明源寺ブログ

浄土真宗本願寺派

無動寺谷③

2010-04-30 20:59:31 | Weblog
親鸞聖人と無動寺谷大乗院と言えば、『大乗院の夢告』と『ソバ喰(く)いのお木像』である。この話は、以下の通り。
大乗院の如意輪観音より夢告(むこく)を得られた親鸞聖人は、同じく如意輪観音を本尊とする京都・六角堂に百日の参籠(さんろう)を決意された。それからというもの、夜になると大乗院を抜け出す聖人の姿があった。一日(毎夜)も欠かすことなく六角堂に参詣し、明けがたに大乗院に戻るという強行軍。この聖人の行動は、他の僧侶に不審をいだかせた。多くは『毎夜、大乗院を抜け出すのは、女に会いに行くのだろう』とうわさした。このうわさを、聖人の出家の戒師である慈円(じえん)大僧正に告げ口した者があらわれた。そこで、慈円大僧正はうわさの真偽を確かめようと、真夜中に突然に僧侶を集め、ソバをふるまった。ところが、六角堂に行っている筈の聖人があらわれ、僧侶達と一緒にソバを食べたのである。驚いたのは僧侶達。翼早朝、さらにビックリすることが起きた。朝もやの中を、聖人が大乗院に帰ってきたのである。では、ソバを食べたのは親鸞は誰だということになり、僧達は慌てて食堂に走った。そこで、彼らが見たものは、親鸞聖人とそっくりの木像であった。しかも、口もとにはソバがついていたという。この奇想天外な出来事に遭遇した僧侶達は、これ以来親鸞聖人をねたむ者はいなくなり、親鸞聖人の身代りとなった木像を『ソバ喰いのお木像』として、大切に伝えたと言われている。
比叡山延暦寺では、来年の親鸞聖人750回大遠忌法要のあわせて、本来安置してある大乗院から、この『ソバ喰いのお木像』を大講堂にお移し、多くの真宗門徒の皆さんにご縁を結んでいただこうと計画しておられる。なかなかどうして、延暦寺様もしっかりと考えておられる。
尚、『ソバ喰いのお木像』は、大乗院の他に京都三十三間堂の近く法住寺(ほうじゅうじ)にもある。この法住寺のお木像は、江戸時代後期の天保年間に、熱心な門徒の願いに応じて大乗院から下山されてたものと言われている。どちらが本物かと議論の余地がありますが、この際はどうでもよろしい。どちらも本物と理解すればよいのです。
なぜならば、昔から無動寺谷大乗院にて修行僧から『親鸞聖人のお木像と』して敬い、尊敬されて今に伝えられてきた事実、そして、多くの念仏者達からは親鸞聖人の比叡山のご苦労を偲ぶ格好のお話として信仰の対象になってきたという事実の方が大切なのです。
写真、ソバ喰いのお木像
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