6日、7日と商店街で七夕祭りがありました。
例年、やわい片づけの他、串を焼きます。
油まみれになりながら・・・。
焼きつつ、私は人の流れを見ています。
今年は雨にも降られず、早い時間から人出があり、多くの人で賑わいました。
ありがたいことですが、どことなく例年に比べると、賑わいが足りないような気もしました。
なんか妙な感じなのです。
人は溢れていますが、騒がしくないというか、活気が足りないような感じなのです。
もっとも、活気は売る側が作るものですが・・・。
6日は土曜日でしたが、9時を過ぎると一気に人が去りました。
香具師のオッサンも、土曜日なのにお客が帰るのが早かったな、と嘆いていました。
7日日曜日も同じでしたが、お客様は早々と帰宅したようです。
これも省エネ等が影響しているのでしょうか・・・。
この話を駅前の土産物屋の主人にしたところ、お店でも同じだと言いました。
9時を過ぎて店を開いていても、お客様は確かに見えるけれど、誰も何も買っていかないと。
明日の予定を考えるために入ってくるんだ、ということでした。
その話を聞いて考えたのは、七夕祭りで、人出はあってもいまいち賑わいが足りないような気がしたのは、お客様は慎重になっているからなのではないかと。
色々覗いて歩き回るけれど、結局必要なものしか買わない、無駄はしない、ということなのでしょう。
そのため、いつもより静かな祭りになったのでは、と。
言ってみれば、無駄な中に賑わいを生む要素があるのではないか、ということです。







勝新太郎の名言です
ちょっと喩えるところが違う気がしますがふと思い出したのです
m(__)m
宝を見つけるまでの無駄はできなかったですね。