鈴木智香子の『この曲が聴きたい!!』 = A Song A Day =

その日の気分や季節柄に合わせて、ジャンルを問わず、とっておきの音楽をご紹介します。

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Tavares - Turn Out The Nightlight

2021年07月10日 | 日記

子供の頃からずっとずっと探していた曲。ほぼ40年振りにこの曲に再会できました。

洋楽を聴き始めた小学校高学年の頃、小学生なりに心が動く曲をラジオの洋楽番組で片っ端からエアチェック(泣)して独りで聴いてるのが大好きでした。当然英語力なんかないから、詠み人知らず、タイトル知らずの曲ばかりで…でもまだ埃まみれのカセット、捨てずに持ってきているんですよ。

そして月日は流れShazamという有難いアプリがスマホ上にお目見えしてから、だいぶその時の曲の曲名と演奏者名は8割がた解明されたんですが…もうここまで書いてて頭オカシイですよね。子供の頃に好きになった曲をほぼ人生の大部分を通じて探し求めてんだから。

で、この曲です。80年代の半ば辺り、日曜日の朝10時くらいの洋楽番組で聴いてこの曲を録音して以来、そこからずっと巡り合う事がありませんでした。そんな感動や悩みをこんな田舎の大人や同級生が理解してくれるわけもなく独り途方に暮れ、何の手立てを講じることもできず更にに月日は流れ、やがてShazamが出現しても今度は膨大なカセットテープの山の中からこの曲を探し当てなくてはならず、レトロなラジカセ機器を捨てることもできず、ずっと心に引っかかっていました。大げさかもしれないけど「このままタイトル知らずに死ぬのかなー私」って思い始めてました。

ところが一転、昨晩おそく頭の中にこの曲が突然鳴り始めたんです!(もうここからは読み流していただいて結構です有難うございます)私は昔から頭の中に好きな曲をほぼ正確に再生するのが得意なんですが、子供の頃に聴いた曲は当然英語力なんかなかったので、大抵『子供の頃に聴いたまま』なんです。つまり英語としてインプットされずにただ抽象的な『音声』として脳内再生されてきたのです。

しかし昨晩は違いました。頭の中でその抽象的な音声が具体的な英語の単語の一つ一つにスッキリ一致して、やがてその集合体となったセンテンスが突然意味を持って聞こえて来て「そうか、こんなことを歌ってたのか!」ってやっと意味のある文章として認識できたのです(←これ、すべて頭の中で起こったことです)。

で、これは!と思って最初に聞こえてきたセンテンスをググってみたら、それがずばりこの曲のタイトルだった!秒殺でした。40年が秒殺でした。因みに昨晩は”Turn out the nightlight”ってちゃんと聞こえてきたんです。従来の子供耳では「とぅのったナィッラィッ♪」でした。

まあ、そういう訳で探し当てるのにほぼ40年かかったんですが、その割には「大した事(歌詞の内容ね)歌ってねぇな💦」っていうのがオチですかね(笑)

そのグループ名は『Tavares タヴァレス』、曲名は『Turn Out The Nightlight(夜の明かりを消して)』でした。子供の頃に好きになった曲、まだ好きで嬉しかったよ。それにしてもおませさんだったねー私。

私は英語やポルトガル語もろくに話すことができないのに、それでもこの職業が成り立っているのは(このような子供の頃の曲の聴き方の名残で)まず全ての曲を音声として認識しているからなんです。具体的な意味や文法的な単語の並びはその後から付いてきている感覚です(逆に楽譜や歌詞カードから入った曲は忘れやすい)。小学生が学校や塾で論語を唱えさせられるのと似てるかも。生徒さんにも是非、歌詞カードや楽譜を見る前にこの方法を試してもらいたいですが…なかなかねー。


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【番外編】コロナ禍の中で。

2021年01月24日 | 日記

去年の今頃は…なんてつい頭をよぎる今日この頃、ですね。

まさか全世界単位でほぼ同時に平等に影響を及ぼして世界を一変させてしまう凄いものがあっただなんて、去年の今頃は想像だにできなかったですよね。それがまさかの人物でもなく文明の利器でもなく『ウイルス』だったなんて。戦争を経験したお年寄りだって「こんなの初めてだ!」って驚いてるもの。

