3日近鉄戦で新人初のデビュー戦満塁本塁打。01、03年盗塁王。01、03、04年にベストナイン、ゴールデングラブ賞。04年オフにダイエーを退団して渡米。05年、ホワイトソックスの2番・二塁に定着して88年ぶりワールドシリーズVに貢献。08年フィリーズでも、シリーズ出場はなかったが世界一。09年以降はロッテでプレー。09年4月7日に全打順本塁打をマーク。13年7月26日、日米通算2000安打達成。178センチ、91キロ。右投げ右打ち。01年、登録名を忠仁から資仁に変更した。家族は夫人と1女。

ロッテ井口資仁が今季限りでの現役引退を決意
 ロッテ井口資仁内野手(42)が今季限りでの現役引退を決めたことが20日、分かった。
 井口は国学院久我山、青学大をへて、96年ドラフト1位でダイエー(現ソフトバンク)入団。3拍子そろった主力として活躍し、99年のリーグ優勝、日本一に貢献した。
 05年に米球界移籍。同年はホワイトソックスでリーグ優勝、ワールドシリーズ優勝に貢献。フィリーズ、パドレスでもプレー。09年にロッテに入り、日本球界に復帰した。
 ロッテでも主力としてチームを引っ張り、10年の日本一に貢献した。13年には、日米通算2000安打を達成した。
 今季はDHと代打を兼務。ここまで35試合、打率2割5分7厘、1本塁打、8打点。

ロッテ井口が引退会見「1試合でも多く見に来て」
 ロッテ井口資仁内野手(42)が20日、ZOZOマリンで会見し、今季限りでの現役引退を表明した。
 昨年の契約更改の際、球団に、あと1年での引退を伝えていたという。
 「ここまで応援していただいたファンの方々のためにも、サポートしていただいた方々のためにも、1日でも、1試合でも多く見に来ていただきたい思いです。自分の中では、開幕の前に発表したい思いはあったんですけど、開幕前はチーム状態はすごく良かったので、今じゃなく、今回のタイミングの発表とさせていただきました。残念ながら、今、チームは非常に苦しい状態ではありますが、僕自身21年間やってきたことを残りシーズンしっかり出していきたいと思います」と話した。
 シーズン終盤ではなく、早めに発表することで、引退までの間、なるべく多くのファンに球場に足を運んでもらい、実際のプレーを見てもらいたい思いがある。

ロッテ井口「残り試合精いっぱいやり抜く」一問一答
ロッテ井口資仁内野手(42)が20日、ZOZOマリンで会見し今季限りでの現役引退を表明した。
 井口は残り試合で完全燃焼する意気込みを何度も口にした。
 一問一答は以下の通り。
 -率直な思いは
 井口 昨年、決めたことで、その思いでずっと自主トレから来ている。まだ70試合以上残っているから、頑張っていきたいという思いが今は強い。
 -引退後は
 井口 全く考えていない。残りの試合を精いっぱいやり抜こうと思っているだけ。
 -プロ初出場で満塁本塁打を放った
 井口 デビューの思い出はある。楽しみが非常に多かった。だいぶ前の話だったなと。
 -今季は最年長野手で迎えた
 井口 自分では意識は全くしていない。グラウンドに立てば年齢は関係ないと思っている。
 -長く続けられた要因は
 井口 野球が周りの人以上に好きなんじゃないかなと自分で思っている。
 -見せたい打撃は
 井口 今まで追い続けていた右方向への打撃。もう一度、右方向への強い当たりを目指して頑張っている。そういう当たりが一本でも出たらいい。
 -こだわったのは
 井口 野球人として打って走れて守れてと三拍子でやってきたが、40歳を超えるとなかなかできなくなる。理想は三拍子そろった選手。
 -ダイエー時代の監督の王さんからは
 井口 開幕前にお話しした。悔いなく目いっぱいやってくれという言葉をいただいた。

ダイエードラ1、日米2000安打も/井口資仁メモ
 ロッテ井口資仁内野手(42)が今季限りでの現役引退を決めたことが20日、分かった。
 ◆井口資仁(いぐち・ただひと)1974年(昭49)12月4日、東京都生まれ。父親の手ほどきで小1から野球を始め、国学院久我山高2年の時に甲子園に出場。
 青学大時代は通算24本塁打を放ち、96年アトランタ五輪銀メダル獲得に貢献。同年ドラフト1位でダイエー入り。3拍子そろった主力として活躍し、99年のリーグ優勝、日本一に貢献した。
 05年に米球界移籍。同年はホワイトソックスでリーグ優勝、ワールドシリーズ優勝に貢献。フィリーズ、パドレスでもプレー。09年にロッテに入り、日本球界に復帰した。
 ロッテでも主力としてチームを引っ張り、10年の日本一に貢献した。13年には、日米通算2000安打を達成した。
 通算成績はプロ野球が1885試合に出場して打率2割7分1厘、250本塁打、1010打点。メジャーでは493試合で打率2割6分8厘、44本塁打、205打点。血液型O。178センチ、91キロ。右投げ右打ち。

ソフトバンク王会長「ご苦労さま」引退井口ねぎらう
ソフトバンク王貞治球団会長(77)が20日、今季限りでの現役引退を発表したロッテ井口に対し、球団を通じコメントを発表した。
 97年ダイエー入団時の監督で04年まで、王会長の下でプレーした。
 王会長は「ホークスの強力打線の中心として2度の日本一。米国でも2個のチャンピオンリングを手にして、日米の野球界で大活躍でしたね。42歳までよく頑張って、野球の虫というか、そんな生き様を見せてくれた。本当にご苦労さまでした。これからも野球界のため、後進のために活躍してほしいですね」とコメントした。

瀬戸山隆三氏「王イズムの貴重な継承者」/井口引退
 球界最年長であるロッテ井口資仁内野手(42)が20日、ZOZOマリンで会見を開き、今季限りでの現役引退を表明した。
 ダイエー、ロッテのフロントとして井口獲得に携わった瀬戸山隆三氏(63=前オリックス球団本部長)は「王イズムの貴重な継承者だった」と今季限りの引退を惜しんだ。ダイエー球団代表だった96年ドラフトでは巨人、中日などとの争奪戦の末に青学大・井口の逆指名にこぎ着けた。当時のダイエーは王監督就任も2年連続Bクラス。王イズムの浸透に井口が必要な存在だったと考えた。
 「王さんは常勝だった巨人育ち。勝つためにすべてをハードにやらないといけないと求めたが、弱小のダイエーに実行できる選手はいなかった。本当にやれたのは小久保(裕紀)が最初。井口なら続くことができると思った。すべての手段を使っても、入団してもらいたいと思った」
 瀬戸山氏によれば、王監督の井口への指導は厳しかった。松中、城島といった個性派に比べて内向的と感じた王監督は「もっと自分をさらけ出せ!」などと痛烈な言葉も浴びせた。それでも井口は「見返してやる」と負けん気を発揮。期待に応え強豪へ押し上げる屋台骨となった。
 瀬戸山氏はロッテ球団社長としても米球界から井口を獲得。「修羅場をくぐっているという意味で井口の右に出る者はいなかった。彼は勝つ方法、そして勝つことがどれだけ苦しいことかも知っていた。長い間、本当にお疲れさま」とねぎらった。【大池和幸】

