『君戀しやと、呟けど。。。』

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『赤子』(小題:菜の花畑)

2018-04-13 18:07:38 | ニコタ創作
カテゴリー;Novel


 このお話は『娘』の続編です。


 彼女、荒井若葉を初めて見たのは、高校の入学式の朝だ。
 山崎悠人は自転車で行くつもりだったのに、朝になってパンクに気付いた。歩いても行けない距離ではなかったが母が嫌だと言い、電車三区間を乗ろうと駅に向かった。

 その年は、入学式に合わせたような桜の満開に誰もが目を奪われていた。そんななか、駅から学校へ向かう道のりに彼女はいた。
 通う高校に制服はない。誰もが思い思いの服装で登校するなか、彼女が着ていたのは和服だった。最初に目に飛び込んできたのは、その着物の柄だった。萌葱色とでもいうような地色の裾に、ぐるりと菜の花が咲いていた。
 それは綺麗な黄色い花で、まるでそこに広大な菜の花畑が現れたように映った――。

 隣に母が立っていなければ、もっとガン見していただろう。でも母に気付かれたらと思うと、恥ずかしさが先に立って目を反らした。母自身も道すがら咲く桜並木に目を奪われ、若葉の菜の花には気付いていないようだった。
 校門を入ると学校のフェンスを囲むように、ここにも満開の桜が咲いていた。多くの人が写真を撮る、その桜を背景に。
 しかし悠人は彼女を捜す。あの菜の花畑と桜なら、見事に映えるだろうと思ったからだ。ただ見つけられなかった。和服の生徒なんて珍しいと思ったけれど、もしかしたら生徒ではなかったのかもしれないと漸く気付く。

 あ〜あ。もう一度見たいな〜

 その思いが聞き届けられるのは、式典を終え各教室に移動した時だった。
 いる!
 悠人が見つけた時には、すでに人だかりができていた。特に女生徒にだったけれど。
 和服の珍しさは、やはり男よりも女の子の方が気になるのだろう。その日から体育のない日には着物で通学をしてくるのが若葉だった。そしてGWを過ぎた頃、よくそれほどの数の着物を持っているなと思っていると、目が合った。
 否、結構、ちらちら見ていたから、とうとう気付かれたって感じだったのかもしれない。
「山崎君だったよね。私の顔、何か変かな」
 その問いに自分では何と答えたのか憶えていない。ただ若葉の方が憶えている。
『変なのは、俺の頭』と答えた自分は、そのまま、つきあわない? と口説いたのだそうだ。

 少し作ってるだろ、と思うものの、確かにその場でつき合ってもいいけれど、と言われた刹那、
『じゃ。決まりな』
 と念押ししたことだけは憶えている。そして高校三年間、全て若葉と共に在った――。

 大学は別だった。若葉は将来設計がしっかりとできていて、彼女は代々受け継がれてきた和裁師になるといって、洋裁学校か家政学部のある学校に行くと言っていたから。
 悠人も医学部に進むことは決まっていたようなものだった。兄と姉も医学部で父は開業医だった。何となく、という言い方は変だが医学部以外を思いつかなかったという感じかもしれない。受験勉強はちゃんとしたけれど。
 高校時代から忙しくしていた彼女と、離れる時間が増えてくると心細くなったのは自分の方だった。少しでも時間ができると彼女の家に行くようになる。女だらけの家では、重宝がられるというのもあった。そのうち泊まるようになると、何となくいつか結婚という雰囲気になっていた――。

