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東北に千載一遇のチャンス

2011-05-01 00:00:56 | Weblog
さあ、東北の復興だ。
東北に千載一遇のチャンスが来た!

東北は、自然資源民俗芸能の宝庫だ。
それに、東北の人は、教養のある文明人(Civilized People)だ。
極限状態でも、無秩序(カオスChaos)にならなかったCivilized Peopleに、
世界の人が驚き、感心した。日本人はCivilized Peopleと思われた。

日本の「ふるさと」、東北の復興には、
日本の伝統、文化が息づくを築いてほしい。
日本の英知を集めた街を創ってほしい。
都市計画家、建築家の出番である。
腕の見せどころである。

これまで、世界の「街の景観」や、
「街のランドマーク」について書いてきた。
その中から、東北の復興に役立つブログを選んだ。
1) 「力強く立ち直ってほしい」、2011年3月24日。
2) 「電線の埋設率の国際比較」、2011年2月13日。
3) 「醜い国に気付かない日本人」、2010年9月29日。
4) 「アメリカ、イギリス、日本の住環境」、2010年10月3日。
5) 「チュニスの景観」、2010年11月3日。
6) 「京都のランドマークは金閣寺」、2010年10月6日。
7) 「東京のランドマークは東京タワー」、2010年10月10日。

1) 「力強く立ち直ってほしい」、2011年3月24日掲載。
http://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/56fd9b0108b94149050b5ff47a5bc675

災害に遭って、復興を目指す街は、
岡谷市長が、ボランティアに配られたはがきのように、

災害に強いまちづくりを目指し力強く立ち直っていく」
が、被災地の決意のすべてである。
それは、東日本大震災の復興にもあてはまる。

東北の被災地では、電柱が立ち、電気が復興した。
これは、ありがたいが、
電柱は、あくまでも仮設にしてほしい。

2) 「電線の埋設率の国際比較」、2011年2月13日掲載。
http://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/7ed94ec8f3bdafa473ac134d7ee7c355

日本の街の醜さは、電柱、電線と広告看板である。
電柱が林立し、電線がクモの巣のように空をおおっている。
日本では、この景観に慣れてしまっているが、
先進国の街で、電線を埋設していないのは、日本だけである。

「電線の埋設率の国際比較」




ロンドン(イギリス)、パリ(フランス)、ボン(ドイツ)、
香港の電線の埋設率は100%である。
ドイツのベルリン、ハンブルグ、ミュンヘンも埋設率が高い。
コペンハーゲン(デンマーク)、クアラルンプール(マレーシア)、
ニューヨーク(アメリカ)が続く。
先進国の都市は、電線の埋設率100%を目指している。

日本の電線の埋設率は、先進国から、大きく立ち遅れている。
たとえば、東京の電線の埋設率は7.3%である(2008年)。

だが、東京の電線の埋設率は23区に限定し、
しかも、「市街地の道路」に限定している。
つまり、市街で、しかも国道や都道(県道)沿いである。
市街を離れたり、市道を含めれば、極端に悪くなる。

日本の街は、世田谷区の0.2%(1998年)という数字が、
実感する電線の埋設率ではないだろうか?

古い家並み。京都。


「いい街だな!」と、思って撮った。
ところが、電柱、電線が、街と空を支配している。
わざと、電柱、電線を撮ったのではない。
電柱、電線が、どうしても写ってしまう。
クモの巣のような電線は、避けようがない。

電柱、電線によって、日本は、
景観が悪く、
電気料金が高く、
歩行者や自転車、車いすの利用者にとって危険であり、
地震や台風の災害では、ライフラインの確保がむずかしい、
ということになっている。

電線を埋設することは、国土交通省も提唱している。
1) 「安全で快適な通行空間の確保」
2) 「都市景観の向上」
3) 「都市災害の防止」
4) 「情報通信ネットワークの信頼性向上」のために。


3) 「醜い国に気付かない日本人」、2010年9月29日掲載。
http://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/84ef875b17c21a107ab0554785b8825a

アレックス・カー氏(東洋文化研究家)が、松本で講演された。
演題は、「日本の伝統文化を活かした地域づくり」。

「日本は、日本の伝統や文化を切り捨て、自然を破壊しながら、
無秩序に開発を進めてきた。このために、世界の中で、
醜い国』の一つになってきている。
問題は、このことに、日本人は気付いていないことです」
という、衝撃的なものだった。

スライドで、実例が示された。
美しい海岸がテトラポットで覆われた、
周囲の景観とまったく調和しない美術館を建てた、
京都駅は、古都のイメージが感じられない箱ものにした、
産業廃棄物の不法投棄で、海岸に山ができ、海が汚染された、
谷あいが、治水事業のコンクリートで覆われ、無惨な景観になった……。