大学恩師河原井氏「裏方の気持ち分かる」/井口引退
 球界最年長であるロッテ井口資仁内野手(42)が20日、ZOZOマリンで会見を開き、今季限りでの現役引退を表明した。
 1年春からレギュラーをつかんだ青学大時代の井口は、東都大学リーグ通算最多24本塁打、1シーズン8本塁打など数々の記録を塗り替え、4度のリーグ優勝に導いた。黄金期を支え、4年時には主将を務めた。河原井正雄氏(62=前青学大監督)は「(両翼)90メートルの球場で高さ30メートルのネットをロングティーで越していた。普通は無理。1年の時、4年に小久保がいて刺激を受けていた」と懐かしむ。
 引退の正式な報告を受けたのは今春のキャンプ前だった。「最後だから石垣島に見に来て下さいって」。2軍キャンプを訪れると、1つだけリクエストした。「ショートを守ってくれ」。近年は一塁を守る井口は、守備練習で慣れ親しんだ位置についた。恩師は「動きは悪かったな」と笑いながら、「やっぱりショートだったから」と教え子の動きを目に焼き付けた。
 初めて学校を訪れた高校3年の時。遊撃を守る井口の姿に目を奪われた。「プロに行った方がいい。監督に謝ってすぐに帰ったんだ」。打撃力に加え、打球を追うスピードが「動物的だった」。数日後、両親から電話をもらった時もプロを勧めた。それでも本人の進学への思いは強かった。「下積みの人間の気持ちも、裏方さんの気持ちもよく分かってる。いい指導者になると思う」と確信している。

高校恩師高良氏「プレーで引っ張る主将」/井口引退
 球界最年長であるロッテ井口資仁内野手(42)が20日、ZOZOマリンで会見を開き、今季限りでの現役引退を表明した。
 高校時代の井口を指導した高良武士氏(55=前国学院久我山監督)は「リーダーシップというより、みんなが自然についていくオーラがある。言葉より、プレーで引っ張るタイプのキャプテンだった」と言った。
 同校のグラウンドは、左翼付近でサッカー部が練習していた。通常の練習では危険なためフリー打撃は行わないが「井口が引っ張らないので打たせて下さいって言うんです」。言葉通り、1球も左翼方向に行くことはなかった。「ボールを引き付けて右に打つのは、高校時代からうまかった」と懐かしんだ。右打者で約100メートル先の校舎にぶち当てたのも井口だけだった。
 高校2年夏には「3番遊撃」で甲子園に出場。西東京大会では神宮球場の右中間スタンドに本塁打を放った。高校時代からプロのスカウトは訪れたが「大学に行って、アトランタ五輪に出たいと言っていた」と青学大を選んだ。「勉強もできた。普通に受験しても大学に入れたと思います」と文武両道の強打者だった。

阪神今岡コーチ、井口引退に「尊敬してました」
 阪神今岡真訪打撃兼野手総合コーチ(42)が20日、引退を表明したロッテ井口をねぎらった。
 今岡コーチと井口は大学時代の96年、アトランタ五輪に出場。二遊間を組み、銀メダル獲得に貢献した。
 今岡コーチは東洋大で、同じ東都大学リーグの青学大・井口はライバルだった。今岡コーチが阪神からロッテに移籍した10年からの3年間は、再びチームメートになり、互いを認め合う間柄だった。
 井口は今岡コーチが引退した12年に「大学の時は同じ1年生で同じポジション。同級生に負けられない思いが強かった。ロッテでの3年はすべてを後輩に伝える、いい兄貴分でした」とねぎらっていた。
 この日は今岡コーチが井口へ言葉を贈った。「学生のころはライバルだったけど、最後の5年、10年はすべての面で尊敬でした。(96年アトランタ)オリンピックでは同じメンバー。プロに入ってからも、成績を気にすることがあった。すべてにおいて素晴らしいプレーヤーでした。同い年で尊敬してました」。
 若き頃のライバル、そして旧友の引退表明にメッセージを添えた。

高橋監督、井口の引退に「目標であこがれだった」
 巨人高橋由伸監督(42)がロッテ井口の引退に思いをはせた。20日、ジャイアンツ球場での練習後に、慶大時代に日本代表でも僚友で1歳上のスラッガーについてコメントした。
 「大学時代からかわいがってもらい、ご飯に連れてもらったり、バットをもらったりした。東都のスーパースターで目標であこがれだった。1歳上だけど世代は同じだから」。
 自身も2年前に監督就任にあたり、引退を決断し、同世代も次々とユニホームを脱いでいる。「寂しい? そうだけど自然なこと。大家も引退するしね。稼頭央(松井)、上原、福浦、岩瀬さんは頑張っている。イチローさんは別格だね。井口さんは、まだ試合があるし、今シーズン残りを頑張って欲しい」とエールを送った。

ソフトバンク内川「憧れの選手」井口引退を惜しむ
 ソフトバンク内川聖一外野手(34)が20日、今季限りでの引退を発表した井口への思いを語った。頸椎(けいつい)捻挫で現在リハビリ中で、この日も福岡・筑後市のファーム施設で調整した。
 内川は「子どものころからの憧れの選手。(まだホームランテラスがない)ヤフオクドームで右中間に本塁打を打つ姿がすごい。右方向にあれだけ飛距離が出るのは本当に力がないとできない。(13年の)福島、いわきでの球宴で井口さんのバットをもらって、ひと振りでMVPになった。『オレのバットで』と言ってもらいましたよ」と、同じチームでプレーすることはなかったが、同じ右打者として尊敬する先輩の引退発表を惜しんだ。

(以上 日刊)

