大衆文化、ファッション、時事問題を扱う月刊雑誌「ヴァニティ・フェア」に、調査ジャーナリストでヴァニティ・フェアのベテラン、マリー・ブレナーが1997年「アメリカの悪夢:リチャード・ジュエルのバラード」としての寄稿文が基となっている。
法執行機関の捜査でよく言われる、組み立てたストーリーに沿ったシナリオ作りが多いということ。まさにリチャード・ジュエルに起こったことなのだ。FBIは、第1発見者が「往々にして犯人であることが多い」を前提に無理な捜査を強行する。
1996年夏、ジョージア州アトランタで第26回オリンピックが開催された。リチャード・ジュエル(ポール・ウォルター・ハウザー)は警備員として参加し、彼の母親バーバラ(キャシー・ベイツ)は開会式のケニー・ロジャースのステージを楽しんだ。去る3月亡くなったケニー・ロジャースの1978年のヒット曲「ザ・ギャンブラー」を歌うステージが挿入されている。
大会7日目夜中の1時過ぎオリンピック公園の屋外コンサート会場で爆破事件が発生する。キャンバス地のリュックサックが警官によって時限爆弾と判明していて、このリュックサックを不審に思って通報したのがリチャード・ジュエルで、群衆にも避難を呼びかけた。しかし、爆発によって2名の死亡と111名の負傷者という大惨事になった。爆弾に釘が仕込まれていたため負傷者が多数出た原因。
警備員リチャード・ジュエルの通報や避難誘導がなかったら、もっと多くの被害者が出たとして英雄に祭り上げられた。 が地元紙の記者キャシー・スクラッグス(オリヴィア・ワイルド)の特ダネ記事「FBI、英雄警備員を疑う」を大きく報道。一転してリチャード・ジュエルは、英雄から容疑者に転落した。
この情報を得た手法がFBI捜査官ブルース(ディラン・カスマン)にキャシー・スクラッグスが体を提供して得たものとして描かれる。とはいっても露骨なセックス描写はない。バーのカウンターに座ってそれを匂わせるという按配。かねがね映画の中のセックス描写が不要だと思っている私には、クリント・イーストウッドの控えめな手法にベテラン監督の心根を見た気がした。
ところがこの描写に異を唱える一部の批評家や記者たちのボイコット運動まで起きた。故人となったキャシー・スクラッグスが反論できない状況の中で真実でない描写について、脚色されたことを正式に認めよと主張したのが、「FBI、英雄警備員を疑う」を大々的に報道した地方紙だ。
これに対して製作会社ワーナーブラザーズは、「情報源(アメリカの悪夢:リチャード・ジュエルのバラード)に基づいているとし、真っ先に特ダネ記事として報道した地方紙に揶揄するような反論を行っている。
ワトソン・ブライアント弁護士(サム・ロックウェル)がリチャード・ジュエルをサポートして、FBIの捜査を断念させた。
批評家の評価は高い方だが、興行収入は意外に伸びなかったようだ。それではここで追悼を兼ねてケニー・ロジャースの「ザ・ギャンブラー」を聴きましょう。