barayuka雑記

時々立ち寄る場所

生きづらさ

2018-05-04 20:21:17 | 日記
今日は実家の田んぼの仕事で苗代があって、参加してきた。

去年の年末、餅つきで、従姉妹たちが来てる前で私はあまりの居づらさに、初めてキレてしまって、キレ方が我ながら半端ないキレ方をしてしまって、それまでずっと親戚内でも大人しく目立たなく、自分も出さなかったし何を考えてるかとか周りには多分わかりにくかった自分がキレたら、もう来なくていい、とか、来るな、とかそういうキレ方になってしまって、なぜそんな風にキレたかというと、自分の存在が従姉妹たちに軽んじられてるように感じたからで、馬鹿にされてる気がして悔しくて、その時の私の判断としては、苦しくなったときにその場を去るだけでは解決しないのではと考えて、黙って我慢したりするより、自分の辛さをわかって欲しい、との気持ちで、自分を出そうとしたのだけど。結果、キレて、周りには責められるし、本当に一斉に責められて、大人しくていい子があっという間にめんどくさい子になってしまった気がして、自分のしたことに罪悪感を感じて、それ以来の集まりで気まずさもあったのだけど。


こんな変な文章しか書けなくて、多分これはわかりにくいとわかってるんだけど、わかりやすく文章を書けるほど自分の中がせいりされてなくて書きながら時系列を遡って思い出したものを書くようなことをしている。


要するに、その気まずい年末以来の親戚が絡む行事。姉夫婦が甥っ子を連れてきて、小さい子が主役になる場で、今だにうまく、自分の主張もできない、居場所を見つけられない大人の私。


罪悪感からか、というより、私もキレたら迷惑な人になるから、ていうか、みんな好きに言ってるんだからどうして私も言ったらダメなの?という逆ギレだったりもするんだけど、嫌われたり憎まれたりすることには慣れてなくて、そういう理由を自ら作ってしまった自分をどこかで許せないし、嫌われても仕方ない、と思ってしまってて、周りにとっては私のことを嫌いになったり邪魔扱いしてもいいという理由を私が与えてしまったことになってて、要するに居心地悪くて、苦しいんだ。


失敗は仕方ないし、自分で自分を責めても辛いだけだから、自分を許すしかないけど、誰も味方になってくれないのは、ずっと自分が大人しく周りの話の聞き役としていい子にしてきた分、とても苦しいものに感じる。でも、だったら、そこは諦めて、自分の場所を探すしかないのかな。


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