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ロッテ井口 残り77試合で引退発表のワケ「自分の姿を見せて終わりたい」
ロッテの井口資仁内野手(42)が20日、ZOZOマリンスタジアムで会見を開き、今季限りでの現役引退を表明した。日米5球団でプレーし、通算2243安打を記録。日本一3度、ワールドシリーズ制覇も経験した。球界最年長野手は、21年目を戦い終えてバットを置く瞬間まで全力を尽くす。
 すがすがしい表情で、井口がカメラのフラッシュを一身に浴びた。
 「今シーズン限りでユニホームを脱ぐことを発表させていただきたい。野球人生、21年目。その全てを残りの限られた打席の中で出し切りたい」
 66試合を終えたところでの早期発表。実は昨年12月の契約更改交渉の席で、球団に「1年だけ頑張らせてほしい」と伝えていた。両親にも話し「最後までやり抜いて頑張りなさい」と激励された。
 早い段階で引退表明してシーズンを戦うスタイルは、05〜08年にプレーしたメジャーリーグでは珍しくない。井口は昨年引退したオルティス(レッドソックス)に影響を受けたという。「いろいろな地方で自分の姿を見せていた。そういう姿で終わりたいなと思った」と、同様の開幕前の発表を望んでいた。
 ただ、チームはオープン戦で勝率1位。「かなりいい状況にあったので、この流れを止めるような発表はやめよう」と先送りした。交流戦を終えて、この日がチームの練習再開日。練習前の円陣で同僚にも報告した。
 身の処し方すらフォア・ザ・チーム。常に勝利に貢献できる道を模索した結果が、ダイエー時代の99年に始まる日本一3度であり、メジャー1年目の05年からホワイトソックスで経験したワールドシリーズ制覇だった。「日本一&世界一」の達成は海を渡った日本選手で誰よりも早い。
 日米通算2000安打を達成した13年頃から「引き際はどこなんだろう」と考えることが増えた。「走攻守三拍子」が一番のこだわりだったが、近年は出場が減り、出番は主に代打。「違和感はあっちもそっちも全部。回復という言葉はない」と話すほど満身創痍(そうい)で戦ってきた。代名詞の右方向への強打も、少しずつ本来のものではなくなった。それでも「もう一度、右方向に強い大きな当たりを打ちたいと頑張っている」と自負は変わらず強い。
 野球人生を振り返るのは「全て終わってから」だと言い切る。一方で、長いプロ生活を送れた要因を聞かれると「やはり、野球が周りの人以上に好きなんじゃないかと自分で思っています」と穏やかに笑った。自分らしく去り際を表明した42歳。雄姿を見られる時間は、77試合残されている。 (町田 利衣)

 ◆井口 資仁(いぐち・ただひと)1974年(昭49)12月4日、東京都生まれの42歳。国学院久我山2年夏の甲子園に出場。青学大で東都大学野球リーグ記録の通算24本塁打。4年時の96年にアトランタ五輪に出場して銀メダルを獲得した。同年ドラフト1位(逆指名)でダイエー(現ソフトバンク)入団。05年からはホワイトソックス、フィリーズ、パドレスでプレーし、09年に日本球界に復帰してロッテ入団。盗塁王2度、ベストナイン、ゴールデングラブ賞各3度。オールスター出場9度。1メートル78、91キロ。右投げ右打ち。

 ≪井口の主なNPB記録≫
 ☆プロ野球記録☆
 ▽サヨナラ満塁本塁打2度(5人)=99年9月8日VS西武、09年4月16日VS楽天
 ▽1試合4二塁打(11人)=03年7月26日VSオリックス
 ▽5試合連続猛打賞(2人)=03年6月3日〜6月8日

 ☆パ・リーグ記録☆
 ▽最多死球=146(プロ野球歴代4位)

 ☆ロッテ球団記録☆
 ▽最年長盗塁=41歳4カ月、16年4月19日VSソフトバンク
 ▽最年長サヨナラ打=41歳5カ月、16年5月14日VS楽天
 ▽最年長満塁本塁打=41歳7カ月、16年7月19日VS西武

 ☆その他☆
 ▽30本40盗塁(パ3人)=01年30本塁打44盗塁
 ▽全打順本塁打(9人)=09年4月7日VS日本ハム4番で達成
 ▽満塁本塁打13本=歴代5位タイ
 ▽サヨナラ本塁打7本=パ2位タイ

ロッテ井口と一問一答「チームの中の和を一番大事にしている」
 【ロッテ・井口と一問一答】
 ――思い出に残っている試合は。
 「デビューしたときの思い出はあります(プロ初出場で満塁本塁打)。楽しみが非常に大きかった。だいぶ前の話だったなと」
 ――一番の恩師は。
 「小さいころから育てていただいていろいろサポートしていただいた全員だと思います」
 ――日本一と世界一を経験した。チームを勝たせるために心がけていたことは。
 「決して僕が勝たせたわけではない。勝つチームは自然と一つになっている。自分自身、チームの中の和を一番大事にしている」
 ――現在、チームは6位に低迷している。
 「これ(引退発表)をチーム浮上の起爆剤として、残りシーズンを頑張って、一つでも上の順位を目指して頑張っていきたい」
 ――引退後について。指導者は。
 「それは理想。でも今は残りシーズンのことしか頭にない。精いっぱいやり抜こうと思っているだけです」

ロッテ 井口 引退発表会見「昨年から決めていたこと」
 今季で現役を引退するロッテの井口資仁内野手(42)が20日、ZOZOマリンスタジアム内で会見を開いた。

【冒頭あいさつ】
 「今シーズン限りでユニホームを脱ぐことを報告させていただきたい。引退は昨年決めた。ファンの1日でも1試合でも多く見に来て頂きたいと、開幕前の発表も考えたが、そのときはチームの状態もよかった。発表するのは今のタイミングかと思った。残りのシーズンしっかり頑張って1つでも順位を上を目指したい」。
 ――笑顔が見えるが?
 「僕自身昨年から決めていたこと。まだ残りある。頑張っていきたい」
 ――現役を振り返って?
 「まだ振り返るのは早い。これからもっといい思いがあると思う」
 ――思い出は?
 「デビューのとき。楽しみが多かった。だいぶ前の話ですけど」
 ――メジャーの思い出は?
 「思い出はまだ終わってからです」
 ――一番の恩師は?
 「小さい頃から育てて頂いた、サポートして頂いた全員です」
 ――長く続けられた要因は?
 「野球が周りの人より好きだからじゃないかな」
 ――若手に伝えることは?
 「一緒にやっている中で、あえて言うことはない」
 ――残りのシーズンに向けて?
 「今年21年目の野球人生のすべてを残りの打席で出したい。少しでも長くプレーしたい。悔いのないシーズンにしたい」
 ――この時期の発表になったのは?
 「ずっと応援してくださったファンの方に1試合でも多く見に来て頂きたいので、僕自身は1日でも早く発表したかった」。

こんなに負けたことないだろ?伊東監督に井口「監督もそうでしょう?」
 ロッテの伊東監督は「寂しいが、引き際を自分で決められるのは幸せ」と井口の引退を受け止めた。
 チーム成績が低迷し、指揮官が「野球人生でこんなに負けたことないだろう」と聞いたときは「監督もそうでしょう?」と言われたという。「勝負どころは井口と決めている」という指揮官は、「今の順位は本人も悔しいと思う。一つでも上に行きたい」と巻き返しを誓った。

