日本キリスト教富谷教会 礼拝説教 辺見宗邦牧師

辺見宗邦牧師が富谷教会で行う礼拝説教を随時アップしてまいります。
毎週日曜日か、前日の土曜日に掲載いたします。

「神の沈黙―映画「沈黙」について」

2017-01-22 14:13:15 | キリスト教

981-3302宮城県富谷市三ノ関坂ノ下120番地12  TEL:022-358-1380 FAX:022-358-1403 

     日本キリスト教 富 谷 教 会   週 報

年間標語 『キリストに結ばれて、聖霊によって、日々心を新たにされ、キリストに似た者に造り変えていただこう。』

聖句「互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。これらすべに加えて、愛を身につけなさい。キリストの言葉があなたがたの内に宿るようにしなさい。いつも感謝して心から神をほめたたえなさい。すべて主イエスの名によって行いなさい。」(コロサイ3:13~16の抜粋)

降誕節第5主日 2017年1月22日(日)  午後5時~5時50分

    礼 拝 順 序

前 奏             奏楽 辺見トモ子姉

讃美歌(21) 149(わがたまたたえよ)

交読詩編   22(わたしの神よ、わたしの神よ)

主の祈り   93-5、A

使徒信条   93-4、A

聖 書(新共同訳)ヘブライ人への手紙 2章17、18節

説  教   「神の沈黙―映画「沈黙」について」  辺見宗邦牧師

祈 祷                

讃美歌   311(血しおしたたる)

献 金

感謝祈祷              

頌 栄(21)   24(たたえよ、主の民)

祝 祷             

後 奏  

                                       次週礼拝 1月29日(日) 午後5時~5時50分

                                       聖書  マタイによる福音書21章12~16節

                                       説教  「新しい神殿」 

                                       讃美歌(21)7 309 24 交読詩編84篇

  本日の聖書 ヘブライ人への手紙 2章17、18節

 17イエスは、神の御前において憐れみ深い、忠実な大祭司となって、民の罪を償うために、すべての点で兄弟たちと同じようにならねばならなかったのです。18事実、御自身、試練を受けて苦しまれたからこそ、試練を受けている人たちを助けることがおできになるのです。

 本日の説教

   マーティン・スコセッシ監督によって映画化された遠藤周作原作の「沈黙」が、昨日から日本で公開されました。この映画を見た多くの方は、残虐な拷問に圧倒され、沈黙する神に疑問をもち、棄教する神父たちを見て、複雑な思いを抱かれたのではないでしょうか。そこで映画について解説しながら、神の沈黙について、聖書から学びたいと思います。

 この映画を製作したスコセッシ監督は、アカデミ―監督賞や種々の受賞をしているイタリア系アメリカ人です。全編を台湾でロケ撮影した原題「Silence」は、17世紀の江戸初期の日本を舞台にした歴史小説を映像化したものです。

  この映画は、激しいキリシタン弾圧の中で棄教した二人の司祭、クリストヴァン・フェレイラ(1580頃~1650)と、ジュセッぺ・キアラ(1602~1685)をモデルにしています。映画で主役を演ずるロドリゴのモデルが、このキアラです。

 ポルトガル出身のイエズス会司祭フェレイラは慶長14年(1609年)長崎に渡来し、迫害下の長崎や大阪で布教しました。寛永10年(1633)長崎で捕らえられ、数時間の穴吊るし刑の後、棄教しました。日本名を沢野忠庵と称し、妻と30人の奉公人を与えられ、禅宗寺の檀家となり、長崎に住み、キリシタン詮議に協力しました。この棄教はイエズス会をはじめ教会関係者に与えた衝撃は大きく、海外にも大きな反響を与えました。

 キアラはイタリア人で、イエズス会の司祭です。1635年にリスボンを出港カンボジア布教などに従事したが、日本布教の熱意から寛永20年(1643)筑前国(福岡県)に潜入するも、間もなく捕らえらえ、幕府側の詮議を受け、念仏を唱え棄教しました。その後、日本名は岡本三右衛門、妻と奉公人10人を与えられ、宗門改め役の配下として江戸切支丹屋敷で死ぬまで幽閉の身となりました。

 映画では、島原の乱(1637~1638)が幕府によって鎮圧されて間もない頃、日本で布教していた準管区長のフェレイラが、苛酷な弾圧に屈して棄教したという報せがローマにもたらされました。フィレイラの弟子であるポルトガル人司祭のセバスチャン・ロドリゴは、恩師の棄教が信じられず、フランシス・ガルペと共に、日本に潜入するためマカオに立ち寄り、そこで気の弱い日本人キジローと出会います。キジローの案内で五島列島に潜入したロドリゴは隠れキリシタンたちに歓迎されるが、やがて長崎奉行所に追われる身となります。