この一年で、ちょっと悟ったことがあります。

人間って基本『生きて、死んでいく』もので、それ以外の努力とか、資質とか、経験とか、教養とか、生まれ育ちとか、出会いとか、運とか、不運とか、ご飯がおいしかったとか、試合に負けて悔しいとか、体裁整えなきゃとか、駅近に土地を持ってるとか、年収3,000万稼ぐとか、モテるとかモテないとか、意識高いとか低いとか、そういうものって結局その人の人生の『オマケ』の部分やな、って。

そういうものはあくまでもその時の時代の価値感だったり、自己の嗜好とか裁量や才覚の範囲でするものだったり、自分に起きた『出来事』だったりで、同じように『生きて、死んでいく』他人の動向を見て自分に仕向けてみようとしてもしょうがないことなんですよね。

コロナウィルス(の情報)に必要以上におびえているのは今の時期のその最たるもので。

つまり、私達は『生きる』って言う行為に、必要以上に付加価値を付け過ぎちゃったんじゃないかって。

『オンリーワンの存在になる』とか『なりたい自分になる』っていう自己実現を決して否定はしないし、本人の資質で頑張って叶えて是非幸せになってくれればいいと思うけど、その価値観、いつどこで刷り込まれたんですか?って一瞬考えてしまう。

じゃあ『私達って周りに生かされているんですね、有難うございます』って周りにいつも感謝しながら生きるとか、そういう意味じゃなくて。なんか、昆虫や野生動物や植物みたいに『自分達の美しさを自ら称賛することなく、命の短さを嘆くことなく、だだそこで精いっぱいありのまま生きている』のに、惹かれるようになりました。

生前、努力してもしなくても、意識高かろうが低かろうが、善い行いをしようがしまいが、多分死後の世界では魂は平等なんだろうな。魂は、ね。

人生って、ある一定期間を過ぎると消化試合かもしれないですね。いや決して後ろ向きとか投げやりな意味でなく。これくらいの気持ちで生きてたら丁度良いのかも、って思うようになりました。でも、ここはどうしてもって時は…神仏にでもすがろうかな(笑)

例えば、「宝くじ当たりますように~!」とか目先の欲望丸出しで真剣にお参りしてる自分は、きっとバカで人間臭くて、それでも天から見たらちっぽけで可愛い存在だろうな、って。そんな可愛い人間として死んでいきたく(生きていきたく)なりました。

昭和の懐かしい白黒映画見ると、そんな登場人物がいっぱい!そうそう、こういう人達に憧れるの今は!

そういえば、遺跡とか地層の発掘現場でたまに見つかる、大昔に不慮の事故とかで生き埋めになったか転落したかで人骨がそのまま化石になって見つかっちゃったような、ちょいオマヌケな原始時代の名もなき人も、なぜか愛おしく感じるなぁ〜。

あれが足りない、こうならなきゃ、って、何かの価値にしがみつくように生きるんじゃなくて、もっと気持ち楽に生きたいなぁ、って思っていたらこんな事態になって、それがきっかけでいろんなこと考えました。

だから、やみくもに『がんばろう!』とかいう言葉、私、もういいわ。

ただひたすら生きて定命を全うする、以上!


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Clive Richardson : Girl on the Calendar

2021年01月24日 | 日記

クライブ・リチャードソン…この『心躍る』系のストリングスオーケストラの曲、皆さんも絶対聴いたことがある筈!

私も子供の頃から今まで折に触れて、いろんなシチュエーションで耳にしてたけど(ホテルのロビーとか、お料理番組系BGM)、作曲家の名前はこの映画を観て初めて知りました。

気が付いたら、不意に流れてきたこんな曲に心躍らされていたんだなー。

あくまでイメージですけど、なんか中流階級から富裕層向けな感じじゃないですか。全方向、満たされてる感じ。

未来への希望の曲ではなくて、既に手に入れたものを謳歌している感じ。

私も、もうそろそろこういう境地に入りたいんだけど、なかなか時代が許してくれない(笑)

多分人生長くなりそう、かな?