 ▼鈴木 寂しすぎる。偉大な方なのにそんな空気をつくることなくベンチでも一緒に声を出してくれる。いろいろ教えられたし、もっともっと吸収したい。

 ▼角中 びっくり。チームでは福浦さんがお母さんで井口さんがお父さん。優しくて頼りがいがある。最下位で引退させるわけにはいかない。

 ▼石川 まだシーズンは長い。一緒にできる。実感はないが、これから徐々に出てくると思う。

 ▼小林投手コーチ プロ初登板の相手が井口だった。彼の経験は日本球界の財産。お酒でも飲みながらざっくばらんな話をしたい。

将来監督就任は?ロッテ球団本部長 井口は「とても大事な財産」
 ロッテ・林信平球団本部長は「野球に対する真摯(しんし)な姿勢を毎日見ている。本人からの申し出がなければ来年も戦力でと思っていた」と井口の引退を惜しんだ。
 来季以降の監督就任など、指導者としてチームに携わる可能性について「何も決まっていないし、何も話し合っていない」とした上で「とても大事な財産。いつ、どういう形でか分からないが、できることならこれからもチームの力になっていってほしい」と話した。

ロッテ・井口、今季限りで引退へ 日米で活躍 42歳、現役最年長野手
 ロッテの井口資仁内野手(42)が今季限りで現役を引退することが20日、分かった。
 井口は国学院久我山から青学大に進学。大学4年時の96年にアトランタ五輪日本代表に選ばれ銀メダルを獲得した。同年のドラフトでダイエー(現ソフトバンク)を逆指名して1位入団。97年5月3日に日本選手としては史上初となるプロデビュー戦での満塁本塁打を放った。01、03年に盗塁王を獲得、ベストナイン、ゴールデングラブ賞にはともに3回(01、03、04年)輝いた。
 05年からはメジャーリーグに挑戦。ホワイトソックスと契約、移籍1年目でワールドシリーズ制覇を果たし、新人ベストナイン(二塁手部門)に選出された。07年にフィリーズに移籍すると、08年はパドレスでプレー。ケガの影響で調子が上がらずに9月に解雇されたが、直後に古巣フィリーズと契約。チームがワールドシリーズを制し、2個目のチャンピオンリングを手にした。
 日本復帰を果たした09年からはロッテでプレー。同年4月7日に史上7人目となる全打順本塁打をマークし、13年には史上5人目となる日米通算2000安打を達成した。16年から日本球界最年長野手となり、今年5月25日に史上60人目の日本通算250号本塁打を放った。日米通算300本塁打にはあと6本に迫っている。今季は35試合に出場し、74打数19安打1本塁打で打率・257。

王さん 井口をねぎらう「野球の虫というか、そんな生きざま」
 ロッテ・井口のダイエー入団当時の監督だったソフトバンク・王貞治球団会長は「42歳までよく頑張って、野球の虫というか、そんな生きざまを見せてくれた。本当にご苦労さま」とねぎらった。井口からは今季開幕カードで顔を合わせた際にあと1年という思いを聞いた。「残りシーズン悔いなくやってくれ」と激励した。
 96年ドラフトで井口が逆指名を表明した際は「ウチは若いチーム。井口君の加入が良い刺激剤になる」と喜んだ。「ホークスの強力打線の中心として2度の日本一、米国でも2個のチャンピオンリングを手にして、日米で大活躍だった」と称え、「これからも野球界のため、後進のために活躍してほしい」とエールを送った。

 ▼小久保裕紀氏(前侍ジャパン監督。青学大、ダイエーでともにプレー)以前から聞いていたので驚かなかったが、この時期の発表はファンを思ってのことだと思う。一番の思い出は王監督の初優勝を決めた(99年9月25日)日本ハム戦で俺が同点3ラン、井口が勝ち越しホームランを打ったこと。チャンスが大好きで勝負強かった。

 ▼ソフトバンク・工藤監督(ダイエー時代の同僚)ここぞというところで素晴らしい打撃をしていた。米国での経験も凄く大きいので、若い選手に伝えてほしい。

ソフトバンク王会長 引退表明の井口に「42歳までよく頑張った」
 ロッテの井口資仁内野手(42)が20日、ZOZOマリンスタジアム内で会見を開き、今季で現役を引退することを発表した。
 ソフトバンク・王貞治球団会長は球団を通じてコメントを発表。「ホークスの強力打線の中心として2度の日本一。米国でも2個のチャンピオンリングを手にして、日米の野球界で大活躍だった。42歳までよく頑張って、野球の虫というか、そんな生きざまを見せてくれた。本当にご苦労さま」とねぎらい、「これからも野球界のため、後進のために活躍してほしい」と今後の活躍を期待した。
 王会長は、井口が97年にプロ入りした時の監督で2004年オフに大リーグに移籍するまで師弟関係を続けた。

由伸監督 井口さんは「目標というか憧れだった」
 慶大時代に東京六大学リーグ記録の23本塁打をマークした巨人・高橋監督は、ロッテ・井口について「東都のスーパースター。目標というか憧れだった」と話した。
 1歳上の井口とは当時から親しく「可愛がってもらって、バットをもらったりご飯に連れていってもらった」と感謝した。

 ▼巨人・杉内(ダイエー時代の同僚)体が強くて逆方向に強い打球が打てる打者。ロッテ戦ではよく打たれた。まだまだやれるとは思う。昨春に僕のケガを気にかけて連絡をいただいた。寂しいですね。

 ▼巨人・村田(日大時代は井口の東都リーグ歴代トップ24本塁打を目標に、同2位タイの20本塁打)追いつけなかったけど目標だった。それほどのホームランを打っていると(プロで)成功できると分かった。

 ▼巨人・阿部(01年W杯の日本代表で同僚)メジャーも経験されて野手最年長としてここまでできているのは凄い。レジェンドがまた一人去る。

 ▼ヤクルト・石川(青学大の後輩)青学大といえば小久保さんと井口さん。(2人に)憧れて入った。追いつけるようにとやってきた。プロで真剣勝負できて良かった。

 ▼日本ハム・栗山監督 青学、ホワイトソックスでも取材させてもらった。長年、野球界を引っ張ってもらって感謝しているし、年下だけど尊敬してます。

恩師・河原井氏 最後のキャンプでも井口は「もう少し練習やります」と
 ロッテ・井口の青学大時代の監督で、現在は青学大野球部シニアアドバイザーを務める河原井正雄氏(62)が引退を惜しんだ。
 春季キャンプの前、「今年で最後になると思うから絶対見に来てください」と連絡があったという。石垣島を訪ね、食事をともにした際に「井口、(大学時代に守った)ショートやってくれよ」と頼んだ。「守備練習の時にやってくれてその姿にジーンと来た」。キャンプ地を後にする時も「もう少し練習やります」と、黙々と打撃練習に励む姿が「印象的だった」という。
 「ショックな気持ちはある。でもいろんな場所でチャリティー活動をしたり、気配り目配りができる男。いつか監督になって、野球界に尽くしてほしい」。教え子への期待は、この先も大きい。

(以上 スポニチ)

