不景気な話ばかりが続く中で、久しぶりに明るいニュースが飛び込んで来ました。
南部陽一郎さん、小林誠さん、益川敏英さんのノーベル物理学賞受賞おめでとうございます。
今日はまた表題のように難しい問題について考えて見ました。
どうせ素人の考えることですから、多くの難点も多いと思いますので、どうぞ忌憚のないアドバイスや指摘、そして良ければなるべく前向きのご意見をお待ちしております。
[韓国における外国人労働者受け入れ]
テレビ東京は、6日の「ワールドビジネスサテライト」で 特集として、外国人の雇用問題を取り上げ、韓国の例を紹介していた。
同国では労働者不足対策として、日本の外国人の研修制度に似た制度から転換して、入国期間を6年を期限とする許可制の外国人労働者の受け入れを決めた。
・メリット:労働者不足の解決と、低賃金によるコスト削減
・デメリット:韓国人労働者の雇用問題と低賃金化の圧力、増大しだした外国人労働者の待遇改善要求による企業経営の圧迫(*注記)
この報道に対してレギュラーのコメンテーターは、上記のメリットのほかにも、ハングリー精神を持つ外国人労働者の向学心を上げて、将来、韓国の技術向上の面でも貢献するのではないかと言っていた。
[教育投資の必要性]
一方、フジテレビは5日に新しく発足した「新報道2001」の中で、米国の金融不況が日本の経済に及ぼす影響を取り上げ、日本人としてどのように対処すべきかとの設問に、何人かの人達の、「金は動かさずにしっかり持っておくこと」など常識的な回答の中で、唯一女性のコメンテーターが「教育、教育、教育」とフリップ出し、今こそ教育に投資して自分を高め将来に備えるべきだと主張していたのが非常に印象的だった。
[私の意見]
・科学、技術開発も日常業務も大切
今の日本でも、これからの将来はその持っている優れた人的資源と技術力で発展して行くべきたと言う意見が支配的だ。
然し現実は韓国の抱えている問題が示すように、国民の中には科学知識や技術の向上に貢献できる人達と地道にこつこつ働くのが得意な人達に別れている。
私は幾ら日本が技術向上を叫んでも、後者のような人達も日本には必要だし、その人達について敬意を払うべきだし、またその人達の技能向上などの投資も必要だと思う。
然し現実問題としては、外国人労働者を入れればEUや韓国で起きた問題が当然日本にも起こるのは容易に理解できる。
然し日本人の心情として西欧諸国(多分韓国も同じ?)のように社会格差を認められないと思う。
だから外国人労働者も日本人労働者も同一賃金であるべきだの議論が出てくる。
そして日本人労働者も韓国や西欧諸国と同じか、いやそれ以上の厳しい雇用問題に直面することになる。
それを避けるためには中東諸国のように、自国民だけ金銭面で特別に優遇することしか無いが、日本にはその余裕はない。
・日本人労働者の教育
日本としては外国人導入については、特別の技術や技能を要する人に限っているのは今の所はベストではないかも知れないがベターの施策だと思う。
然し少子化進行のための労働者不足の対策としての外国人労働者の導入はは避けられない情勢だ。
それで唯一できるのは出来るのは教育で日本人のレベルを上げて、外国人労働者との差別化を図るしかないと思う。
詰まり、知的な知識や特殊の技能を要する労働は日本人に、単純な肉体労働は外国人労働者に仕分け出来る様に教育を強化し、フジテレビのコメンテーターの言う様に教育への投資をを増やすことだ。
然し財政困難な現在余分の投資の金額を節約するためには、学校の業務の合理化を図り、学校や教師はその基本目的化である生徒の教育にその焦点を当てるべきだ。
然し最近また復活した日教組問題なども絡み教育改革が進まないのが現状だ。
・科学者と技術者の教育
日本は前にも書いたように技術立国を目指している。
然しここで考えねばならぬのは少子化の影響だ。
技術向上と言ってもその技術のレベルとその技術の量の問題がある。
仮に日本の全人口1億としたとき高度の技術開発件数を仮に100件としたとすると、全人口が半分になったときは単純に考えると50件しか開発できないことになる。
それで世界に太刀打ち出来るかと言うと疑問になる。
そうにならないためには、少子化問題の解決と教育でその割合を落とさない工夫が必要になるが、行き詰まり状態の少子化対策とまた前述の教育改革の停滞が障害となっている。
・大学の質の問題
もう一つの政策は今政府が考えている「日本留学への誘い」から、「卒業後の社会の受け入れ推進」までの5項目で構成する「留学生30万人計画」だ。
この目的は今までの政府の方針のように、優秀な外国人の受け入れの線に沿ったものだし、私が心配するように日本の技術開発力の質、量の増強にも役立つものだ。
然しこの施策にも障害がある。
それは受け入れ大学の質の問題だ。
優秀な学生が魅力を感じるような大学が日本にいくつあるかの問題だ。
東大でさえ08年度世界大学ランキングで19位だ。
これでは計画の目的の「海外の優秀な人材を獲得して日本の国際競争力を高めていく」どころか今までの留学生のように単なる、日本語の勉強、日本での就職、定住を狙ったものだけに終わってしまう。
ここでもまた大学のあり方と言う教育の問題が出てくる。
日本は大学についても適切な指導と評価と重点投資が必要と思う。
優秀な大学への重点的な補助金の投入で、大学を活性化する必要がある。
