おみよ残日録

気ままに書きたい時に書きたいことを綴ります。

「戦国時代展」後期展示・その二~江戸東京博物館 #戦国時代展

2017-02-01 12:00:00 | 展覧会
1月29日まで、江戸東京博物館では

戦国時代展

が開催されていた。

後期展示も観に行った私。


今回は上杉謙信がらみの展示に注目してしまった。

上杉謙信といえば、大酒のみ、いや上品に言うとお酒好き(笑)

展示の中にも、

「春日杯」 山形・上杉神社

があった。

一説によると、ツマミは梅干しだったとか。

酒と塩分取り過ぎのせいか、高血圧。

高血圧が原因で亡くなったとも。


私の中で、高血圧の歴史上の人物といえば「上杉謙信」と浮かんでしまう。

某お茶のCMで、血圧高めの歴史上の人物が登場するものがあった。

最初に織田信長が出てきたときは、なんで謙信が最初でないのかっ!と思ったものだ。

その後、篤姫も高血圧ということで、登場した。

お待ちかねの謙信も、登場した。


実は私、久しぶりの健康診断で血圧が高かった。

結果はまだだが、血圧はその場でわかる。

ここ数年、高いとされる数字くらいにはなり、時に超えることも。

そして今回は、下も高いと指摘された。

薬飲んでますか?などと聞かれてしまった(汗)

医師からも、注意するようにお話が、、、



塩分取り過ぎが原因だろうから、いろいろと聞かれた。

ラーメン、そばなどの汁を残さず飲むかと尋ねられた。

ずばり、その通りなのだ。

私は麺類の汁を残さず飲む。

それがカップ麺でも変わらない。

醤油、塩などのかけ過ぎや濃い味で食べることはないので、麺などの汁が大きな原因なのだろう。


長生きしたいとは思わないが、まだ元気でいたい。

だから、汁はガマンだ。

それで血圧が下がるなら、仕方ない。


帰り道、立ち食いそば屋さんでお昼を食べた。

汁は飲まないことに決めた。

しかし、人生の楽しみの一つだったのに~

未練がましく、2,3口だけ吸った(笑)


上杉謙信の時代は血圧計もなかっただろうが、医師からは何か注意を受けていたのだろうか?

梅干しは止めた方が、、などと。

人生、好きなものを飲み食いし、好きなことをする方が長生きするより幸せなのかもしれないが、、、

まだやりたいことがある身としては、少しの注意くらいはガマンだな。


と、今回上杉謙信の展示に注目してしまったのは、高血圧仲間だから?

次回は普通に戻れてたらいいけどね。

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「戦国時代展」後期展示・その一~江戸東京博物館 #戦国時代展

2017-01-30 21:59:47 | 展覧会
江戸東京博物館では、1月29日(日)まで

戦国時代展

が開催されていた。


12月に前期展示を観に行き、1月になってから後期展示を観た。

「ぶらぶら美術館」で放送されてしまったため、しまった!と思った。

本当は風邪さえひかなければ、1月2日か3日にも行きたかったのに~

混むことを覚悟して行くしかないではないかっ!


予想通り、混んでいた。

それも、時間が遅くなればなるほど混んできてしまう。

特に刀の展示コーナーは列になっていた。

テレビでも紹介されていた

五虎退

上杉謙信が正親町天皇から拝領した短刀である。


後期展示の方が東側の戦国武将の展示が多いとのこと。

どちらかというと、なじみがあるかも。

私は特に狙いはなかったが、この日は上杉謙信デーになっていたようだ。

「五虎退」も謙信ゆかりの品であるし、、


前期展示でも「川中島合戦図屏風」を観ることができた。

上杉博物館所蔵の屏風であった。

後期展示は福井・勝山城博物館所蔵の屏風である。

武田信玄がどこに描かれているのかはすぐにわかった。

が、謙信はどこだ?

私の近くに係の方に尋ねる方もいらした。

謙信は鉢巻をしている姿で描かれているとのこと。

何度も時間をかけて眺めたら、見つけられた。

もちろん一ヶ所ではなく、数ヶ所に謙信がいる。

謙信を探せ!状態であった。


その他、謙信ゆかりの品の展示もあったのだが、、、


つづきは、次回!

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「戦国時代展」前期展示~江戸東京博物館

2016-12-27 12:30:00 | 展覧会
只今、江戸東京博物館では「戦国時代展」が開催されている。

12月25日(日)までが前期展示だった。

とはいえ、期間限定の展示物もある。

まったくメモをとらずに観覧。

そして手元の暗さでは作品リストもよく見えず、、、

さらに展示物の字も読みにくくなってしまった我が目。

これは近眼が進んだのだろうか?

やはり眼鏡を作るべきかな。

老眼鏡のお世話になる日が近いと思いきや、違う方向にいってしまっているようだ。



序章 時代の転換

一般的に展示物は写真撮影が不可なのだが、撮影が可能な文書展示があった。

・太田道灌書状

第1章 合戦 -静寂と喧騒-

第2章 群雄 -翔け抜けた人々-

第3章とともに、国宝の「上杉文書」あり。

第3章 権威 -至宝への憧れ-

第4章 列島 -往来する人と物-

終章 新たなる秩序


刀を並べたコーナーは行列ができていた。

やはり刀は人気なのだろうか?


11、12月は西国の将軍・大名の史料、1月は東国の大名を中心とした展示とのこと。

そのためか、大内氏、細川氏、足利氏関連の史料が目に付いた。

比較的よく解っていない部分であった。

西国の武将、それも戦国前期の人物について勉強が必要だろうな。


さて、1月も後期展示となるので再び訪れる予定だ。

会期は1月29日(日)まで。

1月は大相撲初場所があるから、なんだかんだ人が多いだろうな~。
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地図のひみつ ひみつの地図~埼玉県立文書館

2016-02-21 18:00:00 | 展覧会
只今、埼玉県立文書館では

地図のひみつ ひみつの地図

の展示がされている。


小規模な展示だが、なかなか重要な史料と思われる。


現代は地図は簡単に手に入れることができる。

昭和でも太平洋戦争が終わるまでは、国民に公開されていない地図があった。

ましてや江戸時代はなおさらだったようだ。


展示では、比較的正確な測量をして地図を作った伊能忠敬についてのものも。

江戸時代、地図は一般に普及させなかった。

秘密文書といえよう。

そのため、伊能忠敬の功績も世にでないままだったようだ。

そういえば、伊能忠敬が有名になったのも平成になってからだったような、、、

その影響は近年まであったのかも。


太平洋戦争中には、国民には実際と違う地図がでまわっていたとのこと。

展示では愛媛県西条市の二枚の地図が比較されていた。

片方には鉄道の線路が書かれているが、もう一方には書かれていない。

正確さは軍事機密という時代だったのだ。


気になったのが、「行基図」

日本は江戸時代に伊能忠敬たちが地図を作るまで、「行基図」が主に使われていたとのこと。

行基というお坊さんは、日本全国を行脚してたようだ。

よく温泉開湯のエピソードに登場する人物と記憶している。

行基図は、確かに日本の形には近いけど、、、やはり正確さには欠ける。

なんだかやたら小さい島が多いんだけど、、

それらの島には人がたくさんいたのだろうか?


その他、女性に関する文書なども展示されていた。

埼玉県立文書館は埼玉県庁の裏にある。

県庁はJR浦和駅からやや歩く。

付近には旧中山道が通る。

旧中山道ではないが、県庁付近にはかつてはどのような街だったのだろう、と心惹かれる部分も。

調べたら面白いかもね。


展示は2月28日(日)まで。


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