行政が公金を使って無意味な施設を造り続け、
自然環境に愛情をそそがず、営利を優先するシステムも問題にしている。

さらに、衝撃は旅の情報誌、「Time Out」の「東京」の表紙だった。
見苦しい「電線と広告看板」が、東京の象徴として使われていた。


世界の都市の魅力を紹介する、「Time Out」の東京の表紙が、
これと似た、見苦しい電線と広告看板では悲しい。
これでは、「さぁ、東京に行こう!」という気にならない。
これが、世界の人が抱く東京の象徴、イメージだと思うと、悲しくなる。

世界のほかの都市が、ちゃんとした表紙であったのに。たとえば、
バルセロナ(スペイン)は、ガウディが設計したサグラダ・ファミリア、
フィレンツェ(イタリア)は、ミケランジェロのダビデ像、
香港は、超高層建築スカイスクレーパー、
というように。

アレックス・カー氏の講演のあと、質問の時間があって、
「建設関係者に欠けているものはなんですか?
日本の伝統の良さや、日本文化の良さを教える美術教育が、
足らないために、無秩序な開発がおこなわれるのですか?
学校では、どのような教育が必要と思われますか?」
と、質問した。

アレックス・カー氏の答えはつぎだった。
「建設や開発には、自然や周囲との調和が大切です。
日本の文化にプライドを持つ教育が重要です」

アレックス・カー氏の著書、「美しき日本の残像」朝日文庫。


「先進国の都市と町で電線を埋めてないのは日本だけであって、
日本の町の独特のごみごみした雰囲気はそのせいです」
「一番不思議なのは日本人はその状態に気付いていないことです」
「日本の街には、プラニング(都市計画)がない」
と、講演と同じことが書いてある。


4) 「アメリカ、イギリス、日本の住環境」、2010年10月3日掲載。
http://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/6330a51cfa89813aa818b22e0f401138

アレックス・カー氏は、
「先進国の都市と町で電線を埋めてないのは日本だけであって、
日本の町の独特のごみごみした雰囲気はそのせいです」と言う。
そこで、アメリカ、イギリス、日本の住環境を、住んだ家で比較してみる。

ロス・アンジェルスの家。

電柱が家の左に見える。
それと、丘の上にも点々とならぶ。
しかし、ごみごみと醜いほどではなかった。

あるとき、見知らぬ人が、家の設計図を片手に、玄関のベルをならした。
「改築したいので説明して、近隣の人の了承を得たいのです」と言う。

我が家からは離れていて、見えない家だった。
それに、おつき合いもなかった。しかし、
その近隣の人は設計図を広げて、一生懸命、説明した。
「家のデザインや高さ、色が、自然や周囲の景観との調和を保つものです」

設計図や説明には、問題がなかった。
それで、了承して、設計図にサインをした。

そして、「いい家を建ててください」と言うと、顔がほころんだな。
得体のしれない借家の日本人から、了承が得られて、ホッとしていた。
「近隣十数軒の了承を得る」と言う。

家を建てるには、周囲との調和に、近隣の人の了承が必要だ。
みんな、自分の街に愛着を持っている。
コミュニティCommunity(地域社会)の一員として、
景観や住環境を大事にし、守ることは、当たり前のことなんだ。

突然、高層建築が建ったり、赤い家が建ったり、
広告看板が建つことは、あり得ない。
それが、自分の土地であっても。

ロンドンの家。


電柱、電線はまったく見当たらない。テレビのアンテナが見える。
家は半世紀前の石造りと古いが、中は改装(リファービッシュ)して、
空気を汚さないスチーム暖房など、快適だった。

家も、隣人も、住環境も、気に入っていたが、
家は古く、改修が必要になって、引っ越した。

ロンドン、2軒目の家。

今度の家は新しかった。レンガ造りで、窓やドアは白。
周りの家とも、調和がとれていた。

通信線が、右上から煙突の方向に走っている。
しかし、ごみごみと醜い、というほどではなかった。

松本の家の窓から。

電柱と電線が空をおおう。
ごみごみと醜いではないか!

