【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

古稀

2021-04-14 18:40:52 | Weblog

 本来は「古来稀(まれ)なり」の意味ですが、現代日本では「古くは稀だった」ですね。

【ただいま読書中】『みんなにお金を配ったら ──ベーシックインカムは世界でどう議論されているか?』アニー・ローリー 著、 上野裕美子 訳、 みすず書房、2019年、3000円(税別)

 ユニヴァーサル・ベーシック・インカム(略称UBI。全員に一律(ユニヴァーサル)、ギリギリの生計(ベーシック)を維持できるだけの所得(インカム)を保証する制度)に興味を示す人が少しずつ増えてきています。かくいう私もそうです。私個人ははじめは驚き、次に否定的な感情を抱き、調べる内に肯定的な立場に移行していきましたし、それと同じ動きをする人が実は多いそうです。
 肯定論者の立場は様々ですが、AIによって無職になる人間が大量に発生する未来を憂える人や現在の格差社会を憂える人がその主流と言えるでしょう。反対論ももちろん根強いのですが、賛成するにしても反対するにしても、まずはきちんとその内容と背景を知る必要があるでしょう。本書は「UBIと仕事」「UBIと貧困」「UBIとソーシャルインクルージョン(社会的包摂)」の三つの切り口からUBIについて述べています。
 UBIの構想は、古くは16世紀チューダー朝第二代イギリス王ヘンリー二世の治世に登場しています。囲い込み運動によって、小作農は貧窮化し路上生活者が増え、地主の富裕化は劇的に進行しました。そこでトマス・モアは『ユートピア』で、抑圧された小作農が犯罪者になるのを予防するためにも「何らかの対策(=最低限の収入の保証)」が必要だ、と説きました。産業革命の時にも似た発想が登場して論じられ、実際にイギリスのバークシャーでは「スピーナムランド制度」という、貧しい労働者に無条件に一定額を支給する制度が実験的に行われました。19世紀半ばのフランスでは、急進的な社会思想家シャルル・フーリエが「『文明』は全市民に最低限の生活(1日3食と最低レベルの宿)を叶える義務がある」と主張しました。
 なんだか、社会の激動期にはUBIの話が浮上するようです。ということは、逆に言えば、現代もまた激動の時代、ということなのでしょう。
 「見返り無しの給付は『物乞い』を育てるだけ」という批判は根強くあります。ところが実際にやったところ(たとえばイラン)では、逆の結果が出ました。アメリカの調査でも同様で、給付を受けることで労働時間が減った人はもちろんいるのですが、その多くは、育児や介護に時間を費やしていました。
 朝鮮半島の非武装地帯、デトロイト、ヒューストン、ケニアやインドの村など、著者は「現場」を見て回ります。そこで著者に見えるのは「UBIの良い面」の多さ。逆に「悪い面」はほとんど発生していないようです。ここで著者は「自分の主張が正しいというエビデンスを提示する義務は、UBI賛成派から、反対派の方に移った」という意見を紹介します。たしかにエビデンス抜きの主張は単なる思い込みに過ぎませんから。特に自分とは異なる立場の人がそのエビデンスを示している場合は「発言者が自分の発言の根拠を示すべき」となるのは当然でしょう。
 UBIをめぐる議論で露呈するのが「貧困者に対する差別意識」だということが本書から読み取れます。シングルマザーに対する差別意識や人種差別や障害者差別や女性差別も実に堂々と登場します。アメリカでは差別発言は非常にまずい、という意識があると思っていたのですが、貧困者のレッテルを貼ったら安心して普段持っている差別感情を発露できるようです。日本でも気をつけていたら、その辺に気づくことが簡単にできそうです。「インターネットはバカ発見器」という言葉がありますが、「UBIは差別者発見器」と言うことも可能でしょうね。

 



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