比企の丘

彩の国・・・比企の丘・・・鳩山の村びと
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霧ケ峰の夏・・・池のくるみ草原・・・古代人が祭りで踊った?・・・という「踊場湿原」・・・

2018-08-26 | 山が好き
信州上田の・・・六文銭の写真帳

霧ケ峰・・・標高1600mから1900m、高原の夏は短い。
6月19日、レンゲツツジの霧ヶ峰を尋ね、7月9日ふたたびの霧ヶ峰・・・池のくるみあたりで。

7月・・・霧ケ峰「池のくるみ」・・・「踊場湿原」の夏です。

標高1550m。高層湿原と低層湿原の並ぶ不思議な空間・・・
踊場湿原あしくらの池」です。

国指定天然記念物「霧ヶ峰湿原植物群落」(車山湿原、八島ヶ池、踊場湿原)のひとつ・・・

このあたり・・・なぜかレンゲツツジ、ニッコウキスゲが見えません。
シシウドの花が咲いています。


踊場湿原・・・「踊場」の地名由来は階段状の土地の水平の場所、階段の踊場になぞらえてとか、古代の人たちがお祭りで踊った場所とか諸説あります。湿原の窪地に高層湿原の池塘「あしくら池」、東西300m、池の周りをクルムような地形で「池のくるみ湿原」ともいわれます。池塘にはスゲの堆積した「谷地ボウズ」といわれる浮島も見られます。木道はありません、湿原の外側に3㎞の周遊コース。約200種の山野草の宝庫。高原に来る夏は遅く短い、まだ花の陰は見えません。

※撮影日は7月9日。


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霧ケ峰の夏を彩る・・・ニッコウキスゲ・・・車山肩、コロボックルヒュッテあたりで

2018-08-25 | 山が好き
信州上田の・・・六文銭の写真帳

霧ケ峰・・・標高1600mから1900m、高原の夏は短い。
6月19日、レンゲツツジの霧ヶ峰を尋ね、7月9日ふたたびの霧ヶ峰、ニッコウキスゲの夏・・・車山肩あたりで。

霧ケ峰・・・車山肩。このあたり標高約1800m。
草原の上に見えるのは車山(1925m)の頂上に立つ気象レーダー観測所、左の山は蓼科山(2531m)

電気柵・・・黄色い支柱に電線・・・高電圧、低電流の電気柵です。ニッコウキスゲの花芽を食べる鹿対策施設です。車山肩、富士見台に約3㎞設置されてるそうです。

小さな山小屋があります。コロボックルヒュッテです。
山小屋ですがカフェもあってここのオープンテラスで飲むコーヒーは最高。






※撮影日は7月9日。


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霧ケ峰の夏を彩る・・・ニッコウキスゲ・・・富士見台あたりで

2018-08-24 | 山が好き
信州上田の・・・六文銭の写真帳

霧ケ峰・・・標高1600mから1900m、高原の夏は短い。
6月19日、レンゲツツジの霧ヶ峰を尋ね、7月9日ふたたびの霧ヶ峰、ニッコウキスゲの夏・・・富士見台あたりで。

遠くに蓼科山が…

ロープで仕切られた散策路・・・当たり前のことですが草原に踏み込まないでください。



ニッコウキスゲ・・・キンカクシ目ススキノキ科キスゲ亜科ワスレグサ属ゼンテイカ種。
本名は禅庭花・・・ですが一般的にはニッコウキスゲなどと呼ばれる。
北海道ではエゾカンゾウと呼ばれ普通の雑草状態で海岸地帯に大群生。

霧ヶ峰は日光霧降高原、尾瀬と並ぶ大群落地です。
※撮影日は7月9日。


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信州上田・・・梅雨明けの塩田平・・・独鈷山の麓・・・・・・茅葺の前山寺・・・未完の三重塔

2018-08-23 | 信濃の国は
信州上田の・・・六文銭の写真帳

朝の畑仕事を終えて散歩・・・7月の上田市前山・・・塩田平・・・独鈷山の麓・・・
古刹(平安時代812年の創建といいます)「真言宗智山派獨股山前山寺」にやって来ました。
前山寺・・・812年弘法大師空海が護摩修行の霊場として開創といわれるが確かなことはワカラナイようです。。塩田龍北条氏の地(1277~1333年までの統治)であるがその関わりも不明。1331年四国善通寺から長秀上人が訪れ現在の地に伽藍を建造し規模を拡充したといわれます