山(左下)や空、景色は、電線の間から見る。
こうゆうことは、アメリカでも、イギリスでも、なかった。

4本の電線が家に敷かれている。
右からケーブル・テレビ(右~上へ)、
光ケーブル(右下~左上に横切る)、
電力線(電柱の上部~左上に垂れさがっている)、
そして、電話線(電柱の下部~左へ)。

大きな地震があれば、
電柱が倒れて、我が家はペシャンコ。
阪神・淡路大震災では、倒れた電柱や電線は、
避難や救助、消火活動の妨げになっていた。

電線を埋めずに、工事費を倹約しているから、
電気料金は、安くなるのかな? と思うが、
日本はアメリカやイギリスの2倍だった。
とりわけ安くなかった。とりわけ高かった。
日本は、電気料金が高く
景観が悪く
危険、ということになる。


5) 「チュニスの景観」、2010年11月3日掲載。
http://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/82a5e1daf7999a8b70adbac4204178bd

アフリカのチュニジアの首都チュニスの写真がある。
ホテルの窓から、チュニスの街と先の地中海を眺めた2枚である。

チュニスの街の右側。


電柱、電線がない。
広告看板が見当たらない。
屋根も壁も白に統一している。
飛び抜けた高層建築や、
周囲と調和しない建築がない。
砂漠の地だが、樹木がある。
屋上は平らで、水タンクや空調機械がない。
プラニング(都市計画)がある。
整然とした街の景観になっている。

チュニスの街の左側。


看板が1つある。手前左の青色。
看板の面積、高さ、色などによって、
高い看板料を払うのだろうか?

看板のほかは、チュニスの街の右側と同じである。
電柱、電線がない。
屋根も壁も白に統一。
飛び抜けた高層建築や、
周囲と調和しない建築がない。
砂漠の地だが、樹木がある。
屋上は平らで、水タンクや空調機械がない。
プラニング(都市計画)があり、
整然とした街の景観になっている。

東京の写真と比べてみる。赤坂から。


チュニスとのちがいは、おわかりと思います。
電柱、電線がある。
広告看板はある。
屋根も壁も、色調に統一はない。
高層建築の高さがマチマチである。
周囲との調和を考えた建築ではない。
雨は多いが、樹木が少ない。
屋上はデコボコで、水タンクや空調機械がむき出しである。
それか、囲って、広告看板にしている。
高速道路がビルの間を曲がりながら走る。
プラニング(都市計画)がない。
雑然とした街の景観になっている。

ここでは、「チュニスの景観」を取り上げたが、
ヨーロッパ、アジア、オセアニア、日本の街の景観は、
つぎを参考にしてください。
「フィレンツェの景観」、2010年11月7日。
「ローマの景観」、2010年11月10日。
「ライの景観」、2010年11月14日。
「ブルージュの景観」、2010年11月17日。
「ツェルマットの景観」、2010年11月21日。
「バルセロナの景観」、2010年11月24日。
「プラハの景観」、 2010年12月1日。
「シドニーの景観」、2011年1月1日。
「シンガポールの景観」、2011年1月16日。
「函館の景観」、2011年1月23日。


6) 「京都のランドマークは金閣寺」、2010年10月6日掲載。
http://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/4c8224da937ed43ef476808744200942

アレックス・カー氏(東洋文化研究家)は、
「犬と鬼」講談社で、京都について、つぎのように書いている。

「京都の街は、フィレンツェやローマに並ぶ文化都市として、
世界の人々に愛されていた」
「第二次世界大戦の末期に、連合国軍司令部が京都を、
空爆対象からはずしたのもそのためだ」

「新しい建築物を古い家屋に調和させるノウハウがないので、
木造家屋はブリキとプラスチックで無神経に修復され、
また古い家屋を必死で残そうと努力しても、
周囲には電線や看板やパチンコ店があふれている」

古い町家。

古い町家は、電柱、電線や看板、高層建築、駐車場と同居している。

アレックス・カー氏は、京都タワーについて、書いている。
「京都タワーができたことによって、
京都の屋根並みが劇的な致命傷を受けてしまいました」

京都タワー。


司馬遼太郎さんも、京都タワーについて、
「京都人が京都駅前にローソクの化けもののような京都タワーを、
出現させたときは仰天した」
と、書いている。

アレックス・カー氏は、京都駅について、書いている。
「京都タワーによるダメージを払しょくして、
文化都市としてのイメージを回復す絶好のチャンスだったのだが」
「1,500億円をかけた新しい駅は、建設ブームの日本でも、
屈指のスケールであり、京都タワー、京都ホテルなど足元にも及ばない。
線路に沿って500メートルの幅で、巨大な灰色の軍艦ビルがのしかかる。
戦後の京都の慣わしにしたがって、街の歴史を力強く否定し、
世界に向かって、否定を大声で叫んでいる」

京都駅。


地元の建築家の言葉も載せている。
「京都のように歴史のある街では、
デザインの質を考えなくてはならない。
これではまるで倉庫か刑務所のようだ」

文豪川端康成は、
「京都を描くのなら、今のうちですよ」
と、東山魁夷画伯に言っている。

日本の古民家を再生する建築家、カール・ベンクス氏は、
「日本人は、宝石を捨てて、砂利を拾っている」
「日本人が、昔の京都の町並みを壊した」
と、言っている。

日本人も外国人も、同じことを言っている。
「伝統文化と発展を、調和させることができなかった」
「日本人が、京都の町並みを壊した」
「手遅れだが、再生を考えよう」


7) 「東京のランドマークは東京タワー」、2010年10月10日掲載。
http://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/e767f156779facaf9529578460295ad1

東京タワー。


エッフェル塔


どっちが東京タワーで? どっちがエッフェル塔?
1889年にパリにエッフェル塔が建設されてから、
69年後の1958年に、東京タワーを建設した。
当時の東京は、パリを目指していた?

