村上家 当主のブログ

五箇山資料室

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流刑

2010年09月17日 18時00分14秒 | 日記
加賀騒動の主犯とされる大槻内蔵允(三千八百石)の関係者が五箇山へ流刑されています。
資料では、寛延元年4月19日、護国院殿御代段々不届出の儀有之となっている。
本人は禁錮の刑(九尺四方)の牢に入牢、三人扶持を支給されている。兄の息子(内蔵允の甥嫡男、次男、三男)がやはり五箇山へ流刑されている。嫡男、次男はともに二人扶持を支給されている。

三男は幼少のあいだは一類預とされ十五歳に達し流刑となっている。
大槻内蔵允はわずか五ヶ月で自決している。
嫡男は二十五年五か月、次男は二年7か月で病死している。三男は不明。
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