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ロッテ・井口、今季限りで引退…異例のメジャー流早期表明
 ロッテ・井口資仁内野手(42)が20日、千葉市のZOZOマリンで会見し、今季限りでの現役引退を表明した。日米5球団でプレーし、日米通算2243安打を記録している現役最年長野手は昨年のうちに決意したことを明かし、低迷が続くチームの起爆剤となるため、この時点での表明を決断。「残り試合で自分の全てを出し切る」と完全燃焼を誓った。
井口の表情は晴れやかだった。日米通算21年に及んだ現役生活に終止符を打つことを表明した引退会見は、残り77試合に死力を尽くすという決意表明の場でもあった。
 「まだ自分の野球人生を振り返るのは早い。残り試合で自分の全てを出し切って、これまで以上の思い出をつくりたい。振り返るのはシーズンが終わってからです」
 昨オフの時点で「現役はあと1年」と決め、契約更改交渉の時点で球団に伝えた。参考にしたのは開幕前に引退を表明して最後のシーズンを戦った米大リーグ、ヤンキースのデレク・ジーターやレッドソックスのデービッド・オルティスの姿だ。2005年にホワイトソックスでワールドシリーズを制覇するなど、米大リーグで4年間プレーした井口は「そうありたいと思っていた」と今季の開幕前に表明する考えだったが、チームはオープン戦を12球団トップの13勝2敗3分け。「チームの流れを止めるようなことはやめよう」と思いとどまった。
 ところが、開幕するとチームは低迷。交流戦を終え、借金25を抱えている。1999、2003年にダイエー(現ソフトバンク)で、10年にロッテで日本一に輝き、誰より「勝利」を渇望する男は「チームが苦しい状況の中、起爆剤になれば。こういう状況でも、いい方向に持っていくのが自分の仕事」と、この時点での表明を決断した。
 この日の練習前に伊東監督に伝えた後、ミーティングの中でナインに報告。「一つでも上を目指して頑張っていきましょう」と伝え、投内連係、フリー打撃も元気にこなし、「しんみりしたら申し訳ないと思ったけど、元気よく練習できたと思う」とうなずいた。
 「9年間、彼が果たしてくれた役割は大きい。球団にとって大事な財産。来季以降は何も決まっていないし、話し合ってもいないが、将来的には(指導者として)力になってほしいと思っている」とロッテ・林信平球団本部長。球団にとっては、近い将来の監督候補としての期待もある。
 ダイエー時代の監督だったソフトバンク・王貞治球団会長には開幕の時点で伝え、「悔いのないよう、目いっぱいやってくれ」と激励を受けた。目指すのはダイエー時代から培ってきた右方向への強い打球で「まだ出し切れていない。打てるようやっていきたい」。野球人生の集大成となる残り77試合、井口が背中でロッテを引っ張る。(片倉尚文)

★メジャーのレジェンドは…
 2014年の開幕前に引退を表明したヤンキースのジーターは、どの球場でも大歓声で迎えられた。レギュラーシーズン最終戦では宿敵レッドソックスの本拠地フェンウェイ・パークで試合前に30分以上もセレモニーが行われ、七回表終了後に同僚だったバーニー・ウィリアムズ氏がギターの生演奏を披露した。昨季限りで引退したレ軍のオルティスも、球宴(サンディエゴ)でスタンディングオベーションを受けるなど、ファンに引退を惜しまれた。

シーズン中に引退を表明した主な大物選手
 ★新庄剛志(日本ハム) 2006年4月18日のオリックス戦(東京ドーム)のヒーローインタビューで「今シーズン限りでユニホームを脱ぐことを決めました」と宣言。
 ★小久保裕紀(ソフトバンク) 12年8月14日のロッテ戦(ヤフードーム)の後に会見。同年限りでの引退を表明し「最後に燃え尽きて終わりたい」。
 ★宮本慎也(ヤクルト) 13年8月26日に会見し、同年限りでの引退を表明。「レギュラーで出られないのでは退(ひ)くときかな」とすがすがしい表情で語った。
 ★黒田博樹(広島) 日本シリーズ開幕4日前の昨年10月18日に会見。リーグ優勝を果たすなど「最高のシーズンを送れたので、悔いはないです」。

井口 資仁(いぐち・ただひと)
 1974(昭和49)年12月4日生まれ、42歳。東京都出身。国学院久我山高から青学大を経て、97年ドラフト1位でダイエー(現ソフトバンク)入団。主に二塁手として活躍し、ベストナインとゴールデングラブ賞を各3度受賞。2004年オフにホワイトソックスへ移籍し、05年に世界一。フィリーズなどを経て、09年にロッテで日本球界に復帰し、13年に日米通算2000安打を達成した。96年アトランタ五輪日本代表。1メートル78、91キロ。右投げ右打ち。既婚。年俸1億3500万円。背番号6。

ロッテ・井口、早い段階での引退表明はオルティスから影響「僕もそうありたいなと思った」
 プロ野球の現役最年長野手で、日米通算2243安打を記録しているロッテの井口資仁内野手(42)が20日、今季限りでの現役引退を表明した。
 井口のように早い段階で引退表明し、シーズンの試合に臨む引退の仕方は米大リーグでは珍しくない。最近ではヤンキースのジーターやレッドソックスのオルティスが開幕前に発表し、遠征先でも別れのセレモニーが行われた。
 井口は「9月くらいに発表すると、なかなか見に来られないファンの方もおられるので」と説明。オルティスに影響を受けたそうで「地方に行って自分の姿を見せている。僕もそうありたいなと思った」とうなずいた。

【引退会見一問一答】
ロッテ・井口、昨年で現役引退を決意 「これを起爆剤にして残りのシーズンをがんばっていきたい」

 現役最年長野手のロッテ・井口資仁内野手(42)が今季限りで現役引退することが20日、発表された。
 同内野手は国学院久我山高、青山学院大を経て、97年にドラフト1位でダイエー(現ソフトバンク)に入団。三拍子そろった内野手として活躍した。2005年に米大リーグ、ホワイトソックスに移籍し、08年までフィリーズ、パドレス、フィリーズに在籍した。
 09年にロッテに移籍すると、翌10年の日本一に貢献。13年には日米通算2000安打を達成した。日本球界での通算成績は20日現在で、1885試合、打率・271、1749安打、250本塁打、1010打点、176盗塁。今季はここまで35試合に出場し、打率・257、19安打、1本塁打、8打点の成績を残している。
 井口との一問一答は以下の通り
 --引退を決意した時期は
 「昨年の契約のときに1年だけがんばらせてほしいと伝えていた。1試合でも多く見に来ていただきたいという思いだった。残念ながらチームは厳しい状況だが、これを起爆剤にして残りのシーズンをがんばっていきたい」
 --今後の目標は
 「まだまだ70試合以上残っているので、がんばっていきたい」
 --思い出に残っている試合は
 「まだまだ振り返るのは早い。振り返るのはすべてが終わってから」
 --ここまで野球を続けられた理由は
 「自分では最年長という意識はしていない。野球が周りの人以上に好きだからでは」
 --ファンに対して
 「すばらしいファンの方々の前でプレーできている。自分の力を出し切りたい。ずっと応援していただいたファンの方々に、1試合でも多くユニホームを着ている姿をみてほしい」
 --チームメートには
 「今シーズンでユニホームを脱がせてもらう。力を合わせて、上を目指してがんばっていこうと話した。しんみりしてしまって申し訳なかった。会見前に選手全員に伝えたかった」
 --残りのシーズンへ向けて
 「まだまだシーズンは残っている。いままで以上にいい思い出を作っていきたい。終わってからゆっくり振り返りたい。悔いのないシーズンにしたい。しっかり勝てるように、1つでも上を目指したい」
 --昨年決断した理由は
 「自分自身の引き際はどこだろうと2、3年考えていた。昨年の時点で区切りの気持ちになった」