そのためにも教育投資の一部を割いて、今回のノーベル賞受賞者など、顕著な業績を上げた人達の出身校、在籍した大学への補助金の増額など考えても良いのではないだろうか。
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(*注記): 外国人労働者から見れば、最初は自国に比べれば高賃金で喜んでいても、韓国人労働者と同じ仕事をしているのに、給料の格差があると不満が出だすのは当然だ。








逆に家庭の教育費は増す方向です。つまり、教育の根本である「学ぶ姿勢、学ぶ体制」をなどの理念的要素が強いでしょう。現在だと、良い学校に入るため、企業に入るために勉強(詰め込み)します。本来、勉強はそういうことではないのです。学問というか学ぶ事を大切にする。それは、学校、塾だけでなく、スポーツ、自然、自分、人から学んで成長するべきに思いますね。
ちょっとそのランキング順位での認識について、気になる点がありましたので、コメントさせていただきます
まず、評価する側が英語圏の人間である時点で、東大の19位という評価はできすぎ感があります
たしかに設備は整ってきました
大学院重点化政策によって、東大はほかの大学に比べ圧倒的な予算が投入され、複数の巨大な研究拠点を築き、研究科の数をちゃくちゃくと増やしてきました
施設規模でいえば、世界ランキング上位の大学にひけをとらないでしょう
しかしながら、留学生や外国の講師、研究者が日本の大学を訪れた場合、日本語の壁がかれらの今後の行く手をはばみます
研究者が協力し合うのに、共通のコミュニケーションツールとなるべき英語が日本側の研究者および学生は不得手ですが、そもそも英語を苦としない教授だけが受け入れますので、肝心の業務は支障をきたしません
講師は英語で授業を行うようにとされてますが、聴講するのは主に大学院での定められた単位数を取得しなければならない留学生であって、日本人はモノ好きしかいません
留学生は、学部から入学する際は入学前に半年ないし1年の日本語学校での学習を義務付けられています
中途編入や特別短期留学コース、大学院から入学する場合は日本語学習は本人の意向にゆだねられます
ほかにもかれらは日本での日常生活をなるべく不自由しないものにするよう、配慮が行き届いています
どなたがいらしても、英語さえ話してくれさえすれば、英語のできるスタッフが対応し、問題解決をはかってくれます
したがって、かれらは日本にいながら、英語のできる日本人に取り囲まれて暮らしています
文系理系を問わず、学問における共通言語も英語であり、日本人もそれにならっています
しかし、どんな専門用語もどんな難解な概念もすべて日本語にうまく翻訳してしまいます
わたしたち日本人が大学で初めに学ぶのは、その翻訳過程で生じた新しい造語だらけの、日本語のようでいて意味のまったく通らない学問書を理解することからなのです
英語自身もほかの言語の影響を受けた外来語的な言葉が数多く存在しており、学術用語にはラテン語由来の言葉などがよく使われることが多いのですが、そうした浮世離れした言葉を日本人が使っている漢字の中から意味をとりだし、次々と造語を生産している現実があります
ちかごろの日本人は漢文を学習しないために漢字の知識も衰えましたから、英語をそのままカタカナに直して使用することも多くなりました
このことは、比較的若い日本の代議士が国会答弁などで横文字を口走ることからも見て取れます
こうしてみると、日本で学問をする方法は大きく2通りあります
ひとつは、日本語に習熟し、それを基礎に専門的な用語を理解し、最後にその専門用語に対応する英語を学習する
ふたつめは、英語に習熟し、英語の専門用語を理解し、最後にそれに対応する日本語を学習する
前者は日本人コース、後者は外国人エリートコースです
日本人は日本語に不自由しませんが、英語をあまりきちんと理解していない一方、外国人はせっかく学問的知識が豊富にあっても、日本人で英語を理解できる人がすくないために両者はなかなか理解しあうことがむずかしくなっています
英語ができなくとも、専門的知識はちょっとあやしげな日本語によって構築されており、おおくの日本人研究者は実務に支障をきたさないどころか、すばらしい成果を上げます
これは、外国人にとってみればとうてい受け入れがたい不思議な事実でしょう
さて、話を整理します
世界中の研究成果は、英語論文によってのみ国際的な評価を得ます
英語が理解できなければ研究もどんどん世界の潮流から離れてしまいます
日本研究者は海外の大学にいっても、サミットにおける日本の総理大臣がごとくです
ですが、日本の大学の世界ランキングは上位に食い込んでいます
これをどうみたらよいのでしょう
ただ単にすごいと思うのか、英語ができればもっと上を行くのじゃないのかと思うのか
さらにいえば、留学生や外国の評価の高い大学が、わたしたちにとってほんとうにいい大学だといえるのでしょうか
小学生からの英語教育は正式に決定したものの、日常生活上のわたしたちの言語はやはり日本語であろうし、専門的な用語もあいかわらず英語より日本語のほうが何となく意味が通じるでしょう
日本でも英語を使わなければだめだと、翻訳作業を止めてしまって、言語的少数者(マイノリティ)を生み出すのもいかがなものかと思います