読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

池井戸潤の『空飛ぶタイヤ』

2018年05月08日 | 読書


 ◇『空飛ぶタイヤ』著者:池井戸 潤  2006.9 実業之日本社 刊

  

 
企業小説の名手池井戸潤のヒット作。6月に作者としては初めて映画化される。136回直木賞の
 候補作ともなったが文学性が薄いということで受賞作とはならなかったそうである。
  直木賞は読者が高く評価すればよく、文学性が多少弱くてもかまわないと思うが審査員がそう
 言っているのであればしょうがない。それにしても登場人物のキャラクターづくりも巧みで、ストー
 リーの進行も人情の機微をとらえてなかなか読ませる。  

  かつて事件となったタイヤ脱落事故と大手自動車メーカーのリコール隠しをテーマにした作品。
 事故を起こした中小の運送会社社長が、自社の無実を証明すべく巨大企業の不正に立ち向か
 うという一種の経済小説であるが、2002年に発生した三菱自動車製大型トラックの脱輪による
 死傷事故、同社の度重なるリコール隠し事件などを物語のモデルにしていると思われる。作者本
 人が「まともに経済小説を書こうと思って書いたのは、これがはじめて」と言っているという。

  父親の後を継いで中小の運送会社を
経営する二代目社長の赤松徳郎は、自社のトラック等(ホ
 ープ自動車製)
がタイヤの脱輪事故を起こし、死傷者を出してしまい経営危機に陥る。事故原因
 はホープ自動車の調査で一方的に整備不良とされるが、赤松は納得しない。
事故原因は整備不
 良ではなく、事故を起こした車両自体に欠陥があったのではないかと考える赤松は、一向に動か
 ない警察に業を煮やし、独自に事故の真相究明に奔走する。この間業績が低迷するホープ自動
 車へのホープ銀行等ホープグループからの金融支援、赤松運送からの融資依頼拒絶、果ては貸
 しはがしなどがあり、ホープ自動車、ホープ銀行内の権力争い、正義派と唯我独尊派の軋轢など、
 企業内企業間の醜い場面がくりかえされうんざりさせられる。

  結局最後はホープ自動車内の社会的正義重視派の人たちの内部告発でリコール相当の事故
 
を隠ぺいしたグループを告発、社長・専務らが道交法違反、過失傷害致死で告発され、赤松運
 送の整備不良による事故という容疑は消えた。
  度重なるリコール隠しでホープ自動車の信用は失墜し、グループによる金融支援も不調に終わ
 
り、ついに同業の有力自動車会社との合併という非常手段により辛うじて倒産を免れることになる。

  ところで赤松社長は息子が通う小学校のPTA会長を務めている。ところが車両整備不良で死
 亡事故を起こし、刑事責任を問われている人が会長という由々しい事態であるとして会長交代を
 求めるモンスター会員が現れ、存亡の危機を乗り切ろうとしている赤松は四面楚歌状態で苦悩
 するというサイドストーリーが並行して進み、緊迫感がただよう物語に和らぎを与えている。

  特定の業種の企業内に起こるありきたりの経済小説ではなく、カーメーカーの構造的欠陥が引
 き起こした車両死亡事故という社会的関心の大きい事件をとらえて、財閥系グループ企業間のも
 たれあい、まやかしのコンプライアンスを指弾するなど
勧善懲悪のエンターテイメントとして成功さ
 せた好作品である。
                                                                                                         (以上この項終わり)



     


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