井口、同学年の中日・岩瀬と「もうそろそろかな」
 ロッテ・井口資仁内野手(42)が20日、千葉市のZOZOマリンで会見し、今季限りでの現役引退を表明した。
 --引退決意はいつ
 「日米通算2000安打(2013年)を打ってから、引き際はずっと考えていた。去年の時点で最後の1年間をやって終わろうという区切りの気持ちになった」
 --この日の発表になったのは
 「ファンに1試合でも多くユニホーム姿を見ていただきたいという思いです。9月頃に発表すると、見に来られないファンもいると思った」
--長く続けられた要因は
 「野球が周りの人以上に好きなんじゃないかな、と思う。オンとオフをはっきりさせるよう心がけていた。引きずることがないように」
 --球界最年長野手として
 「同世代より1年でも長くやりたいという思いはあった。交流戦で(同学年の)中日・岩瀬と、『もうそろそろかな』なんて話もしました」
 --こだわりは
 「打って、走って、守れる三拍子そろった選手を理想としてやってきました。理想はイチローさん(現マーリンズ)」
 --若手に言っておきたいことは
 「自分が行動してみせることだけ。あえて言うことはない」
 --引退後は
 「(今は)残された試合を精いっぱいやり抜くだけです」

ロッテ・伊東監督、練習前に井口から報告受け「『えっ』という感じ」
 ロッテ・井口資仁内野手(42)が20日、千葉市のZOZOマリンで会見し、今季限りでの現役引退を表明した。伊東監督はこの日の練習前に井口から報告を受け、「急だったので『えっ』という感じでした」と引退を惜しんだ。2013年に監督就任後、二塁から一塁へコンバートしたほか、今季は主にDH、代打として起用している。「自分に厳しく、ストイックで頼りがいのある選手。勝負どころは『代打・井口』と決めていた。自分で引き際を決められるのは選手として幸せなこと。1打席でも姿を見たいというファンは多いと思うので、考えながら起用していきたい」と話した。


【井口引退表明コメント集】
青学大時代の監督・河原井氏「キャンプ前に『最後になる』と連絡」

 ロッテ・井口資仁内野手(42)が20日、千葉市のZOZOマリンで会見し、今季限りでの現役引退を表明した。

青学大時代の監督、河原井正雄氏
「キャンプ前に『最後になると思うので来てください』と連絡が入り、守備を見て、その時が来るなとは思っていた。先輩の小久保(裕紀)の練習に対する姿勢を見て、どんどんよくなって、とにかく打った。米国に行くときはよせといったけど、行ってあれだけの結果を残した。人間的に素晴らしいので、あとは指導者として、野球界で頑張ってほしい」

国学院久我山高時代の監督で、同校教諭の高良武士氏
「野球の実力だけでなく、身だしなみや振る舞いも一流で、久我山にとっては宝のような存在。授業で在校生にお手本として話をしています。先月30日の阪神戦での2安打を球場で見たばかり。寂しい気もしますが、残りも頑張ってもらいたいです」

ロッテ・鈴木主将
「同じ内野手として、教わったことはたくさんある。まだシーズンは半分以上残っているので、できるだけ井口さんから吸収したい」

ロッテ・角中選手会長
「ボール球に手を出さないのがすごいし、野球以外のこともたくさん学んだ。このまま最下位で引退させるわけにはいかない」

井口と同じ青学大出身のヤクルト・石川
「憧れもあって青学大に入学した。追いつきたいと思って頑張ってきた。(プロでは)打たれたことしか覚えていない」

昨年までロッテに在籍したヤクルト・大松
「背中で後輩にメッセージを与える人。オフの(ロッテの)内野手会で『来年で(引退)』という話をされていた」

ダイエー時代に同僚だったソフトバンク・工藤公康監督
「走攻守そろって、すごい選手が入ってきたと思った。いろいろな所で野球をした経験があるので、若い人の指導に努めてほしい」

慶大出身で1学年下の巨人・高橋監督
「大学時代によく練習試合をやり、ご飯に連れて行ってもらったり、バットをもらったりと、かわいがっていただいた。残りの試合を頑張ってほしい」

1996年アトランタ五輪で二遊間を組み、ロッテでは同僚だった阪神・今岡2軍打撃兼野手総合コーチ
「大学(東洋大)から一緒にやっていて、その時はライバル。僕がレギュラーではなくなってからも彼はずっとレギュラーだった。尊敬の目で見ていた」

ダイエー入団時監督の王氏、ロッテ・井口に「本当にご苦労さま」
 ロッテ・井口資仁内野手(42)が20日、千葉市のZOZOマリンで会見し、今季限りでの現役引退を表明した。井口がダイエー入団時の監督で、メジャーへ移籍するまでの8年間指導したソフトバンク・王貞治球団会長は、「日米の野球界で大活躍でしたね。42歳までよく頑張って、野球の虫というか、そんな生きざまを見せてくれた。本当にご苦労さま」とねぎらった。そして「これからも野球界のため、後進のために活躍してほしいね」と今後も野球人としての活躍に期待した。

ソフトB・王会長、現役引退表明のロッテ・井口に「42歳までよく頑張った」
 プロ野球の現役最年長野手で、日米通算2243安打を記録しているロッテの井口資仁内野手(42)が20日、今季限りでの現役引退を表明した。千葉市のZOZOマリンスタジアムで記者会見し「自分の中で昨年から決めていた。野球人生の全てを、残りの限られた打席で出し切りたい」と語った。
 2013年に日米通算2000安打を達成してから「自分の引き際はどこだろうとずっと考えていた」と言う。球団には昨オフの契約更改交渉の場で、伊東勤監督やナインにはこの日の全体練習前に伝えた。シーズン中の発表を「応援していただいたファン、サポートしていただいた人に(残り試合を)多く見に来ていただきたい」と説明した。
 
ソフトバンク・王貞治球団会長の話
「ホークスの強力打線の中心として2度の日本一。米国でも2個のチャンピオンリングを手にして、日米の野球界で大活躍だった。42歳までよく頑張って、野球の虫というか、そんな生きざまを見せてくれた。本当にご苦労さま。これからも野球界のため、後進のために活躍してほしい」

