行縢探検倶楽部

延岡市にある行縢山(むかばきやま)を気楽に楽しんでいる皆さんの情報交換の場ですのでお気軽に書き込みください

家庭菜園(タマネギの植付け)

2011-10-31 19:54:32 | Weblog

29日(土曜日)の延岡地方は台風の時のような大雨でした。が、雨にも負けず風にも負けず、タマネギの植付けをしました。 雨が降っている時の作業は大変ですが、植えた後に水やりをしなくて良いぶん楽だし、苗もありつきやすいので助かります。来年の2月頃には食べられるようになるでしょう。(fuka)

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日向市の山<米(こめ)の山>

2011-10-30 09:55:49 | Weblog

延岡の場合は「愛宕山」に登れば市内を一望できます。日向市の場合は「米の山」に登れば一望できます。頂上まで車で行けますが、グリーンパークに車を置いて頂上まで歩くとおおよそ1時間で往復出来ます。また、ここからの日向市の夜景もなかなか良いです。(fuka)

 

頂上はパラグライダーの基地にもなっています。眼下のグリーンパークをめがけて飛んで行きます。

 

東は太平洋、世界最大の「かんむりうみすずめ」の生息地で有名な門川のビロー島も見えます。

 

日向岬も見えます。 左側の小さな島が黒田の家臣です。

 

北方面は、細島商業港・細島工業団地です。細島と言う地名は、岬が「鉾」みたいに突き出ているいる所から、「鉾島」が「細島」になったそうです。「ひょっこりひょうたん島」と言われる門川湾の「乙島」もみえます。

 

南は宮崎方面、白い砂浜と松林が綺麗な「お倉が浜」が見えます。

西は、平家の落人で有名な「椎葉」方面です。冠岳が一番奥に見えます。細島商業港の集落に「幡浦」という地区がありますが、その昔、源氏が椎葉に落ち延びた平家追討の際、細島に寄港、その時に源氏の白旗が「はたはたとはためいていた」ことから幡浦と呼ばれるようになったそうです。短い地名にも遠い歴史が刻まれているんですね。(fuka)

 

 

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日向市探訪(細島みなと資料館)

2011-10-29 15:57:58 | Weblog

紅葉の季節というのに生憎の雨の週末、本日は、晴耕雨読ではなく雨耕雨休でした。午前中は空飛ぶタマネギの植付け作業午後は休養です。

ところで、細島みなと資料館の内部です。歴史(特に幕末から明治初め)好きの方なら、管理人さんの説明に聞き入ることだと思います。へえ~、そんな関係があったんですか!といった史実が聞かれますよ。 (fuka)

 

1階の電話室、野口雨情の歌が飾ってありました。

 

 

この書を書かれた方(名前は忘れました)は、明治天皇の書の先生だったそうです。

 

火鉢です。 ひばしを挿す穴は生活の知恵ですね。

 

ちん(犬の種類)がくぐって通るための穴があけてありました。<ちんくぐり>

 

部屋を広く見せるための工夫だそうです。戸棚が斜めになっています。

 

迫田鉄五郎の遺品が展示してありました。 その中に坂本竜馬が使っていたものと同じ型のピストルがありました。坂本竜馬は、恋人の「おりょう」にもピストルを持たせていたそうです。

 

迫田鉄五郎少佐が所持していた英国製のピストル

 

 

 

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日向市探訪(細島みなと資料館~1)

2011-10-28 21:10:11 | Weblog

細島みなと資料館は、市指定文化財「高鍋屋旅館および付属屋」を改修したもので、木造3階建ての建物です。 木造の3階建ての建物は、ここ以外には日南の油津に1軒あるのみだそうです。ここは、建物は勿論、展示物も一押しです。 坂本竜馬が所持していたと言われるピストルと同じ型のピストルが展示してあります。興味のある方は是非訪ねてみて下さい。(fuka)

入館料 210円/大人一人、  利用時間:9:00~16:30

 

木造の3階建ての建物です。

玄関です。

 