参道から医王門を潜ると茅葺の前山寺本堂・・・建造年不明。
なぜか本堂は塩田平に背を向けて独鈷山に向かっています。独鈷山を霊場にしていたからでしょうか。

正面石段を上ると1921年国指定の重要文化財・・・三重塔。右の木はモクゲンジ(栴檀葉菩提樹)。左はイチョウ。

未完の完成の三重塔と呼ばれる「三重塔」・・・窓、扉、廻縁、勾欄がない。建造年は不明。建築様式から室町時代と推定・・・


※撮影日は7月2日。
前山寺のくるみおはぎ」のお接待(要予約)・・・
鬼ぐるみのタレで食べるおはぎです。香の物、梅の紫蘇漬けがついています。※撮影日は2010年4月20日訪問時に


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信州上田・・・塩田平・・・梅雨明け・・・独鈷山の麓・・・塩田城跡・・・アジサイの道

2018-08-22 | 信濃の国は
信州上田の・・・六文銭の写真帳

朝の畑仕事を終えて散歩・・・7月の上田市前山・・・塩田平・・・独鈷山の麓・・・
塩田城跡・・・鎌倉時代、塩田北条氏の政庁があったと推定され、戦国時代に小県の海野氏、埴科の葛尾(現坂城)の村上氏、甲州の武田氏、真田の真田氏と版図が変わり、真田氏が上田に進出して上田城を構えると廃城。山林化。

塩田城跡あたりから塩田平を振り返る。

塩田城跡の石碑が。山林化していますが、かつての山城の削平地、空堀、石垣、土塁が草に埋もれて見え隠れ。

アジサイ小道」としてハイキングロードに・・・

数万本のアジサイが植栽。


※撮影日は7月2日。


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信州上田・・・塩田平・・・梅雨明け・・・独鈷山の麓・・・塩田北条氏の菩提寺「龍光院」

2018-08-22 | 信濃の国は
信州上田の・・・六文銭の写真帳

朝の畑仕事を終えて散歩です。
7月の上田市前山・・・塩田平・・・独鈷山の麓・・・曹洞宗宝珠山龍光院・・・1282年、鎌倉時代に塩田北条氏2代の北条国時が初代義政の菩提寺として創建、当初の寺号は「仙乗寺」。北条氏滅亡のあと衰退、長く鎌倉の建長寺の末寺であったが信州更科の萬照寺の末寺となって1601年中興、「龍光院」と改称。伽藍は1732年焼失、1735年再建。

黒門といわれる古い山門、山門禁葷酒の石碑、右のケヤキは樹高26m、幹回り7.02m。、

黒門を潜り参道を進むと山門、その横に羅漢堂

塩田流北条氏の菩提寺です。ここ塩田は中世の塩田庄、鎌倉時代執権北条氏三代泰時の弟の子義政が出家してこの地に。
北条義政・・・鎌倉幕府の要職を務め、北条時宗(蒙古襲来のときの執権)のときの連署。突然の出家、遁世の理由は諸説あるが謎。
義政、その子国時、その子藤時、俊時と三代50年この地を治め、1333年鎌倉幕府滅亡時に宗家に加勢して鎌倉に馳せ参じ殉死。

干支地蔵尊・・・寄進供養

アジサイと積乱雲・・・
※撮影日は7月2日。
・ さりげなく紫陽花の径行くにけり    縄文人
・ 地蔵尊塩田平や積乱雲         縄文人
・ 山草の馳走朱塗り椀山の寺      比企のひと 

龍光院の精進料理(要予約)・・・※撮影日は2010年4月14日、訪問時に


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信州上田・・・塩田平・・・梅雨明け・・・独鈷山の麓・・・塩野神社を歩く

2018-08-21 | 信濃の国は
信州上田の・・・六文銭の写真帳

7月の上田市前山・・・塩田平・・・独鈷山の麓・・・朝の畑仕事を終えて散歩です。

塩田平の象徴「独鈷山」・・・

独鈷山を水源とする塩野川が境内を流れる・・・塩野神社・・・



木立の中に楼閣造りの拝殿・・・
※撮影日は7月2日。

塩野神社・・・創建は不明。社伝によれば白鳳元年(7世紀中ごろと推定?)に出雲大社より素戔嗚尊を祭神として勧請。奥社は独鈷山、水の神様を祭神としていたとも考えられます。平安時代の律令制諸規則集「延喜式」(967年)に載る式内社、塩田北条氏、武田氏、真田氏など時の支配者に庇護をうける。楼門造りの拝殿は勅使門とも呼ばれる。楼門形式は長野県では諏訪大社とここだけに見られるのだそうです。棟札のよると江戸中期1743年建造。