東京のランドマークは「東京タワー」だが、
「東京へ行ったなら、『東京タワー』を見たい」
と言う外国人はみたことがない。

東京タワーは、日本の独自文化とは思っていない。
エッフェル塔のマネだと思っている。
パリで本物を見ればいい。
日本まで、わざわざ来る必要がない。

東京を概観するために、東京タワーに上った外国人は、
「おもちゃ箱をひっくり返したような街だ」
「調和も統制もない」
と、言っている。
東京の都市計画も景観も、ダメ! と言っている。


赤坂から東京タワー。

色調の統一はない。
住宅のとなりに高層建築がある。
高層建築の高さはマチマチだ。
広告看板があるのは普通のこと。
電柱、電線があるのも普通のこと。
樹木が少ない。
屋上はデコボコで、水タンクや空調機械がむき出しである。
それか、囲って、広告看板にしている。
プラニング(都市計画)がない。
雑然とした街の景観になっている。


パリ旅行で、必ず行くところ、それは、
「パリのランドマーク、エッフェル塔」。

わくわくしてエレベーターで昇って、パリ市街を眺める。ズ~ッとみている。


「東京スカイツリー」は、形がみえてきた。

東京スカイツリーは、エッフェル塔のマネではない。
独自デザインだ。
東京タワー(1958年)から、東京スカイツリーまで、
独自デザインに半世紀以上かかった。

「街のランドマーク」については、京都と、東京のほかに、
「松本のランドマークは松本城」、2010年9月12日、
「長野のランドマークは善光寺」、2010年10月13日、
「奈良のランドマークは東大寺」、2010年10月17日、
「札幌のランドマークは時計台」、2010年10月20日、
「名古屋のランドマークはトヨタ産業技術館」、2010年10月24日、
「諏訪のランドマークは諏訪大社」、2010年10月27日、
「バルセロナのランドマークはサグラダ・ファミリア」、2010年11月28日、
「プラハのランドマークはプラハ城」、2010年12月5日、
「シドニーのランドマークはオペラ・ハウス」、2011年1月5日、
「函館のランドマークは函館山」、2011年1月30日、
を、参照ください。


東京は、プラニング(都市計画)で再生するチャンスが2度あった。
1923年の「関東大震災」と、
1945年の「東京大空襲」である。

1923年の「関東大震災」(M7.9)では、地震で建物が倒壊し、
火災で焼け野原となった。死者・行方不明は10万5千人。

1945年の第二次世界大戦の「東京大空襲」では、
東京は焦土と化した。死者は10万人以上。

死者をみると、すさまじい。「関東大震災」も、
「東京大空襲」も、東日本大震災の数倍である。
東京は壊滅的な打撃で、なにもない平原になった。

そして、できあがった東京は、雑然とした街になった。
「おもちゃ箱をひっくり返したような街だ」
「調和も統制もない」
「プラニング(都市計画)がない」

京都は、東京のように「京都大空襲」はなかった。それは、
「第二次世界大戦の末期に、連合国軍司令部が京都を、
空爆対象からはずしたのは、フィレンツェやローマに並ぶ文化都市として、
世界の人々に愛されていたからだった」
おかげで、美しい街が残った。

しかし、問題はそのあとにおこった。
「伝統文化と発展を、調和させることができなかった」
「日本人が、京都の町並みを壊した」


さあ、東北の復興だ!
東北は、自然資源と民俗芸能の宝庫だ。
日本の伝統、文化が息づく街にしてほしい。

都市計画家、建築家の出番だ。
東北に日本の英知を集めた街を創ってほしい。
東北は、都市計画家、建築家の英知を待っている。

単なる「復旧」でなく「復興」で、街創りをしてほしい。
世界の人から、
「日本をみたければ、東北へ行くといい」
「日本の伝統、文化が息づいている」
「Civilized Peopleが住んでいる」
「それに、災害対策をしてある」
と、言われるように。

もし、日本の街創りに、英知が必要だったら、
都市計画に実績がある外国人の英知を取り入れてもいい。
日本の良さを引き立てた街創りに、世界から公募するのも手だ。

東北に千載一遇のチャンスが来た!
世界が、東北の復興に声援を送っている。
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