日本キリスト教富谷教会 礼拝説教 辺見宗邦牧師

辺見宗邦牧師が富谷教会で行う礼拝説教を随時アップしてまいります。
毎週日曜日か、前日の土曜日に掲載いたします。

「宣教への派遣」 使徒言行録13章1~12節

2018-06-18 00:32:12 | キリスト教

981-3302宮城県富谷市三ノ関坂ノ下120番地12  TEL:022-358-1380 FAX:022-358-1403 

         日本キリスト教 富 谷 教 会   週 報

 年間標語 『日々に、刻々と、肉の思いに生きようとする自分に死に、霊の思いに従って歩む者とされましょう。」

聖句 「キリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。この平和にあずからせるために、あなたがたは招かれて一つの体とされたのです。いつも感謝していなさい。」(コロサイ3・15)

    聖霊降臨節第5主日 2018年6月17日(日)    午後5時~5時50分 

     礼 拝 順 序

                司会 田中 恵子姉

前 奏             奏楽 辺見トモ子姉

讃美歌(21) 204(よろこびの日よ)

交読詩編  107(恵み深い主に感謝せよ)

主の祈り   93-5、A

使徒信条   93-4、A

司会者祈祷

聖 書(新共同訳)  使徒言行録13章1~12節(p.237)

説  教     「宣教への派遣」   辺見宗邦牧師

祈 祷     

聖餐式    72(まごころもて)

讃美歌(21) 403(聞けよ、愛と真理の)

献 金

感謝祈祷              

頌 栄(21)   24(たたえよ、主の民)

祝 祷             

後 奏  

                             次週礼拝 6月24日(日) 午後5時~5時50分

                           説教者は、日本ルーテル同胞教団牧師の鈴木博先生です。

          聖書 テモテへの手紙二、4章7~8節

          説教題 「キリスト者の走るべき道のりとは」

          讃美歌(21) 355 528 24 交読詩編33篇

   本日の聖書 使徒言行録13章1~12節

 13:1アンティオキアでは、そこの教会にバルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、キレネ人のルキオ、領主ヘロデと一緒に育ったマナエン、サウロなど、預言する者や教師たちがいた。 2彼らが主を礼拝し、断食していると、聖霊が告げた。「さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために。」 3そこで、彼らは断食して祈り、二人の上に手を置いて出発させた。                                     4聖霊によって送り出されたバルナバとサウロは、セレウキアに下り、そこからキプロス島に向け船出し、 5サラミスに着くと、ユダヤ人の諸会堂で神の言葉を告げ知らせた。二人は、ヨハネを助手として連れていた。 6島全体を巡ってパフォスまで行くと、ユダヤ人の魔術師で、バルイエスという一人の偽預言者に出会った。 7この男は、地方総督セルギウス・パウルスという賢明な人物と交際していた。総督はバルナバとサウロを招いて、神の言葉を聞こうとした。 8魔術師エリマ――彼の名前は魔術師という意味である――は二人に対抗して、地方総督をこの信仰から遠ざけようとした。 9パウロとも呼ばれていたサウロは、聖霊に満たされ、魔術師をにらみつけて、 10言った。「ああ、あらゆる偽りと欺きに満ちた者、悪魔の子、すべての正義の敵、お前は主のまっすぐな道をどうしてもゆがめようとするのか。 11今こそ、主の御手はお前の上に下る。お前は目が見えなくなって、時が来るまで日の光を見ないだろう。」するとたちまち、魔術師は目がかすんできて、すっかり見えなくなり、歩き回りながら、だれか手を引いてくれる人を探した。 12総督はこの出来事を見て、主の教えに非常に驚き、信仰に入った。

         本日の説教

 古代アンティオキアは、古代シリア地方北部の主要都市です。現在はトルコ領のアンタキアです。このアンティオキアに異邦人の教会が設立しました(11章19-26節)。この教会にエルサレムの教会は全権を委任した代表としてバルナバを派遣しました。

 バルナバの名が最初に出てくるのは、4章36節からです。エルサレムの最初の教会の信徒は持ち物を共有にしていましたが、レビ族の人で、使徒たちからバルナバー(「慰めの子」という意味)と呼ばれていた、キプロス島生まれのヨセフも、持っている畑を売り、その代金を使徒たちに渡しました。弟子の仲間の加わろうとしてエルサレムに着いたサウロ(別名パウロ)を、皆は彼を弟子だとは信られず恐れましたが、バルナバは彼を使徒たちのところへ案内し、サウロが旅の途中で主に出会い、主に語りかけられ、回心し、シリアのダマスコでイエスの名によって大胆に宣教したことを、使徒たちに説明しました(9章27-28)。サウロを殺そうとするギリシア語を話すユダヤ人からサウロを守るために、兄弟たちはサウロを故郷のタルソスへ出発させました。

 アンティオキアで、ギリシア語を話す人々に福音を告げ知らせたのは、キプロス島やキレネから来ていたユダヤ人たちでした。アンティオキア教会は異邦人の多い教会です。この教会に、エルサレム教会から宣教のために派遣されたのがバルナバです。バルナバは<立派な人物で、聖霊と信仰とに満ちていた>ので、多くの人が主へと導かれました。バルナバはサウロを捜しに、パウロの故郷タルソスへ行き、見つけてアンティオキアへ連れ帰りました(11章25-26節)。二人は丸一年の間そこの教会にいて、多くの人を教えました。このアンティオキアで、弟子たちが初めてキリスト者(クリスチャン)と呼ばれるようになりました。

