村上家 当主のブログ

五箇山資料室

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五箇山の流刑

2010年09月13日 13時44分39秒 | 日記
参考資料 加越能文庫、「袖裏雑記別集」平村史
加賀藩の流刑では五箇山が最も重く、能登島(遠島)鹿島郡がそれに次いだ流刑地でした。
五箇山の冬季の自然条件の厳しさからだろうと思います。
小屋に閉じ込めたままのもの、居村内は自由に歩けるものなど、扱いは色々あったようです。 時代の厳しさは子供が親の罪で同罪として流刑されていることです。
青木治太夫とゆう侍が祖山村で不行状により刎ね首になっていますが、猪谷村に流刑されている息子二人も処刑されています。この侍は同居していた9歳の子供も庄川の川遊びで亡くしています。五箇山の流刑の様子が資料より想像されます。
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