むらいむらいとです。 

「らいむらいと」「CARO」所属 お嬢の 日々反省日記。

6月18日 池袋 手刀

2018年07月13日 22時23分53秒 | りさいたるレポ
およそ9年振りにらいむらいと、手刀に出演してきた。
お集りくださいました皆さまどうもありがとう。

2007年〜2009年頃にちょくちょく手刀にはお世話になっていた。
らいむらいと というバンドをどのように表現するか、悩みながら実験を繰り返していた時期だったように思います。この時期。
更にその数年前。バンド結成後 暫くして へどらのめ というガットギターとうただけによるあんぐらアコースティックユニットと出会い。美しく哀しく儚い その研ぎ澄まされた世界観にあたしはとてつもない衝撃を受け、強烈なシンパシーを覚え、そして唄い手二丁目ゴールドさんに憧れを抱いた。
確か、二丁目さんに誘われて最初 我々手刀に出演したと記憶しています。
それから間もなくして二丁目さんが他界し。もしかすると、彼の遺志を受け継ぐような思いが自分の中にあったのかもしれません。
手刀に頻繁に出演した2008年〜2009年。丁度その時期メンバー全員白塗りの顔で舞台に立ちました。
死ね死ね団のメンバーさまのイベントや殺害塩化ビニールのイベントに参加する際、我々も精一杯キワモノとして応じました。


1. ひとつだけ
2. 泥濘
3. 堕落を憐れむ唄
4. この世の果て
5. 不眠症の羊
6. 希望の花



今回久しぶりに手刀の舞台に立ち。キワモノとしてどうやって聴いていただく方 観ていただく方に印象付けようか!試行錯誤しながら無我夢中で唄っていた頃を思い出した。
なんでだろう。懐かしいといった気持ちと同時に、胸を締め付けられるような思いになりました。
2010年明けて少しして、らいむらいとの初めてのアルバム「不眠症の羊」が発売された。
そのアルバムの完成と共に、二丁目さんを追っかけようとしていた自分に一旦区切りを付けようとした気がします。白塗りも止めました。そして手刀への出演も遠のいた。
だけれども。二丁目さんの遺志を受け継ぎたいというあたしの思いは、らいむらいとの音の中で確実に継続されているように感じた。
「この世の果て」も「希望の花」も。彼と出会わなかったら産まれていなかったと思います。
今回手刀に出演し、そんな事を考えさせてもらえました。
嬉しかった。。ありがとうございました。

ご一緒させていただいた想さん、DaISUKEさん。流石 長きに渡りこの世界で活躍されてきたひとたちだから、立ち振る舞い、うたにとても説得力があり 拝見して心震えた。
色んな場所で共演する機会も多いlucyくん参加する卑屑も、相変わらず素晴らしい世界観だった。我々よりもずっと若い年齢のはずなのに 拝見する度に勉強になるし、刺激をいただく。
そうだ。
以前手刀に白塗りして出演していた頃、イベントをとおして知り合った出演者の皆さん 未だ仲良くお付き合いさせていただいてる方も多い。自分にとって手刀は、多くの刺激をもらえる場所、それからプライベートにおいても色々とお付き合いできる方と知り合える場所であるのかもしれません。
また、今後もちょくちょくお世話になろうと思っています。楽しみ。
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