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Stelvio Cipriani - Mary's Theme (1969)

2020年12月29日 | 日記

ここ数年、こんなBGMみたいな曲が気になってて、寝る前によく聴いてます。

子供の頃にTVで放映していた映画って、殆どがイタリアやフランスの映画で、オープニングにこんな曲がよくかかってたなーって思い出します。この曲も制作年代が丁度そんな時代(日本の劇場で封切られてTV放映されるには5年くらいのタイムラグがあるよ、念のため)!

どんな映画だったか内容は全く覚えてないのに曲の印象だけは覚えてやがる…変な子(笑)


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Opening Up To You - Laura Allan (1978)

2020年06月01日 | 日記

いやー、ご無沙汰しております。

前回の投稿から1年以上経過しとるがな。ですがしれっと何事もなかったように最近のお気に入り曲について投稿しますよ。まったく光陰矢の如しでっせ。

やっとこの曲に再会できました!子供のころにラジオで出会って感激したけど、タイトルも分からずそれきりだった、でも生きていればいつかまたどこかで出会えると信じていました。(BSの温泉番組のBGMとして使われてたのをSHAZAMでキャッチ!)

この曲に思いがけず再会するまで、どれ程多くの音楽を聴いて、どれ程長い歳月が流れたか。そうかローラ・アランっていう人だったのか。こんなに懐かしいのに、彼女の名前は知らなかった。だけど既に彼女はこの世にいないなんて。

暖かい季節のはじまりに、まだそよぎ慣れてない初々しいそよ風のようなローラの歌声。

この曲にときめいた子供の頃の感性、中年になった私が改めてほめてやりたいわ。そして子供のころと同じように感激してる私が残っていてくれて、こんなに嬉しいことはないですね。

自分、既に感性が汚れてるし、おまけに変なフィルターが幾重にも掛かっちゃってるはずなのに(笑)

この曲を、歌声を、大人になってからも折に触れて断片的に思い出し、とにかく心配事がなかった、毎日が新しいスタートだったあの頃を思い返していました。しかし、今聴いても幸せな気分になるな~。

ジャズやボサノヴァやってていうのもアレですけど、この頃のアメリカの、カントリーの名残があるちょい土の匂いがする洋楽が、やっぱり肌感覚で好きだな、私。

そして、自分を救ってくれたのはそうか、やっぱりずっと音楽だったんだ!と今更気づく(笑)


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映画『津軽のカマリ』観ました。

2019年01月11日 | 日記

主人と一緒に、津軽三味線奏者、高橋竹山のドキュメンタリー映画『津軽のカマリ』観てきましたよ。

この映画は特に私たちのような職業の人間は是非、見ておかなきゃ!って前から思っていました。ジャンルを超えて、音楽を奏でるってどういうことなんだろう?ってその答えのしっぽだけでも掴みたくて。

で、分かりました。『すいません。その質問自体、甘かった!』って。

そもそも初代竹山さん、音楽を奏でる、とか言ってるレベルで演奏してなかった…。

そんな類の質問は、職業の選択肢があってその中で音楽やりたいからやってる、っていう『本当の飢えを知らない』今の時代の私達の話で、初代竹山さんはその道しか食べていく方法がなかったんですよね。たとえ蔑まれようと石投げられようととにかく糊口をしのぐ為にがむしゃらに頑張ったら、結果的にその道を究(きわ)めてしまった、ということですね。『アート』とかそういう以前の問題でした。ビリー・ホリデイの人生と同じだ…。

その時代、映画によると他にも初代竹山さんのような盲目の津軽三味線奏者はいた筈ですが、多分竹山さんが一番生きること(食うこと)に貪欲だったのでは…何か昔の黒人ジャズミュージシャンみたいだなと思いました。私「ボーっと生きてるんじゃねえよ!」って怒られそう…。

それが証拠に、映画の最後の方でがんに侵されて余命いくばくもない初代竹山さんのラストステージの映像では、三味線の棹(さお)の部分が自分の腕で支え切れないくらい衰弱した状態でもまだ、聴いてくれるお客さんがいる限り演奏を聴いてもらおうというスピリッツがみなぎっていました。