 幕府に処刑され、殉教する信者たちを前に、ガルペは思わず彼らの元に駆け寄って命を落とします。次々と隠れキリシタンが役人によって摘発され、海辺の十字架に磔(はりつけ)にされ、藁に包まれたまま海へ投げ入れられるなど、激しい拷問を受けるキリシタンに救いが見えない状況にロドリゴは苦悩します。宣教師である彼も、苦しい状況においてなお沈黙を続ける神に疑問を持ちはじめる表情がうかがえます。ロドリゴはひたすら神の奇跡と勝利を祈るが、神は「沈黙」を通すのみでした。「主よ、なぜあなたは黙ったままなのですか。」とロドリゴは主に訴えます。逃亡するロドリゴはキチジローの裏切りで密告され、捕らえられます。

 長崎奉行所でロドリゴは棄教したフェレイラに出会います。以前はキリスト教に帰依して、洗礼まで受けた長崎奉行の井上筑後は対話を通して、日本人にとって果たしてキリスト教は意味をもつのかと語り、司祭に「神」への疑問を植え付けます。

 井上(正重)筑後守(1585~1661)は歴史上の人物で、三代将軍家光に仕え、島原の乱で島原や、度々長崎にも行き、キリシタン禁圧政策実行の主導者となり、全国のキリシタン根絶に取り組んだ人物です。

 神の栄光に満ちた殉教を覚悟で牢につながれたロドリゴに、夜半、フェレイラが語りかけます。その説得を拒絶するロドリゴは、一晩中、拷問にかけられた隠れキリシタンたしのうめき声を聞かされます。その信者たちはすでに棄教を誓っているのに、ロドリゴが棄教しない限り彼らは許されないことを告げられます。自分の信仰を守るのか、自らの棄教という犠牲によって、キリスト教徒を救うべきなのか、究極のジレンマを突き付けられたロドリゴは、フェレイラが棄教したのも同じ理由であったことを知り、ついに踏絵を踏むことを受け入れます。

 夜明けに、ロドリゴは奉行所の中庭で踏絵を踏むことになります。銅板に刻まれた主の顔に近づけた彼の足は激しい痛みが襲います。そのとき銅板のあの人は司祭に向かって言った。踏むがよい。お前のその足の痛みを、この私がいちばんよく知っている。その痛みを分かつために私はこの世に生れ、十字架を背負ったのだから」と語りかけます。

  こうして踏絵を踏み、敗北に打ちひしがれたロドリゴを、裏切ったキチジローが許しを求めて訪ねます。映画では、キリストが再び、キチジローの顔を通してロドリゴに語りかけます。「私は沈黙していたのではない。お前たちと共に苦しんでいたのだ。」

 映画の最後は、ロドリゴが亡くなり、仏式の葬儀が行われます。棺桶には座ったロドリゴの遺体があり、ロドリゴの妻がロドリゴの胸のあたりに魔除けの子刀をそっと入れるシーンがあります。このときにロドリゴが最後まで隠し持っていた十字架を入れたのでしょう。ラストシーンは火葬の棺桶の中のロドリゴの遺体の胸には十字架が置かれていました。ロドリゴは棄教したのではないことを示しています。

  原作の小説では、次のようなロドリゴの独白で終わります。

「自分は…あの人を決して裏切ってはいない。今までとはもっと違った形であの人を愛している。私がその愛を知るためには、今日までのすべてが必要だったのだ。私はこの国で今でも最後の切支丹司祭なのだ。そしてあの人は沈黙していたとしても、私の今日までの人生があの人について語っていた。」

遠藤周作は、拷問に屈した者と、屈しなかった者の違いを次のように述べています。

「拷問に転んだ者には神がその愛にもかかわらず、かほどの(これほどの)責め苦を受けている自分たちを助けようともせず、沈黙を守っていることが耐え切れなかったのだ。……一方、あくまで拷問に屈しなかった者はこの責め苦をやがて自分たちが受ける永遠の至福のための試練と考えた。彼等はその時、イエスもまた同じような肉体の苦痛を生前、味わったことを思い出し、イエスの受難に倣おうとしたのである。拷問のなかで神のおそろしい沈黙を感じた者は棄教し、神もまた自分と共に今、苦しんでいるのだと考えた者はこの責め苦に耐えぬこうとしたのである。」(『遠藤周作文学全集10 評伝1』エッセイ)