 バルナバとサウロは、ユダヤに住む兄弟たちのために、飢饉の援助品をエルサレムに届ける任務を果たし、マルコと呼ばれるヨハネ(12章12節)を連れてアンティオキアに帰りました(12章24節)。

 アンティオキアの教会には、バルナバ、ニゲル(ラテン名で「黒い」の意、アフリカ出身を暗示)と呼ばれるシメオン、キレネ人(アフリカ北部)のルキオ(11:20)、ガリラヤ領主ヘロデ・アンティパスと一緒に育ったマナエン(パレスチナのユダヤ人信者、身分の高い家柄)、サウロ(小アジアのキリキアのタルソス出身)などの五人の預言する者や教師たちがいました。当時、預言者と教師の区別は、まだはっきりしていませんでした。

 宣教命令は聖霊から発せられました。アンティオキア教会は、礼拝をし、断食をしていると、「聖霊によって」海外伝道が示されました。「さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために」と聖霊が告げました。そこで、彼らはさらに断食して祈り、バルナバとサウロの上に手をおいて按手して宣教に派遣しました。ここから「パウロの第一伝道(宣教)旅行」(13-14章)が開始します。按手は選び分かつ聖霊の働きを受ける手段ですが、この場合の按手は、宣教への祝福、つまり神の恵みに委ねる按手でした。

 聖霊によって送り出されたバルナバとサウロは、セレウキアに下り、そこからバルナバの故郷のキプロス島に向け船出しました。セレウキアは アンティオキアの南西25キロ、オロンテス河口から8キロ北にある港町です。この旅行で、主導的な役割をしているのは聖霊であることが記されています。

  サラミスに着くと、ユダヤ人の諸会堂で神の言葉を告げ知らせました。東岸にあるサラミスは島最大のギリシア都市で、商業の中心地でした。ユダヤ人居留地もありました。二人は、バルナバのいとこ(コロサイ4:10)のヨハネ・マルコを伝道の記録をする助手にして連れていました。

 キプロスは紀元前57年、ローマに併合され、前22年に独立の州となり、ローマの元老院の支配する島で、地方総督によって統治されました。地方総督の行政所在地は島の南西にあったパフォスでした。パフォスはギリシア人の植民地です。

三人は、島全体を巡ってパフォスまで行くと、ユダヤ人の魔術師で、バルイエス(「イエスの子」の意)という一人の偽預言者に出会いました。この男は、地方総督セルギウス・パウルスという賢明な人物と交際していました。教養あるローマ人も、重要な決断をするときには、喜んで魔術師や占星学者の助けを借りていました。総督はバルナバとサウロを招いて、神の言葉を聞こうとしました。またの名、魔術師エリマ(ギリシア名、「賢い」の意)―彼の名前は魔術師という意味である―は二人に対抗して、地方総督をこの信仰(キリスト教)から遠ざけようとしました。自分の地位と利益が脅かされるのを恐れたからです。

 パウロ(ラテン名、ローマの市民権を持つている)とも呼ばれていたサウロ(ユダヤ名)は、聖霊に満たされ、魔術師をにらみつけて、「ああ、あらゆる偽りと欺きに満ちた者、悪魔の子、すべての正義の敵、お前は主のまっすぐな道をどうしてもゆがめようとするのか。」と言いました。

 「今こそ、主の御手はお前の上に下る。お前は目が見えなくなって、時が来るまで日の光を見ないだろう。」と神のことばに対して、故意に逆らう者、伝道を妨害する者に、きびしい態度で対決しました。パウロはこの戦いが自分の力によってではなく、「主の御手」によることを示しています。

 するとたちまち、魔術師は目がかすんできて、すっかり見えなくなり、歩き回りながら、だれか手を引いてくれる人を探しました。総督はこの出来事を見て、主の教え、神の言葉に奇跡を起こす力があることに非常に驚き、信仰に入りました。

 エルサレム教会からのこれまでの発展は、ステファノの殉教の事件をきっかけにして起こった迫害のために散らされた人々によるもので、フェニキヤ、キプロス、アンティオキアと発展していきました。そしてその対象はユダヤ人でした。アンティオキアは、ギリシア語を話す異邦人の多い町だったので、キプロス島やキレネから来ていたユダヤ人キリスト者たちが、ギリシア語で福音を伝えたのです。

 アンティオキア教会は、信徒の伝道によって誕生した異邦人の多い教会です。そこに、エルサレム教会から指導者が遣わされ、信徒たちの教育に当たってのです。こうして成長した教会の人々は、キリスト教がまだ伝えられていない周囲の地域に、福音を宣べ伝えることの必要を強く感じて、その実現のために、礼拝の中で祈りがささげられていたと思われます。アンティオキア教会が、<主を礼拝し、断食して>いたときに<聖霊>が世界宣教への派遣を告げたのです。断食は祈りに専心するために行われました。この福音の進展への新たな歩みは、聖霊によって宣教者が告げられ、聖霊に従って教会は宣教者を<選び出し>、断食、祈り、按手をし、聖霊によって宣教者は送り出されたのです。パウロたちの宣教旅行の出発は、アンティオキア教会の礼拝にありました。教会が一致して、教会の頭(かしら)であるある主のみこころに従おうとしているときに、主ははっきりとみこころを示してくださり、わたしたちのなすべき宣教を示してくださるのです。

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