長くなった「ひとこと感想」その2。 (結末に多少触れています)
ごくごく地味な映画なのだけれど、観ている間も観た後も、妻を演じたコン・リーの表情が頭から離れなかった。
文化大革命の時代に収容所送りになった夫が、20年ぶりにやっと帰ってきたというのに、妻は心労のあまり夫の記憶だけを失い、目の前にいる彼がわからない。仕方なく、夫は他人として向かいの家に住み、娘の助けも借りて、妻に自分を思い出してもらおうと努力を重ねるのだが・・・
こういう風にあらすじを書いても、この映画の持つ陰影、その深さ、切なさは伝わらないと思う。この家族が被った歴史の荒波、その残酷さ、理不尽さは、眼に痛いくらいのシーンもあるものの、映画全体としてはむしろ声高に言い立てるところがなくて、これが特別なことではなく、多くの家族がこれに類する体験をしたであろうことが、さりげなく、ひたひたと、私の身にも滲みてくるようだった。
私が一番ショックを受けたのは、妻の怒りの激しさだったかもしれない。(あれを怒りと言っていいのなら)
夫の目の前で、夫の名を書いたプラカードを持って、帰ってくるはずの夫を駅で待ち続ける妻・・・
物語の進行につれて、娘も含むさまざまな事情が明らかになってくる。けれど、夫の努力、色々な工夫にもかかわらず、妻は(ほとんど頑なとさえ感じられるほど)目の前の彼が夫だということを認めない。「記憶が戻らない」ままの彼女の姿は、ほとんど現実を拒否することを決心しているかのようにさえ見えてくる。そして、私にはそれが、妻の抱えている怒りの途方もないくらいの大きさに感じられたのだと思う。
誰に対して、何に対して・・・もちろん、文化大革命時代の権力者たち、その手先になった者たち、そもそも敷かれた体制それ自体。でも・・・それだけじゃない気がする。
「この人は自分に対して、一番腹を立てているのかもしれない」
20年の間に一度、夫は脱走して家に戻ってきたことがある。けれど・・・夜陰に乗じて戸をそっとたたく彼に、妻は結局その戸を開けることが出来なかった。その結果、夫は妻の目の前で拉致されていく。
夫を家に入れなかったことを、妻はどれほど後悔したことだろう。自分を責め続けた歳月がこの人を、誰にも理解できないほど深く傷つけたとしても、不思議ではない・・・そう思った。
映画のラストをどう感じるか、どう受け止めるかは、観る人によって違うかもしれない。
私自身は、(たとえ家族3人の表情が暗く見えたとしても)この妻はそれなりに、時に小さな幸せも感じながら、その後の人生を生きていけたかも・・・などと想像した。
夫を演じたチェン・ダオミンの知的で上品な風貌が、夫の人物造形(かなり理想化された男性像にも見える)にリアリティを与えていて、この「親切な近所の人」と共に駅に通い続ける妻を見ながら、それに耐え続ける夫を見ながら、そして胸を痛めて傍に立つ娘を見ながら・・・その悲しみはあれほどの「怒り」さえ超えてしまったような、そんな気が、私はしたのかもしれない。
それに・・・
物語が進むにつれて私には、妻が「親切な近所の人」である彼に、どこかで夫の面影、その気配のようなものを、微かに感じているように見えてきたのだと思う。(人と人との間に行き交う「何か」、ごくごく微かに、それでも互いに交感するもの・・・それに大雑把なレッテルを貼ることなどできない)
私の拙い文章では、この映画が語りかけてくるものを上手く表現できないけれど、スクリーンで観ることができて本当に良かった・・・しみじみそう思った映画だった。
今日付けの拙サイトの更新で、こちらの頁をいつもの直リンクに拝借しております。「この人は自分に対して、一番腹を立てているのかもしれない」、ほんとにその通りだと思います。だからこそ、改めて“強大なだけに度の越し方も半端ではない国家権力”の冒す人権侵害の罪深さに思いが及んだような気がします。
そして、その「怒り」さえも、観る側に超えさせる映画を創り上げているところが素晴らしいですよね。それこそが「人と人との間に行き交う「何か」、ごくごく微かに、それでも互いに交感するもの」とお書きのものだろうと思います。
オフシアターベストテン上映会で再上映されることになったので、この機会にぜひ多くの人に観てもらいたいですよね。どうもありがとうございました。
直リンクとご報告、ありがとうございます。
ヤマさんの日誌で、
>夫が伝えて来た到着日“五日”に駅に迎えに行くことをいつまでも欠かさない妻を間近に観ることが、焉識をどんなに苛み且つ惹きつけたか
この「苛みつつ惹きつけたか」に、ハッとしました。
「惹きつけた」方に、私は気づいていなかったので。
そうかあ、夫の方には、そういう気持ちもあったんだな・・・って。
娘が父親を通報したのも、難しい年頃(大人でも全くの子どもでもないような)だからこその、
父親のコトに関わりたい、(嫌なんだけどやっぱり)手を伸ばして触ってみたい・・・
というような(本人は無自覚の)心情?が
どこかにあってのことのような気が、私はしました。
そういった、さまざまな「理屈では説明できない」人の気持ちの機微を
この映画は丁寧に掬い取って、それがそのまま
「国家権力」の途方も無い横暴・残酷さを炙り出すことになっていた・・・
ヤマさんのコメント読んで改めてそんな風に思いました。
ほんとに、今度の上映会でたくさんの方に見てもらえたら・・・と思います。
ありがとうございました。