ソフトバンク・工藤公康監督の話
「(ダイエー時代の同僚で)走攻守そろって、すごい選手が入ってきたと思った。チャンスに強い打者のイメージ。米メジャーなど、いろいろな所で野球をした経験があるので、若い人の指導に努めてほしい」

阪神・今岡2軍打撃兼野手総合コーチ(アトランタ五輪で二遊間を組んだ同級生でロッテでは同僚)の話
「大学から一緒にやっていて、その時はライバルだった。僕がレギュラーではなくなってからも彼はずっとレギュラーだった。尊敬の目で見ていた」

巨人・高橋監督、引退表明のロッテ・井口は「大学のときは目標だったし、憧れ」
 プロ野球の現役最年長野手で、日米通算2243安打を記録しているロッテの井口資仁内野手(42)が20日、今季限りでの現役引退を表明した。
 井口が今季限りでの現役引退を表明したことを受け、かつてダイエーで同僚だった巨人の杉内は「体が強い。その姿を見て、プロに入ってからトレーニングの大事さを知った」と惜しんだ。昨年までロッテで同僚だったヤクルトの大松は「決して口で言うのでなく、背中でメッセージを与えた人。少しのけがでは何も言わずに試合で結果を出し続けていた」と言う。
 阪神の今岡2軍打撃兼野手総合コーチは東洋大時代の96年にアトランタ五輪で井口とともに戦った。自らが引退後も現役を続ける姿に「尊敬の目で見ていた」とたたえた。
 慶大出身の巨人の高橋監督は井口の1学年下。「大学のころからご飯に連れて行ってもらったり、バットをもらったりした。大学のときは目標だったし、憧れだった。残り試合、頑張ってほしい」とエールを送った。

ロッテ・井口の引退発表に同僚たちから驚きの声 角中「びっくりしたのが一番」
 プロ野球の現役最年長野手で、日米通算2243安打を記録しているロッテの井口資仁内野手(42)が20日、今季限りでの現役引退を表明した。
 ロッテのチームメートはZOZOマリンスタジアムでの全体練習前に井口から今季限りでの引退を伝えられた。選手会長の角中が「びっくりしたのが一番」と語るなど驚きが広がった。
 主将の鈴木は二塁手のプレーを教わったことを振り返り「寂しすぎる。安心して引退できるようにしっかりとしないと」と気持ちを新たにした。
 伊東監督は「体が強い。5年間、絶対に手を抜かない、自分に厳しい選手だった」とたたえた。現役引退までの残りシーズンの起用法については「お客さんも1打席でも見られれば、という方がたくさんいる。配慮しながら使っていきたい」と語った。

(以上 サンスポ)

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【ロッテ】井口、ジーター流引退早期発表!残り77戦全国“御礼巡業”
 ロッテ・井口資仁内野手(42)が20日、ZOZOマリンスタジアムで会見し、今季限りで現役を引退することを表明した。昨季中に決断しており、シーズン中盤という異例のタイミングでの発表。日米5球団で通算2243安打をマークしている幹部候補生にとって、残り77試合が最後の花道となる。
 晴れやかな表情だった。練習後、グレーのスーツに着替えた井口は「今シーズン限りでユニホームを脱ぐことを報告させていただきます」。アトランタ五輪銀メダル、デビュー戦満塁本塁打、3度の日本一と2度の世界一、日米5球団通算2243安打…。華々しい経歴を誇る球界最年長は最後まで笑顔だった。
 決断したのは昨年だった。走攻守三拍子そろったプレーに限界を感じ「契約更改の時に『もう1年させてほしい』とお伝えした。応援してくださったファンのために1日、1試合でも多く見に来ていただきたい」。今秋に発表しても、全ての人に見に来てもらうのは難しい。4月に表明した新庄剛志氏の例はあるが、ヤンキース・ジーターやRソックス・オーティズのように早い段階で発表し、残り試合を“御礼巡業”とする米国流は国内では異例だ。開幕前の発表も考えたが、オープン戦首位のチームに水を差すべきでないとの配慮から、このタイミングとなった。
 恩師には一足先に思いを伝えた。ソフトバンクとの開幕カード。入団時の王監督(現球団会長)に決意を伝えると「シーズン、悔いのないように目いっぱいやってくれ」と温かい言葉をかけられた。この日の練習前。チームメートに「全力を合わせて上の順位を目指して頑張っていこう」とカツを入れた。
 実績も経験も文句なし。チームにとって、貴重な幹部候補であるのは間違いない。林球団本部長は「とても大事な財産。どのタイミングか分からないけど、これからもチームの力になってほしい」と“ラブコール”を送った。本人もシーズンに集中する構えながら、将来的な監督への憧れを口にしたこともある。
 21年目の今季は通算250号を放ち、出塁率3割6分をマークするなど存在感は健在。伊東監督も勝負所は「代打・井口」と決めている。「振り返るのはまだ早い。今まで以上にいい思い出を作りたい」。残り77試合。惜しまれながら去る井口の雄姿を目に焼き付けよう。(田島 正登)
 ◆井口 資仁(いぐち・ただひと)1974年12月4日、東京都生まれ。42歳。東都大学リーグ記録の通算24本塁打を引っ提げ青学大から96年にダイエーを逆指名し、ドラフト1位で入団。05年、自由契約選手としてWソックスに移籍。09年にロッテ入りした。盗塁王2度、ベストナイン、ゴールデン・グラブ賞3度ずつ受賞。178センチ、91キロ。右投右打。年俸1億3500万円。

【ロッテ】井口はマリーンズの「頼りがいあるお父さん」…担当記者が見た背番号6
 ロッテ・井口資仁内野手(42)が20日、ZOZOマリンスタジアムで会見し、今季限りで現役を引退することを表明した。井口はチーム内ではどんな存在なのか。ロッテ担当の田島記者が「見た」。
 × × ×
 思わず噴き出しそうになった。選手会長の角中が「福浦さんがお母さんなら、井口さんはお父さん。優しくて頼りがいがある」と表現したのだ。個人的には逆かもと思ったりするが、井口は大局的に温かい目で見守ってくれる大黒柱なのだろう。
 誰からも慕われる人格者だ。担当になってまだ半年だが、偉ぶらず、悪く言う人を見たことがない。若手であっても敬意を払う。オフの自主トレ仲間で連続試合出場を続ける阪神・鳥谷と5月に会食した際には「出続けるってすごいね」と言葉をかけ「どの選手も目標にしてほしい選手」と賛辞を贈った。
 50歳までプレーすると思っていた。3月に横浜C・三浦知良が最年長ゴールを決めた話題を振ったら「イチローさんもすごいですよ」と話していた。1歳年上のイチローが持つ「50歳までプレーしたい」思い。その背中を追いかけてほしい気持ちでいた。
 練習から妥協を許さず、オンとオフの切り替えも見事。試合後、真っ先に球場を後にするのには理由がある。「自分がいることで若い選手が帰れず、気を使わせたくないんです」とある選手は説明。早く帰ってもケアや映像のチェックに余念がない。社会活動にも熱心。誰もが目指すべき存在だ。(田島 正登)