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信州上田・・・梅雨明け・・・独鈷山の麓・・・塩田平ため池群「塩野池」あたり

2018-08-21 | 信濃の国は
信州上田の・・・六文銭の写真帳

7月の上田市前山・・・塩田平・・・独鈷山の麓・・・朝の畑仕事を終えて散歩です。

農水省選定「日本のため池100選」塩田平ため池群の一つ「塩野池」・・・池の畔にアジサイが咲いています。

名残りのアジサイ・・・

むかしの炭焼き窯です・・・

青い空・・・積乱雲・・・キノコ雲?
※撮影日は7月2日。



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初夏の軽井沢塩沢湖・・・軽井沢タリアセンのイングリッシュ・ローズ・ガーデン

2018-08-20 | 信濃の国は
信州上田の・・・六文銭の写真帳

初夏のひととき・・・軽井沢・・・むかしの軽井沢「塩沢湖レイクランド」・・・いまは「軽井沢タリアセン」・・・の散策です。
国道18号線(軽井沢バイパス)南軽井沢交差点から長野方面へ、落葉松林の続く道をしばらく行くと塩沢交叉点、南に折れてすぐ。
いつも通る道ですが「塩沢湖レイクランド」が「軽井沢タリアセン」と名前が変わっていました。
軽井沢タリアセン・・・江戸時代に造成した農業用水路「鷲穴用水」から1961年に取水して造成した人造湖「塩沢湖」(塩沢は地域名)、当初はアイススケート場などに利用、1971年「塩沢遊園」に。周辺が整備されレジャー設備が作られ1983年「塩沢湖レイクランド」と改称。設備を拡充、リニューアルを重ね1996年「軽井沢タリアセン」に。

軽井沢の自然、文学、美術、歴史的建造物・・・敷地100000㎡・・・
ちなみに「タリアセン」とは?・・・ウエールズの詩人の名前。ケルト語で「輝く額」・・・だそうだ


イングリッシュ・ローズ・ガーデンを歩く。

2000種の薔薇。

ホザキシモツケ・・・


※撮影日は6月29日。


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初夏のひととき・・・塩沢湖・・・軽井沢タリアセンを歩く

2018-08-20 | 信濃の国は
信州上田の・・・六文銭の写真帳

初夏のひととき・・・軽井沢・・・むかしの軽井沢「塩沢湖レイクランド」・・・いまは「軽井沢タリアセン」・・・の散策です。
国道18号線(軽井沢バイパス)南軽井沢交差点から長野方面へ、落葉松林の続く道をしばらく行くと塩沢交叉点、南に折れてすぐ。
いつも通る道ですが「塩沢湖レイクランド」が「軽井沢タリアセン」と名前が変わっていました。
軽井沢タリアセン・・・1961年、江戸時代に造成した農業用水路「鷲穴用水」から取水して造成した人造湖「塩沢湖」(塩沢は地域名)、当初はアイススケート場などに利用、1971年「塩沢遊園」。周辺を整備しレジャー設備が作られ1983年「塩沢湖レイクランド」と改称。設備を拡充、リニューアルを重ね1996年「軽井沢タリアセン」に。

軽井沢の自然、文学、美術、歴史的建造物・・・敷地100000㎡・・・
・軽井沢高原文庫・・・軽井沢ゆかりの文学者の品々
・堀辰雄山荘「1412番山荘」・・・ 旧軽井沢釜の沢から移築。1941年に堀が購入、その後、画家深沢紅子夫妻が夏のアトリエとして使用。
・野上弥生子の書斎・・・喫茶室、1933年築。北軽井沢の法政大学村から移築。
・有島武郎旧別荘「淨月庵」・・・喫茶「一房の葡萄」、旧軽井沢の三笠から移築。
・立原道造詩碑
・ペイネ美術館・・・1933年建築、アントニン・レーモンドの設計で設計者自身のアトリエ、1986年軽井沢町南ケ丘から移築して開館。
・深沢紅子野の花美術館・・・旧軽井沢郵便局舎(国登録有形文化財)を2006年移築、2階に開館した施設。
・イングリッシュ・ローズガーデン・・・2000種

ちなみに「タリアセン」とは?・・・ウエールズの詩人の名前。ケルト語で「輝く額」・・・







睡鳩荘・・・実業家朝吹常吉とその娘のフランス文学者朝吹登水子の旧山荘。
1931年築。設計はウィリアム・メレル・ヴォーリズ。2008年7月移築。2017年登録有形文化財登録。
※撮影日は6月29日。


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