あ、これは初代竹山さん、私たちの言うところの、筋金入りの『バンドマン』だったんだな、とお察しました。

で、2代目の高橋竹山さんも出演なさっていて、何の前知識もなかった私達はちょっと驚きました。2代目高橋竹山さんは、ミリタリー風カジュアルないで立ちに、潔く一つにまとめたロングヘアがよく似合う颯爽とした妙齢の女性だったのです。初代竹山さんの親戚のお家や公演先など、ゆかりの土地を2代目竹山さんが訪れるシーンや、ゆかりの地での演奏の様子など映画の中でところどころに映し出されるんですが、「何故、竹山さんはこの女性を2代目に指名したのだろうか?」という素朴な疑問と興味がわいてきました。

似ている、という意味では最後のお弟子さん(高橋竹童さん)の方がそうなのかもしれない。演奏の時の姿は初代竹山さんを彷彿とさせるものがありました。そのあたりを主人とあれやこれや話しながら帰ってきたんですけど、

多分、初代竹山さんは

「そもそも、自分と同じものを継がせる、って気持ちがながったんでねえのぉ?」

という結論になりました(笑)

初代竹山さんの芸は、いろんな条件が奇跡的な化学反応を起こして生まれた一世一代のものであるから、今を生きる弟子がそれをそっくりそのまま受け継ぐことは難しい。そもそもそこを基準にしちゃうと弟子が自分を超えられない。だったらいっそのこと自分とタイプは異なるけど別の特別なサムシングを持った弟子が継げばいい、と考えたのではないか?映画を見ている限りでは2代目の『歌』にそれを感じたんですけどね。

また、初代竹山さんは目が不自由だったところが、つまり、いろんなものが『見えすぎなかった』ことが、かえって伝統とか性別とかの既成概念に囚われなかったのかなとも思いました(あ、これ自体が既に目が見える人の立場の言葉ですよね)。それに演奏もフリージャズミュージシャンが喜びそうなくらいアヴァンギャルドだし…まあ以上、勝手な推測でした(笑)

話は変わりますが、この映画は海外で認められるんじゃないかなぁ、と主人と話しておりました。

日本にはレイ・チャールズやスティービー・ワンダーが活躍するずっと前からブルージーでソウルフルなミュージシャンがいたんだぞ!って誇っても良いと思うんですが、どうですかねえ?願わくば、ジェフ・ベックとかエリック・クラプトン、リッチーブラックモアにも聴いてもらいたいです。

(すみません。なんの前知識もなく感想を書いていますので、既にこういう議論や感想が長年のファンや識者の間で交わされ済みの事と思います。勝手な推測&意見、ご容赦くださいませ~。)


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【アルバム:ジョン・L・ネルソン(プリンスの父親)・プロジェクト】

2018年07月02日 | 日記

2016年に急逝したプリンス。彼の父親ジョン・L・ネルソンはジャズピアニストだったそうです(2001年没)。

プリンスは自分の作品に父親の名前を何度もクレジットしており、ジャズミュージシャンであった父親の影響を多分に受けていたことが分かります(プリンス母はジャズシンガーだった)。

プリンスの姉のシャロンがかつて父が住んでいたアパートにて未発表の楽譜を発見し、彼女のプロデュースのもと、ジョン・L・ネルソンの甥、つまりプリンスの従兄にあたる伝説のジャズドラマー、ルイス・ヘイズがアルバムに参加し、未発表曲に息を吹き込んで現代によみがえらせました。

レコーディングはかつてプリンスのマイスタジオだった『ペイズリーパーク・スタジオ』で行われたそうです。

下のリンクページで全曲を試聴することができます。耽美的でありながら意外とポップで聴きやすい印象です。そんな部分がプリンスに影響を与えたのかな?

