What’s ノーマリゼーション?

福祉について考えるUMEMOTOのブログ

まちづくりの視点の先に見えるもの

2005-01-07 19:43:08 | まちづくり
いよいよ介護保険の見直しの時期が迫っている。介護保険法が施行されてから初めての見直しとあって、各メディアもさまざまな角度からこの問題を取り上げている。
この5年間で見えてきた問題点をいかに修正し、よりよい法律にしていくのか。先行きはあまり明るくはなさそうだが、注目していきたい。

今回は直接介護保険に関わることではなく、それを取り巻くひとつの要因について考えてみたい。
介護保険を考えていくと、“地域”というのがキーワードとしてクローズアップされてくる。住み慣れた地域で最期まで生活していけるように、それぞれの自治体が工夫しサポート体制を作り上げようと努力している。しかし、“地域”と一言でいっても普段使い慣れていないため漠然としてしまい解りづらいように思う。そこで、「私たちが今すんでいる“まち”」と置き換えるといくらか解りやすくなるのではないだろうか。
“まち”という言葉には、自治体単位の意味から自分の家の周辺という意味までさまざまな意味があり、人それぞれで持つ意味合いが異なってくる。そもそも人によって“住み慣れた”と感じる範囲は異なってくるはずだし、法律により「ここがあなたの“地域”です」と押し付けられるよりも、「あなたの住み慣れた“まち”はどこですか?」というスタンスでいた方が間違いがないように思う。

介護保険上の施設生活にしろ在宅生活にしろ、そこだけの生活では孤立したものになってしまう。そこで大切になってくるのが、その両者を結ぶ“まち”の存在である。本当に住み慣れた地域での生活をサポートするとなると、施設か在宅かという単純な問題ではなくなり、それは“まちづくり”という視点にまで広げて考えざるを得なくなってくる。在宅で生活するということは、その人の家だけで生活するのではなく、買い物に出掛けるための商店や、通院する病院、散歩ができる環境、そこで会う人々やお隣さんの存在・・・などなど、これまでの普段の生活を継続できるようにするのが在宅生活をサポートするということである。
これから各自治体はサービスの充実を図るだけではなく、誰にとっても住みやすい“まちづくり”を進めていく必要がある。それは、単にバリアフリーにするということだけではなく、経済優先の区画整理や建物の乱立により景観を破壊することも止めていかなければならない。地方都市によくみられるのが、郊外に大型ショッピングモールを建設したため、昔から街の中心にある商店街が寂れてしまい閉店に追い込まれてしまう光景である。そして、街の中心に住んでいるのは昔から住んでいる住民で、その多くは高齢者なのである。住民にとってのコミュニティの場であった場所を、無計画な都市開発でつぶしてしまったため、行き場をなくした高齢者はデイサービスに通うしかなくなってしまう・・・。ひとつの例に過ぎないが実際にある光景であるし、取り返しのつかない大きな問題でもある。
私の住む街でも、寂れた商店街のいくつかの空き店舗を開放し、福祉のキーステーションにすることで商店街自体をデイサービスにしてしまおう、とNPO法人が取り組んでいる。同じような取り組みが全国各地にあるようだが、自治体の協力と企業の理解なくしては先には進んでいかないだろう。そして何より、私たちが“まちづくり”に対して意識をもち、少しずつでも声に出していく姿勢が必要になってくるだろう。

最期に本日の朝日新聞に、建築家の岡部明子氏へのインタビューで都市再生をテーマした記事が載ってたのでそこから・・・
「― 日本の都市の魅力は商店や町工場、住宅が適度に混在しているところだ。おかげで大都市でも比較的安全な空間が維持できた。それを壊し、勝ち組が集まる高層マンション群と、その他の空間とを分断するような都市づくりを進めれば、犯罪増加などの形でひずみが出かねない」

「― 衰退した中心部の空き地に高層マンションが次々を建っている。新しい街をどうつくるか住民の合意がないまま、マーケットまかせで街が変わっていく。これはもはや街ではなく、建物の寄せ集めでしかない」

「― 街のにぎわいは経済効果だけでなく居心地のよい空間をつくる。それを守るために住民、地元企業、商店街が協力することが大切だ」

“まちづくり”がうまくいかないと弊害が現れてくると建築の専門家も指摘している。ふと、私が前に勤めていた施設を設計した外山義先生が生きていたらどう思うのか聞いてみたくなった。