普通のおっさんの溜め息

戦前派から若い世代の人たちへの申し送りです。政治、社会、教育など批判だけでなく、「前向きの提案」も聞いて下さい。

長崎市長射殺事件について思うこと

2007-04-20 06:56:05 | 日々雑感

志半ばで亡くなられた長崎市長伊藤一長さんに心からの哀悼の言葉を申し上げます。

また指定暴力団関係者のとんでもない事件が起きた。

私はいつも思うのだが、この種の事件が起こるとその当事者だけが処罰されて、その上層部の責任が問われないことだ。

例えば、賞味期限を過ぎた材料を使ったことで、物議を醸してついに不二家の社長の辞任までなるのに、犯人の親分はなんの責任も問われないことだ。

今度の事件の動機は犯人の個人的な恨みだそうだが、拳銃所持の問題がある。

拳銃がどこから入ったかについては、当然、彼の属する組のものかその上部の組が関与しているのだろう。
そして、拳銃密輸の犯人が判ったとしても、その犯人逮捕だけで終わるのが通例だ。

しかも、射殺犯も、拳銃を仕入れた犯人も、刑期が終われば、それで自分に箔がついて組の上位の位置につく のかも知れない。

そして暴力団の幹部は知らない で済まされる。
そして、新聞報道を通じて人々に暴力団の怖さを教えこむ ことで、以後の活動?を容易にする。

これでは、そのような犯罪や犯罪団体が無くならないのは当然だ。

彼らの行う犯罪にも参加者以外の国民に被害のない、ギャンブルの胴元をして捕まるのから、麻薬を密輸入したり、偽札事件に関わったりする言わば国家的犯罪まである。

その場合、今までは、国家的犯罪を犯しても、その犯人の組幹部は知らなかったことで、処罰を免れているのだろう。

不二家の社長は、(おそらく賞味期限を過ぎたものを使っても実害はないと思ってやった)部下の不始末など知らなかったそうだが、監督責任を問われて辞職に追い込まれた。

これに比べれば、犯人の上司の暴力団幹部に対する扱いは明らかに不公平だ。
知らないでは済まされない監督責任がある筈だ。

また今回の事件についても、マスコミの不二家を追求して、社長の辞職に追い込む程の、犯人の暴力団上層部への追求姿勢はないのも可笑しいような気がする。
ただ新聞で大々的に取り扱い、社説で非難するだけで終わっている。
彼らはそんなことされても痛くも痒くもない。
確信犯だからだ。
逆に、暴力団の恐ろしさを宣伝してもらって喜んでいるのかも知れない。

勿論暴力団幹部には会えないだろうし、身の危険も感じるからだろうが、紙面で追求したり、当局や政府を動かすなど方法はあると思うのだが。

この件でも法的な問題で警察の追求が犯人だけに限られるのなら、指定暴力団などの犯罪組織の幹部の責任を追求する 法律を作って貰いたいと思う。
勿論これには難しい問題も含んでいると思うが、なによりも犯人を追求する、警察や検事などの当事者が一番そのように思っているに違いない。

例えば、麻薬の密輸など国家的な犯罪については、その最上部の組織の大親分の監督責任放棄の罪で、無期懲役で世の中に出て来られないようにしたら、組織内部の自浄作用が働くと思うのだが。

また、直接の犯人については、出所後箔がついて出世?できるなど思わせない ように、もとの指定暴力団の組織に戻れば罪になるような法律を作って貰いたいものだ。
然し、このような暴力団への社会復帰?制限も出所者の人権問題になるのかな?

それにしても、日本が北朝鮮への経済制裁を行っているのに、その密輸の手助けをするなど、昔の任侠小説を読んでいた年寄りには想像もつかないことだ。
清水の次郎長ではないが、やくざにはやくざの拘り があったと思うのだが、彼らは単なる犯罪組織に落ちぶれたのかな?

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