barayuka雑記

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否認

2018-05-10 15:42:10 | 日記


 

私は摂食障害ではない。むしろ食べ過ぎてしまうからそれはそれで問題だと思うけど、正直拒食だと潔癖さや繊細な感性が女性らしく思えて逆に羨ましく思えてしまう。もちろん当事者は苦しいんだと思う。

食べすぎだと、あからさまにデブと言われたり、蔑まれることになる。かならずしもそうじゃないけど、そういう言葉は当たり前のようにあふれてる。自分を受け入れるためにわざとそういう自分を自虐で貶めたりして、保ても出来てないのに自尊心をそれでも保とうとそういう風にする。私はどちらかというとそういうメンタルに近い。

拒食が成熟拒否という風に書かれていたのは、ああなるほどそういう感じなのかという風に読んでいて思えて、女性性との葛藤は過食のほうがありそうかもと思った。私の場合、そこには見たくないような、直視したくないような、何かに支配されたり抑圧されたり、暴力、モラハラ、そういうものにつながってしまう傷つきや恐怖感がある。それは直視がとても難しい。女性として見られない、見られたことによって起こった見たくない出来事、痛ましい気持ち、女性として見られたいのに、そこにはみじめさがセットになって出てくるつらさ。自分で書いていてもつらい。それこそが自分を貶めてしまうんじゃないかと思ったりもする。

自分自身を受け入れられないのはつらい。自分自身を認められないのはつらい。誰かの目におびえて、逃げ続けてる自分がどこかにいるのかもしれない。でもどこかで、受け入れられたい自分がいる。その悩みをいまだにかかえている。

 

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