『どうしよう』
 最初は漸く言ったな、と思った打ち明け話。ただ何かあったのかと尋ねると口を噤む。
 いつも比較的、楽天的に物事を決める奴だった。高校一年の時、お母さんが国指定の難病に冒されていると判明し長期入院が必要になった時も、なるようにしかならないと言い放った。
 和裁の仕事と娘の看病と、そして孫の面倒でおばあさんは疲れてしまったのだろうか。高校三年に進級するという春休み、肺炎で呆気なく逝ってしまった時も、これからは自分がお母さんの病院に通えばいいだけだと簡単なことのように言っていた。
 その若葉が困っている。彼女は結局、洋裁の学校に通いながら、和裁はおばあさんの葬儀の時に声をかけてくれた和裁師さんに弟子のような形で習っていた。
 悠人の大学一年の後期試験が一段落した頃だったか。様子がおかしいと思うようになった。何かあるのかと声をかけても、何もないと返すだけで暫くは何も言ってこない。
 その彼女の口から、初めてどうしようという不安を聞いた――。

 高校に入って最初の夏休み、一度だけ家に若葉を連れてきたことがある。薄い若草色の絽織りという着物を着て、手土産だといって虎やの水羊羹を持ってきてくれた。それなりに気を使ってくれたと分かる。
 それなのに、うちの母ときたら「お針子なんかとは釣り合わない」と玄関先で言ったのだ。若葉は約束だからと、その日は悠人の部屋で過ごした。しかし二度と家に来ることはなかった。母親が入院してしまって少しでも楽しく過ごしてほしいと思ったのに、残酷な結果となったことを悔やむしかない。
 そのせいもあり余計に若葉の家へ行く回数が増えていき、勉強なんてどこでもできるからと言うとご飯食べさせてくれて、深夜まで勉強していると泊まってもいいと言われるようになった。勿論、客間にだったが。

『何でも話せ。もう俺以外、聞いてくれる人間なんていないんだから』
 そんな言葉が背中を押したのか否かは分からない。しかし若葉は口を開いた。
『赤ちゃんができちゃった』
 とだけ……

 頭の中でいろいろなことがブロックのようになり、一旦全部が崩れ落ちた。そして瞬時にそれを組み上げる。
『俺が育てるよ。産んで欲しい』
 産まれてくるのは二年の夏休みになるだろう。バイトをする必要はないから時間はある。勉強する時間が減るのは致し方ない。いざとなれば兄や姉に手伝ってもらおう。
 まだ誕生日を迎えていなかった悠人だが、母ではなく父に話をしたら分かったと言われた。留年はできない。その意地だけで育児と勉強を乗り切ったようなものだ。

 産まれたのは、娘だった。
 若葉のお母さんに会いに行くと、力の入り難い腕で赤子を抱いてくれた。嬉しいと泣いてくれると、漸く産んでよかったと思ったそうだ。それでも彼女は結婚することを拒んだ。母との関係を築けないというのが理由だった。彼女だって手離したい筈がない。
 しかし、お母さんのこともある。彼女には学校と和裁の勉強の他に育児の時間はなく、差し伸べてくれる手も何処にもなかった――。

 自宅とは少し離れた場所にある医院で、父がよく面倒を見てくれた。孫は子供よりも可愛いといわれるが、近所のじじばば達も一緒になって育ててくれた。試験と父の用事が重なってしまった時にだけ母に預け、概ね自分自身で育てた。
 芽を吹くような可能性を秘めて自分たちの間を結んでくれるようにと、結芽(ゆめ)と名付けた。
 大変だったけれど楽しかった。どんなに時間がなかろうが試験の点が悪かろうが、赤子のもみじの手は全てを乗り越えさせてくれた。
 その子が今度結婚すると言う。そして、あろうことか。悠人に若葉と結婚しろと言ってきた。海外に行ってしまうから心配なのだそうだ。
 思えば、一度もプロポーズをしたことがないと言ったら、頭を小突かれた。ま、今更な話だ。 

 現在、若葉はその捨てたと言い張る娘のため、それは見事な加賀友禅の反物に、一針一針心を込めて糸を刺している。遠い日に在る、あの菜の花畑の訪問着は結芽が嫁入り道具として持っていくのだそうだ――。

【了】 著 作:紫 草 
 
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