私のお気に入りは6曲目のボサノヴァ調の『ハート・オブ・マイン』です。とってもスウィートなサウンドです。

https://johnlnelson.bandcamp.com/


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【番外編】田舎の洗練、都会の野暮

2017年09月25日 | 日記

今年も大好きな信州の里山に秋が訪れるのね〜なんて遠くの空に思いを馳せている今日この頃。そして大好きな朝ドラもとうとう最終週へと突入…(泣)

この時点で頭の中でグルグルしていたことを、だいぶ前から文章にしておきたいことがありまして。これを何と表現してよいものかどうか、本当に今でも文章にしてどうするのかと思っているくらいなのですが。タイトルは【田舎の洗練、都会の野暮】としました。

そんなことを考えるようにきっかけは、初めて信州の温泉宿に主人と訪れた時のこと。

決して高いお宿ではなかったのですが、お宿の雰囲気とか、家具のしつらえとか、お料理に使われているだしの加減とか…すべての趣味が良いんですよ!都会のお金かかってる、盛りまくりの洗練とは全然違う、控えめだけど、土地に根付いたエネルギーを強く感じさせるシンプルな洗練がそこにあるんです。

でも、これを女将さんとかは「田舎の食べ物ですのでお口に合うかどうか…」なんて、ものすごく奥ゆかしいわけですよ。いやいやこれを洗練と言わずしてなんというのか?

私、その時思いました。

日本では確実に東京=都会=洗練されている

地方(京都除く)=田舎=洗練されてない

みたいなざっくり構図が出来上がってしまってるけど、信州の人里離れた温泉宿だって、こんなに洗練されているじゃないかと!もーガッデム中央集権主義だなと!

で、私はそれを『田舎の洗練』と心の中で呼ぶようになったんですけど。

その一方で、今の朝ドラ観てて思うわけです。

50年前の東京という設定でドラマが展開していったわけですが、このヒロインのような境遇の当時の若い子達がこのまま東京に住み続け、結婚して家族ができる。そして子供ができて、今だったら孫もいるかもしれない。

現在、既に親子3代東京に住んでいることになり、すっかり江戸の人になるわけですよね。子供や孫は東京生まれ東京育ちで、お婆ちゃんの方言を頭の片隅に置きながら、スカして標準語なんか話してるんだろうなって(怒)。

しかし、ずっと東京に住んでる=他の土地を知らない、逆にそれって田舎もんてことなんじゃないのぉ?三河の田舎もんのアタイとそう大して変わんないじゃん(笑)なんてドス黒いことを考えてました。

で、東京という都市を洗練させているのは結局、地元と都会の両方を知っている地方出身者と、いなせな真性江戸っ子のコラボだろ!という結論に達しました。参勤交代やってる時代から、江戸は地方のいいところを吸い上げて来た歴史があるからな(笑)

そういえば、20代の頃、東京タワーに上ったことがあります。修学旅行でも行ったことがあるんですけど、その時にもちょっと思ったかな。おのぼりさんな自分達の立場をめっちゃ棚に上げて、うわダセェ!って(笑)建物にではなく、その中身に。

こんな都会の中心で、唐突にナンシー・シナトラのロウ人形てどういうこと?ベレー帽かぶったおじさんが常駐してる似顔絵コーナーって?そして、全体の内装が、昭和40年代あたりからアップデートされてないレトロ感が満載。もしかして、中心地にいるからって怠けてんじゃないのか?って思ったものです。(…しかし後になって、あんなものからこんなものまで何でもある、逆にこれが都会って意味なんだって納得しましたケド(笑))

で、話を元に戻します。『洗練て、一体何だろう?』ってことなんですけど。

確かに地方でも野暮はいっぱいあります。一番感じるのは、身内受け、内弁慶、で特に名古屋は東京への劣等感が根深い、ってこと。

勝手にローカルルールを作ってしまい、排他的になっていく。いざ外のメジャーな世界と交わるチャンスがあっても、そのルールに慣れきっているので全く対応ができない。ちょうど草野球とプロ野球の違いでしょうか。ウチで試合やるときは、ストライク4で1アウトだよ!っていうのがまかり通ってるみたいな(笑)

そしてもっとひどいのが、そのプロ野球をスタジアムでほんの数回観戦しただけの人が、フォームとかハンドサインとか表面的に真似して、とんでもなくデフォルメされたものが拡がってしまうこと。「スタジアムではこういう流儀なんだよ(カッコいいだろ)」、「ふーん、それがプロ野球のやり方なんだ」って、それを信じちゃった人がそのデフォルメを真似ちゃって、草野球のグラウンドで堂々と披露しちゃうところ。その結果、本物のプロ野球とかけ離れ過ぎの、目も当てられない状態になってしまう、という、地方の野暮を何度も見たことがあります(野球ってのはあくまで比喩で使わせていただきました)。

