Toshiが行く

日記や趣味、エッセイなどで描く日々

吸いさし

2021年02月23日 17時31分20秒 | エッセイ
             

    火鉢にたばこの吸いさしが突っ立っていた。
    父の、両切りの「光」だった。
    小遣い銭ほしさにタバコ屋に走っていたから、よく覚えている。
    朝日のデザインが鮮やかだった。
    父は、半分ほど吸うと火鉢に差した。そして、後でそれを吸った。
       一本を2度に分けて吸っていたのだ。

             
        
それが目の前に突っ立っている。
ふいに誘惑にかられた。
家には誰もいない。どんな用事があったのか覚えていないが、
1人留守番をさせられていた。台所からマッチを持ってきた。
もう一度あたりを見回す。吸いさしをそっと引き抜き、くわえた。
初めてのたばこの味が唇から、匂いが鼻から入ってきた。
マッチをする。たばこに火をつける。すーっと吸い込んだ。
途端に、思いっきりむせ返り、けたたましく咳き込んだ。
あわてて火鉢へ突き立て、涙をにじませながら、ふーっと大きく息をした。
わずか一吸いだ。父親にばれることはあるまい。
妙なことにそんなことを思う冷静さはあった。
中学3年生。たばこの吸い始めであった。

           
   
    かかりつけの女医さんが、こう警告した。
    「心筋肥大による不整脈が出ているし、血圧は高い、
    コレステロール値も基準値をオーバーしている。
    それなのに、たばこですか……」
    母親のごとく、それでいてきっぱりと、
    「たばこは、おやめなさい」とのたまわった。

たばこを本格的に喫い始めたのは社会人になってからだ。
一日に一箱20本、神経がエキサイトした時などはつい二箱となった。
そんなことを50年、いや、あの中学生の時の
いたずら心から数えると60年、続けていたわけだ。
その挙句が女医さんの警告となった。
たばこが、からだに良くないことは感じていたから
自分でも驚くほど、あっさりと警告に従った。
それから、もう13年経つ。

    だが、きれいさっぱりだったはずなのに……。
    公園を通ると、紫をまとったその香(かぐわ)しさが
    ほんわりと近寄ってくる。
    片隅に10人ほどの男女がたむろして、唇に、指に、
    その香しさをちらつかせる。
    未練の火はいまだに悩ましくくすぶり続けているのである。
    時に、その誘惑は耐えがたいほどで、その手を懸命に振りほどく。



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2 コメント

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Unknown (けいこたん)
2021-02-24 08:05:35
toshiさん、おはようございます。
吸いさし、こんな言葉があったのをそれこそ懐かしく思い出しました。
火鉢にたばこの吸いさし。
しんせい、若葉、ピースとかあったような・・・
私の父もたばこを大事に吸っていました。火鉢に残りをさすと、すっと立ち上がるとき、名残惜しそうでもあり、吹っ切るようでもありました。

toshiさんの吸い始めのドキドキも、あの頃の少年を思わせます。
もちろん、今は誘惑に負けてはいけませんよ(^^)
ひっくり返ってしまいます(^^)
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Unknown (Toshiが行く)
2021-02-24 09:13:36
けいこたん おはようございます。
僕は意外にもすっと禁煙でき、また吸い始めることはありませんでした。時にたばこの香を嗅ぐと無性に欲しくなるのですが、そこはぐっと耐えることができています。また吸い始めることはないでしょうね。見張っていてください。
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