晴遊雨読・暢呑夢酔の戯れごと

絶景かな!!浅間山、空気と水の美味しい町で余命人生エンジョイ中

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松茸の 味と香りに 笑みこぼれ (松籟亭)

2012-10-11 22:10:59 | Weblog

松茸の 味と香りに 笑みこぼれ (松籟亭)

24年10月11日 (木) 晴れで暖かな日。大震災から17ヶ月。 12度

青空に昇り来るお日様

 

 障子が明るくなってくるので、覚醒し起床する。

東の空からお日様が昇り、縄張りを主張するモズの「キィキィ」という鋭い鳴き声が聞こえてくる。果物の実りとともに、ヒヨドリの鳴き声も激しい。

早朝の浅間連峰

 

 2Fのベランダから起きてまず見るのは、お日様と浅間連峰である。

珍しく雲をかぶらないで、姿を見せている。

屋根越しの西空の白雲

 

 朝の気温は低く、秋の雲が浮かんでいる。

水石にオナガの群れが来て、水浴びをしているがカメラを構えたら気配で飛び立ってしまう。残念なり。

 屋根越しに見る西の空には、秋の雲が浮かんでいる。

斜面は、”寄り道をして、これをやってみたいということが許される社会のほうがいい”と益川ノーベル受賞者。チェスのジョシュの公園での息抜き勝負。

 不器用さから整形外科を諦めての、ips細胞発見の山中さんと挫折からの立ち直りをテーマにしている。でも挫折から立ち直れるのは、一握りの日とだけであると思うが・・・

信州の鎌倉・別所温泉「松籟亭」

 

 松籟とは、松の梢に吹く風、または、吹き抜ける風に松葉が擦れ合い奏でる音とか。風流な俳句の世界のようである。

 わが町のK町長さんも良く来られるとか、社長の話である。

紅葉と上田市街地が一望できる素晴らしい景観

 

 アカマツの林に囲まれて、まさに松籟の名にふさわしいお店である。

今はゴル友であり、ざこ煮の店主であるN氏。かってはH銀行のお偉いさんである親戚とか。本場の松茸が食べたいと言い、紹介していただいた店である。

 あたり一面に松茸の香りが漂っている。

まずはと土瓶蒸しが!

 

昼の料理の最高は「松籟御膳」

 

 お勧めのものを12時にと前日予約してあるので、座るとともにテーブルに並ぶ。何となく口淋しいので、ノンアルコールビールを飲ン出の食事である。

 これで4200円なりと、お安い気がする。味も香りも本物で美味さが違う。

自然に笑みがこぼれる至福時である。

流石に地元産の逸品・お値段も一流並か

 

 これは店主の野倉の持ち山の一つから今朝採ってきたという、見るだけでも美味そうな松茸である。お土産や焼いて食べることが出来る品である。

 この大きさで1本4000円から11000円の値段である。

予約のお客さんで満席状態である。不作とはいえ、矢張り出る山があるようだ。

野倉の夫婦道祖神拝謁

 

 折角来たからと私は何回も見ている有名な双体道祖神、敬妻は見たことがないというので見に行く。

車で5分ばかりの場所である。自転車やオートバイの見学者が来ている。

 結婚53年、これからも仲良くしないといけないと、手を合わせてお参りをする。

 もう少し大きな道祖神と思っていたが、少し期待はずれのような敬妻である。

珍しや!秋に咲くツツジとは

 

 道の脇に赤い花が咲いているので、車を降りて近づくとなんとつつじの花であり驚く。

美人の湯・相染閣の湯

 

 今日は泊りではないので、食後のひとときをと、あいそめの湯に入る。

外には足湯もあり、沢山の人が足を入れて休んでいる。

 別所温泉は、枕草子にも登場し、別名「七久里の湯」とも言うとか。

信州最古の温泉といわれている歴史ある温泉で、肌を滑らかにすることから

「美人の湯」とも呼ばれているそうだ。昔は町の真ん中角にあったが、こんな広い場所に建て替をしたのだ。昼間の3時ごろなのに混雑しており驚く。

 刺青さんが入ってきて、2度の驚きである。

松籟亭を紹介してくれたN氏のお店「ざこ煮屋」にお礼によると丁度おられて、反対にお土産をいただいてしまう。

浅間連峰を染める夕陽

 

西の空は燃えるような夕焼け雲

 

一面に見事羽衣のような夕焼  

 

 夕方になると浅間連峰のあたりが赤く染まって、明るくなって着てみると空一面が夕焼け雲で染まっている。

 夕陽の沈む西の空はどうかと見に行くと、なんと空一面が火事の様に真っ赤に染まっている・誠に見事な夕焼雲である。

 地場産の松茸を食べ、美人の湯に入ってと、何か英気が養われた感じの日である。

  SPCの1泊研修で訊ねる予定の、2005年から岐阜県になっている馬籠宿。木曽路の南の玄関口で4棟もの火事があり大変であったろう。

 一昨年にスズラン学級で歩いた道なので、場所が想像できる。

4棟だけで済んでよかった。観光への影響も出るだろうか。

 明治・大正の大火で江戸期の建物はほとんど消失したそうだ。

 

 

 

 

 

 

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