 遠藤周作は拷問に転ぶ弱い者に焦点を当て、神の愛は苦痛から逃れるために踏み絵を踏んでしまう者を許すほど大きいことをこの小説で訴えたのです。

 天地を創造され、人格をそなえた人間を創造された聖書の神は「沈黙の神」ではなく、「語られる神」です。

 偶像の神は「口があっても話せず、目があっても見えない。耳があっても聞こえず、鼻があってもかぐことができない。手があってもつかめず、足があっても歩けず、喉があっても声を出せない」(詩115篇5~7節)、神です。なぜなら、それらは人の手によって造られた偶像だからです。

「神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、この終わりの時代には、御子によってわたしたちに語られました。」(ヘブライ人への手紙1章1節)とあるように、天地を創造された聖書の神は、「語られる神」です。

 人間の神を無視する不信仰のために、人間は神との霊の交わりを閉ざされ、神の霊を受けられない者となり、神と人間との間に断絶が生じました。人間はこの断絶を超えることができません。神が「沈黙の神」と思えるのはそのためです。聖書の神は、神ご自身が自らを現わされない限り、決して人には知ることのできない神です。

このような人間を救うために、最後には、父なる神は御子イエス・キリストを、この世に送ってくださったのです。

旧約聖書の中には、沈黙されている神に訴える祈りがいくつも記されています(詩編27篇9節、35篇22節、38篇22節、55篇2~5節)。

「わたしの神よ、わたしの神よ、なぜわたしをお見捨てになるのか。なぜわたしを遠く離れ、救おうとせず、呻きも言葉も聞いてくださらないのか。わたしの神よ、昼は、呼び求めても答えてくださらない。夜も、黙ることをお許しにならない。」(詩編22篇2、3節)

 ヨブ記にしるされている義人ヨブも、災いに会い、嘆き苦しみ、神を呼んだが、その答えがないので苦しみました。「神よわたしはあなたに向かって叫んでいるのに、あなたはお答えにならない。御前に立っているのに、あなたは御覧にならない。あなたは冷酷になり、御手の力をもってわたしに怒りを表される。」(ヨブ記30章20~21節)

 最も注目すべき神の沈黙は、イエスの十字架上で苦しみ、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と叫ばれた時です。

  主イエスは、詩編22篇2節のことばで叫んだのです。詩編22篇は、神に見捨てられた信仰者が、敵対者に取り囲まれながら、なお神に祈りをささげる悲痛な声です。詩編22篇は、悲痛な叫びから始まり、最後は神への感謝の祈りになています。しかし、イエスの叫びは、絶望のただ中で発した祈りで終わっています。

イエスは、殺された後、三日目には復活するという死と復活を、三度も弟子たちに予告していました。なぜキリストがこの悲惨な絶望の言葉を叫ばれたのか。それは、私たちの身代わりとして、罪の報いを受けられたからです。キリストは「神に見捨てられる」という裁きを受けたのです。父なる神は、このキリストを復活させ、「高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。」(フィリピ2:6~9)キリストは神の右に座っていて、わたしたちのために執り成してくださるのです。イエスは、約束された聖霊を御父から受けてわたしたちに注いでくださいました。神は沈黙しているのではありません。キリストはわたしたしの心の内に住んでいてくださり、どんなときも共にいてくださるのです。

 第二次世界大戦中にヒトラー暗殺計画に加担し、別件で逮捕され、刑死したボンへッファー牧師の獄中で書いた詩を、二節だけ最後に紹介しましょう。

 主の良き力に誠実に静かに包まれて、守られて、素晴らしく慰められて、私はこの日々をあなた方と生きよう。そして新しい年を迎えよう。

  主の良き力によく守られて、何が起きようと、主の慰めを待ち望もう。主は夜も朝も共にいて下さる。そして間違いなく新しい日々も。」

 この詩は、讃美歌21の469番の讃美歌になっています。

 絞首刑が執行される前、ボンヘッファーは、「これが私の最後です。でも、主にあっては新たな始まり。私はあなたと共に世界におけるキリスト者の広がりを信じています」と、最後の祈りをささげました。最後を見守った医師は「彼は神に全く身を委ねていた」と証言しています。死刑になるときも、主なる神は彼と共におられたので、彼は心の平安を乱されることなく、主と共に神のみもとに行かれたのです。

 

 

 

 

 

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