 ◆井口が持つ記録あれこれ
 ▼デビュー戦満塁弾 97年5月3日近鉄戦で
 ▼通算満塁弾13本 歴代5位タイ
 ▼満塁サヨナラ弾2本 プロ野球タイ記録
 ▼1試合4二塁打 03年に。プロ野球記録
 ▼全打順本塁打 09年に達成
 ▼2球団100号 ダイエーで149本、ロッテで101本
 ▼30本塁打40盗塁 01年に記録
 ▼5試合連続猛打賞 03年に。プロ野球タイ記録
 ▼通算146死球 パ・リーグ記録
 ▼41試合連続出塁 11年に記録
 ▼1試合7打点 メジャー日本人打者最多タイ。06年に

【ソフトバンク】まな弟子・井口引退に王会長「野球の虫の生きざまを見せてくれた」
ロッテ・井口資仁内野手(42)が20日、ZOZOマリンスタジアムで会見し、今季限りで現役を引退することを表明した。日米5球団で通算2243安打をマークしている幹部候補生にとって、残り77試合が最後の花道となる。
 ソフトバンク王貞治球団会長(77)は球団を通じて、井口の引退についてコメントを発表した。
 王会長にとって井口は、1997年のダイエー入団時から米大リーグに移籍する前年の2004年まで監督として指導した小久保らと並ぶまな弟子の一人。「ホークスの強力打線の中心として2度の日本一。米国でも2個のチャンピオンリングを手にして、日米の野球界で大活躍でしたね。42歳までよく頑張って、野球の虫というか、そんな生きざまを見せてくれた。本当にご苦労さまでした。これからも野球界のため、後進のために活躍してほしいですね」と今後の活躍も願っていた。

「あこがれ」「世代引っ張ってくれた」「えっと思った」…井口の引退表明に球界から惜しむ声続々
 ロッテ・井口資仁(ただひと)内野手(42)が20日、今季限りで現役を引退することを表明した。球界からは、ねぎらいの言葉や引退を惜しむコメントが相次いだ。

 巨人・高橋由伸監督「大学(慶大)時代から、ご飯に連れて行ってもらったり、バットをいただいたり、かわいがってもらいました。大学時代は(井口の青学大と)よく練習試合もしましたね。井口さんが1つ上だけど一緒の世代。大学の時は目標であり、あこがれの存在でした。東都のスーパースターですからね。同世代(の現役選手)が減っていくのは仕方のないこと。今シーズン残り試合を頑張っていただきたいと思います」

 巨人・阿部慎之助内野手「アメリカでも経験して、ここまで長年できるのは本当にすごい。本人の頑張りがあったからだと思う。レジェンドがまた一人、去ってしまう」

 巨人・杉内俊哉投手(ダイエー時代に3年間ともにプレー)「雲の上の存在でした。すごく練習されているのを見てトレーニングの大切さを知った。逆方向に強い打球を打てる打者でロッテ入団後は良く打たれた。僕のケガの心配をして連絡もくれた。寂しいです」

 ソフトバンク・内川聖一外野手(井口も達成している通算2000安打まで残り40本)「右方向にも大きい当たりを打てる打撃に憧れた。(13年の)オールスターでもらったバットでひと振りで(決勝打を打ち)MVPになってうれしかった。日本、アメリカと長くやってきたすごさも感じる」

 ソフトバンク・工藤公康監督(ダイエー時代の1999年日本一のチームメート)「走攻守そろった素晴らしい選手。体はそれほど大きくないが、本塁打、長打が魅力的だった。(監督としては)チャンスに強い井口くんの前でいかに切るかを考えていた。長い間、お疲れさまでした」

 ソフトバンク・倉野信次投手統括コーチ(青学大のチームメートでダイエーに同期入団)「大学時代から僕らのトップを走って世代を引っ張ってくれた。身体能力、技術も比較にならなかった。ずっとやって欲しいと思っていたけど、そういうわけにはいかない。寂しい気持ちが大きい」

 ロッテ・伊東勤監督「(20日に)球場に着いたら訪ねてきて、えっと思った。今シーズン限りというのは寂しい限り。何十年この世界で生きてきて、自分で引き際を決められるのは幸せなことと言いました」

 ロッテ・鈴木大地内野手「寂しすぎます。年上だからと変な空気を出すことなく、僕たちと一緒に声を出してくれる。まだまだ戦力の中心でやっている方。早く消化試合にしたくない」

 ヤクルト・石川雅規投手(青学大の後輩)「僕らにとって小久保(裕紀)さんと井口さんは雲の上の存在。何とか追いつきたいと頑張ってきた。まだまだ打てそうなのに…。寂しいです」

 ヤクルト・大松尚逸内野手(昨年までロッテに在籍)「少しのけがでは休まないとか、言葉だけでなく背中でいろんなことを教えていただいた。甘いところがあったロッテを変えてくれた方。教わったことを僕も若い人たちに伝えていきたい」

 青学大・河原井正雄シニアアドバイザー(青学大時代の監督)「野球はもちろんだけど、井口のすごいところは、プロに入ってから色んな支援活動をしてきたところ。去年の熊本地震の寄付もそうだし、車いすを寄贈したり。本当に感心するよ。人間的にも素晴らしい。引退するのは残念だけど、将来は(青学大OBの)小久保(裕紀)と一緒に、プロで監督をやっている姿を見てみたいね」

 日本ハム・栗山英樹監督「長い間野球界を引っ張ってもらって感謝しているし、素晴らしいプレーヤーだった。姿勢、マインド、生き様とか、野球界を背負うってこういうことなんだって見せてもらった。俺の方が年上だけど、感謝もしているし、尊敬もしている。長い間お疲れ様でした」

【ロッテ】井口が現役引退表明会見「ユニホームを脱ぐことになりました」
 ロッテ・井口資仁内野手(42)は20日、ZOZOマリンスタジアム内で会見を行い、今季限りで現役を引退することを表明した。
 日米通算2243安打、アトランタ五輪銀メダル、3度の日本一にワールドシリーズ制覇…。数々の勲章を手に、現役最年長の井口がユニホームを脱ぐ。グレーのスーツ姿で会見場に現れると「今シーズン限りでユニホームを脱ぐことになりました」と口にした。
 試合がないこの日も全体練習に顔を出し、精力的に投内連係や打撃練習に参加。残りシーズンももちろん、貴重な戦力だ。練習前に報告を受けた伊東監督は「今シーズン限りというのは寂しい限り。練習するひたむきな姿、試合に臨む気持ちは今も昔も変わらない。1つでも上(の順位)に行けるよう、このままで終わるわけにいかない」と語った。

(以上 報知)

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