『君戀しやと、呟けど。。。』

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『好きということ』

2018-01-16 17:15:44 | ニコタ創作


カテゴリー;Novel

逢うということ』 の続編です


 男ってさ。
 日々の暮らしのことを細かく憶えていないんじゃないかな。
 特に子供の頃のことって、そこに特別な感情が含まれないと記憶に留めるって少ないと思う――。

 今から二ヶ月くらい前、山野英人はバイト先で幼馴染の顔を見つけた。
 といっても、去年まで同じ高校に通っていたから分かったのであって、ちっこい頃しか知らなければ分からなかっただろう。
 最初はタブレットに向かって、何かを必死に打ち込んでいた。次はスマホをテーブルに置いて本を読んでいた。たぶん、誰かからの連絡を待っていたんだろうと思う。次は女友達がいた。楽しそうに話してた。でも店員の顔を気にするお客様はいない。
 アイツは英人に気づくことなく日にちは経っていった。

 自分の家は少し特殊だった。
 母親が死んだのも分からない頃から、父親と二人暮らしだった。
 ただ家は自営の文具屋で、殆ど近所の小母さんとお姉さんに遊んでもらって育ったようなものだ。

 その後、大学入学と同時に、親父が再婚した。
 自分を育ててくれたお姉さんは何人かいたが、母親になったのは一人だった。
 親父が好きなんだと言われた時は、ヤバい人かと思ったが、英人がいるから再婚しないと言われている、何とかしてくれと泣きつかれた。

 義母になると言われた人と、いろいろな話をした。
 年齢も親父より英人の方に近かった。初恋はいつだと聞かれて、ないというと嘘だと言われた。でも実際には考えなければならないほど、女の子の記憶はなかった。
 それでも気になった子はいただろうと言われて、思い出した。
 いつも遠足や運動会でお菓子を分けてくれた子がいたなって。高校では遠足の時に、お弁当を作ってきてくれた。
 そんな話をすると彼女は、英人が初恋だったんじゃないか、と話した。

 そんなことがあった後だったからだろう。
 店で、知り合いだと思う前に「あの子」だと気づいた。
 最後に話したのっていつだっけ、と思うと声をかけそびれた。それから時折見かけると、嬉しくなるような感覚があった。

 その日。
 アイツの様子は、いつもと違って見えた。
 言葉では上手く言えない。ただ、いつもと違う。
 思わず声をかけていた。

「何、黄昏れてんの?」

 突然、凄く恥ずかしくなって逃げ出した。
 暫くして、アイツのテーブルの食器が空になったので、片付けるために再び近づいた。すると、
「山野君。話がしたい」
 と。
 どうして、と思う気持ちもあったが、バイト時間は午後十一時までだ。まだ三時間以上ある。それを伝えると即座に待ってると返ってきた。
「終わる頃、声かけに来る」
 返事は待たなかった。ディナーは忙しい。

 結局、近くの24時間営業のファミレスに入ることにした。今から話してると最悪、終電を逃すかもしれない。何の話をするのか分からないから。
 気まずいというのとは違うけれど、やっぱり何処か恥ずかしかった。でも、アイツは黙ってついてきて通された席につくと間髪入れずにこう言った。
「こんな風に話すのは初めてね」
 彼女の言葉が、とても自然だったから助かった。

 初めてって幼稚園の頃だよな。
 でも、その頃のことって殆んど憶えていないんだ。
 そんな感じで話すと当然だろうと首肯する。とりあえず間違ってなかった。よかった。

「私ね。山野君のこと、好きみたい」

「ちょっと待って」
「それは山口百恵よね」
「え? そうなの!?」
「うん」

 何の話だ。一瞬行き先を見失ったぞ。
「いや、そうじゃなくて。今さ。何っていうかさ。その~」
 駄目だ。勢いを失うと言葉が続かね~
「気にしないで。私自身が大学入るまで気づいてなかったくらいだし、どうして言っちゃったかなって自分でも思うもん」
 だったら言わないでいてくれよ、と思った。言えないけれど。
「あの~ ありがとう」
 義母との会話が蘇る。
 全く余計なことを。変に意識しちゃうじゃないか。

