確定申告の事務作業をのんびりやっている。
手順は決まっているので、いつもは頭をできるだけ無にしてダーーーっとやっているんだが、今回はのんびりやりたい感じ。
単純にこういう事務作業が好きじゃないから、と思い込んでいたけど、そうではなかった。この作業をすることで、あらためてお金や税金、お金の支払いに関する自分の囚われや感情エネルギーを自覚することになった。
たくさんお金をつかうことに、とにかくまだネガティブな視点があった。その視点は、父と母のお金に対する価値観をそのまま刷り込まれて、そのまま使っていたなあということが改めてわかった。
非常にわかりにくい、ゆで落花生についた薄皮みたい。でもその薄皮を丁寧にはがしたり、今後はどういう意識や感情の設定で、お金をつかっていくかを、この作業を通してあらためてやっている。
お金に対する意図の設定の純度をより高めているかんじ。
そういえば、これまで確定申告の作業は、なんというか「見たくない」という恐怖からだった。蓋したものを見ないというかんじ。
やっと蓋をあけて、お金に対する最後の恐怖と向き合えるまでに、現実面でも非物質面でも準備を整えられたというかんじ。
なんか、本当にいままで自分に対してお金を使うことにネガティブだったんだな。涙がでてくる。
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お金の価値観を上書きしたら、1魔術師、創造主のようなイメージになる。
自分のもつタクトの一振りで、新しい価値や繁栄が創造される。いままで埋まっていたものすべてが繋がり、化学反応をおこし地球の自然・生態系のような多種多様で多才・多彩なものが生まれる。
生まれたものが、また新しい富や価値、効能、効用を生み出し紐付けされて、新緑のようにまたたくまに枝葉を伸ばす。だから確定申告で、どれだけお金を使ったかというのは価値の履歴書である。そんなイメージ。