晴遊雨読・暢呑夢酔の戯れごと

絶景かな!!浅間山、空気と水の美味しい町で余命人生エンジョイ中

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五無斎を 生徒と学ぶ 秋日和 {蓼科学)

2012-10-19 22:07:02 | Weblog

五無斎を 生徒と学ぶ 秋日和 {蓼科学)

24年10月19日 (金) 晴れ、八ヶ岳に初冠雪の寒き日。 8度

秋晴れの空に昇る朝陽

 

 覚醒すると部屋の中がひんやりとしている。秋の寒さが忍び寄って来ている様だ。

 でも明るくなって来て、秋晴れの空にお日様が昇ってくる。

白雲に嶺のぞかせる浅間連峰

 

 庭の樹も少しづつ色ずき始めており、白雲を浮かべる浅間山と秋の景観を見せてくれる。

富士山に似たりの浅間山

 

 雲の上から嶺だけを見せる浅間山は、まるで富士山のようである。

八ヶ岳には初雪が降ったそうだ。

津金寺盆地の上に浮かぶひつじ雲

 

 今日の午後に集まる予定の津金寺の上、八ヶ岳連峰あたりにはひつじ雲が浮かんでいる。

 ゴミ袋3個を集荷場に出して、斜面の書き取りをする。

テーマは、復旧、復興に関する予算編成への野田首相の指示についてである。被災地の復興とかけ離れた事業に予算が流用されている疑惑が膨らんできた。直ちに事業仕分けをしてほしいものだ。

 そんな午前中に、M氏が「お助け」に来てくれる。

蓼科学「保科五無斉」第3回めのフイールドワーク

 

 13時40分に地元の希望者が集まる。高校生はバスで来ている。

第2回の座学をしてくれたS教授の指示により、バスtマイカー3台で移動する。

実家に帰らずに下宿した寛聚院の石門

 

鳳凰の飾りのある由緒ある寺院。スズメ蜂の巣が2つも

 

古い五無斎のお墓

 

 明治44年6月7日44歳で亡くなる。

新しいお墓には、「我死なば佐久の山部に送るべし、焼いてなりとも生でなりとも」の狂歌が刻まれてある。

3男であった実家。土蔵には家紋の「九曜星」

 

蚕を飼った民家を説明するS教授

 

残り少ない江戸時代の「郷倉」である旧山部学校

 

かって公民館にも利用された天井は黒光り

 

格式の高い広い津金寺の仁王門

 

 「あ」「うん」の呼吸の仁王さん。「あ」は生まれたときの声で「うん」は死んでいく時の声との説もあるとか。

死んですぐに建立された石碑

 

石碑の案内板

 

 13時50分からバスや歩きで回ってノフイールドワークも、生徒の授業時間もあり、15時30分には終わる。

 新しい知識も出来て、有意義な1時間30分である。もう少し時間が欲しいというのはわがままかもしれないか?

 16時30分からの歯医者に、16時に行くが17時まで待たされてしまう。

西の空には4.6夜月昇り

 

 歯医者からの帰りは18時頃である、早くも西の空には沈み行く月が見え、気温がぐんぐんと冷え込んでくる。

 3党首会談は予想どうりの、成果のないもので終わったようだ。

 

 

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