また、名古屋では何か企画を立てたり、建設物を建てたりすると大抵東京のものを取り入れてしまい、地元を使わない。むしろ地元色を消そうとする、と感じる事もありまして、こいつも野暮、ですね(苦笑)。名古屋駅のビル群の中の1つでも、てっぺんにシャチホコつけてみろや、って(笑)ホントは地元に誇り持ててないんじゃないのか?って悲しくなります。

そこで思うのですが、どこに住んでいようと関係なく、おらが村に誇りを持ち、地域に根付きつつ心を外に向けてオープンにしている状態が、一番『洗練されてる』ってことなんじゃないかと思いました。そして洗練は、その文字の意味する通り『洗われて(そぎ落とされて)、練られ』ていなければならない。それは沢山の事例(人や出来事)に触れることではないかと。

そう言う意味で、人里離れた信州の温泉旅館、いろんな場所から宿泊客がやってきて、リピーターまでいる。で、そんなお客さん達に(海はないから)マグロのお刺身なんて出さずに、相変わらずお庭で採れたばかりのナメコとか朝食のお味噌汁に入れて出してる。これが本当の洗練なんじゃないかと思うのです。

で、私もそうありたいなと(笑)ま、そういうことが言いたかったの。


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アル・クーパー 『ジョリー』

2017年09月08日 | 日記

お久しぶりです!何してたかっていうと、この半年覚えてない…何か仕事に追われてたのは覚えてるんだけど(歌じゃなく事務仕事系ね 笑)

職業柄、色んな音楽を一般リスナーの皆さんより少しだけ注意深く聴いてきて、それでも初耳の曲ってのがあって、出逢った瞬間この歳で果たして感動できるかな、って不安がいつもあるんだけど、この曲聴いてみて、ちょい幸せな気分になって自分安心したわ。

こんな青くて純粋で、ちょい時代掛かってるけど(ジョリーなんて女の子の名前からして70年代の感じね)、スウィートな曲があったなんて、うっ生きてるうちに聴けてよかった(泣)って思います。

 


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LUCKY TAPES - Peace and Magic

2017年04月06日 | 日記

ホンダCMのBGM『サチモス』あたりから、こういう感じの音楽が耳に引っ掛かるようになりました。

70年代に欧米の『バタ臭』系音楽を取り入れて(パクって)やってみよう、っていう試みが一部のミュージシャンにあったのは当時の作品とか聴いてて凄くわかるんだけど、そのハングリーな標榜の仕方が、「(当時にしては)よく頑張ってたんだよね」って多少の敬意+お疲れ感しか残ってない。

まるでカローラやコロナしか乗ったことがないドライバーが、突然ベンツに乗り換えちゃって運転操作やサイズ感に戸惑いながら走行してるみたいな(笑)

でもそれが今では、若い世代のミュージシャンがこんなに簡単に自分の物にしちゃってる。まるでちょっと手を伸ばしてテーブルの上にある調味料でも取るみたいに、自分の音楽に取り入れちゃってるっていうか既にそれが自分の音楽(笑)。

そりゃそうだよね。生まれた時から、既にふんだんに周囲に溢れてたから。

(40年ほど前、ロックのメロディーは日本語は合わないから英語で歌うべきだの何のかんのと当時の日本のミュージシャン達が喧々囂々(けんけんごうごう)やり合ってた『日本語ロック論争』なんてものがあったなんてことを彼らが知ったら、は?ナニソレ?だろうな(笑))

強烈なスターもいないし、サウンドに際立つ個性や重厚な存在感も感じさせず、特別な主張もなく、魂を揺さぶられることもない。というか、そんなものを狙う演奏をあざ嗤うかのよう。

ただほんの束の間いい気持ちにさせてくれて、気付いたらいつ曲が終わってたかも、タイトルも思い出せないような『行きずり』系サウンド。(バンド名思い出すのものにも歳のせいか凄い時間掛かった)

これが、今の音楽なんだわね〜。いまのところ私のお気に入りはコレ!


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