「大学、どこだっけ」
 そっか。進学先知らないくらい、話してなかったんだ。
「幼稚園以外では同じクラスになったこと、なかったから。それに高校じゃ私は私立文系コースだったしね」
 そんなふうに言われると確かに国立理系コースの自分とじゃ教室離れてたな、と校舎を思い出す。
 通っている大学を伝えると、じゃ同じ沿線になると言われた。聞けば確かにそうだった。
「意外とすれ違ってたかもしれないね」
「でも、学校の最寄り駅からすると、こっちに出てくると帰るのって逆方向になるじゃん。どうして、よくこっちに来るんだ」
「あ。やっぱり、これまでも見てたんだ」
 言ってしまってから、しまったと思った。
「ごめん。少し前から気づいてた」
 こうなったら、あっさりと謝る方が潔い。

 彼女は凄く綺麗に笑ってから、声もなく泣き出した。
 うろたえた。どうしたんだ。泣く要因がどこにある。
「だ、大丈夫?」
 ところが彼女は自分が泣いていることに気づいていなかった。何が、と普通に聞いてきて、その鼻声に初めて、あれあれと慌て始めた。
 もしかしたら今日ってちょっと不安定なのか。だから、いつもと感じが違ったのだろうか。
 英人の様子が変わったことに気づいたようだ。
「山野君。私ね……」
 長い話になってもいいか、と前置きをして話し始めた。それは彼女が英人を見ていた長い時間の歴史のようだった。

「俺はさ。弁当がないことを悲しいって思ったことなかった。そんなふうに思っててくれて驚いてる」
 確かに弁当はなくても、帰れば普通に親父が飯作ってたし、近所の人がいっぱい差し入れしてくれてたから。
 そして、また『好き』の話に戻っていった。

 大学の友達と話していると、いる筈のない英人の姿を追っている自分に気づいたらしい。
 友達と話していて、少し込み入ったことになってくると英人ならどう言うだろうかとシュミレーションするのだと。
「山野君の影響力って自分じゃ知らないうちに凄かったみたい」
 不思議だった。
 自分以上に自分のことを分かっているんじゃないかと思った。
「緑川……」
 名前に、さんをつけようかと一瞬迷ってしまって、それがバレて笑われた。
「悪い。緑川が思ってくれるほど、男ってさ。ま、俺がって限定かもだけれど、日々の暮らしのことをそんなに細かく憶えていないんじゃないかな」
 彼女が正直に話してくれたから、自分も覚えている限り本当のことを話そうと思った。

 そして特に子供の頃のことって、一瞬一瞬のつながりみたいなもので、そこに特別な感情が含まれないと記憶に留めることは少なかった、というようなこと話した。実際、そんなに不幸を背負ってたわけでもなく、普通に育ったからだ。母親がいない寂しさは近所の人が埋めてくれた。
 そして今は義母もいる。入籍したのは遅かったが、義母は通り一本隔てたところに住むお姉さんだった。本当に義母に育てられたのだ。
「お袋がさ。緑川の初恋は俺じゃないかって言うんだ」
 そんなこと言われてから意識してしまい、店に現れた時も顔を見られなかったのだと話した。大人の恋愛とかってよく分からん。でも好きだと思う。だって散々聞かれて、出てきたのが緑川一人しかいないんだから。

 彼女は笑った。そして、それは半分間違いだと言う。
「初恋だったけれど、初恋って大人になる前に完結してるでしょ。私はまだ、山野君を好きだって気づいたばかりだから」
 でも、鋭いね~ と言う。確かにな。

「義母の口車に乗ってしまうのも癪に障るけれど、よかったら付き合おうか」
 終電はとっくになく、早くも朝帰りをさせてしまうことになってしまったけれど。
「明日の朝、一緒に謝りに行くから」
「気にしないで。結構、無断外泊してるから大丈夫」
 そうなのか? 大丈夫か。
 そんな思いが顔に出た。
「よく終電逃すの。こういうお店にいたり、カラオケでオールナイトしたり、あとはバイト先が朝までやってるから控え室で朝を待つ」
 英人の顔が驚いている。
「俺の方が、品行方正かも」
「彼女、いなかったんだね」
 彼女の顔がちょっとだけゆれ動く。
「もしかして、店で泣いてた時、それ想像してた」
「うん。恋人がいたらって思ったら、自然に涙が溢れてきた」

 好きって意識してたわけじゃない。ただ他の子たちがいるなかで、緑川だけ目が合ってた。きっと気づかないうちに英人も捜してたんだろう。
「覚悟した方がいいよ。俺、マメじゃないから、たぶん怒らせる」
 うんうん、と頷きながら笑う彼女が可愛かった。初めて大学性らしい生活を手に入れたのかもしれない、と英人も一緒に微笑んだ――。


【了】 著 作:紫 草 
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