瓦の形は、「松」だそうです。屋根の下に向っているものは「竹」だそうです。竹の先は、日本なら「梅」でしょうが、中国では「桃」だそうです。 日本は「松竹梅」 中国では「松竹桃」だそうです。

 

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日向市細島探訪(黒田の家臣)

2011-10-27 21:33:59 | Weblog

日向市細島湾に浮かぶ小さな島「黒田の家臣」、言われはおおよそ下記のようです。

文久2年(1862年)、京都伏見の船宿・「寺田屋」で寺田屋騒動が発生。
生き残った尊王攘夷派の志士達のうち薩摩藩士は本国へ送還され、引き取り先の無い浪士達も薩摩藩預かりとなった。
薩摩藩預かりの予定であった千葉郁太郎、中村主計、海賀宮門も薩摩藩に護送中細島で殺害され、遺体は細島の小島に流れ着いた。 
その内の一人の腹巻に「赤心報国唯四字、黒田家臣、海賀直求」とあったことから、地元ではこの島を「黒田の家臣」と呼ぶようになったそうです。

この小島(黒田の家臣)は、潮が満ちている時は、島へは歩いて渡れません。が、干潮になると歩いて渡れます。ま、満潮の時でも深さは大人の胸くらいだと思います。

こういった歴史の話は、みなと資料館に行けば、そこの管理人の方が色々と歴史の話をして下さいます。是非一度みなと資料館に行ってみて下さい。 なお、入館料は210円。

(fuka)

 

 満潮の時:島には歩いてわたれません。

干潮の時:歩いて行けます。

 

 

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ドラゴンボール

2011-10-25 19:52:09 | Weblog

ドラゴンボール、日本語で言えば「龍のたまご」でしょうか? 「宵まつり」が行なわれた日向市の大御神社は「さざれ石」でも有名ですが、最近もう一つ新たなものが発見されました。 それが「ドラゴンボール」です。 しめ縄が張ってある「さざれ石」のすぐ近くの池?の中に丸い石があります。 池は「羊水」で「たまご」はその「羊水」の中にあるという事だそうです。(fuka)

 

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大御神社の宵まつり

2011-10-24 20:08:26 | Weblog

10月22日の夜の部は、日向市の大御神社の宵まつり鑑賞でした。宵まつりの一番の見せ場は「天翔獅子」と言われる「獅子舞い」です。何年か前に見た時に比べかなり迫力ある舞いになっていました。舞い手の方たちはかなり練習されたのでしょうね。

なお、10月23日に、山田洋次監督生活50周年、日向市制施行60周年を記念して「名作上映会」が行なわれましたが、その舞台挨拶のために来日向されていた「山田洋次監督」と「倍賞千恵子さん」も、この「宵まつり」を鑑賞されたそうです。私の職場の同僚は、この二人の方と話をした。と言っていました。 (fuka)

 

大御神社は海のすぐそばにあります。

 

宵まつりの会場まではこのような灯かりが灯され幻想的な感じを漂わせていました。

 

会場はかがり火が焚かれ、何とも言えない雰囲気でした。

 

宮司だけが舞うことが出来る舞。

 

神楽

巫女

天翔獅子

 

 

 

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大崩山(三里河原)の紅葉情報

2011-10-23 18:16:29 | Weblog

10月22日(土)、前日までの台風並みの強い雨で延岡市周辺の河川はかなりの増水、延岡名物の「あゆやな」も流されました。22日は雨は上がったものの三里河原は増水していて歩けるか心配でしたが、予定通り出かけました。登山口には車は1台も停まっていません。     それはそうでしょう。昨日までの雨の降り方を思えば当然だと思います。

三里河原についてみると通常よりは増水しているものの、驚くほどのものではありませんでした。早速沢足袋に履き替えて散策開始、ひざ下まで水に浸かりながらの歩行、水も気温も以外にも低くなく快適でした。 本日の三里河原訪問者は、我々が3名と単独行の男性の4名でした。

紅葉の方は、まだ緑色のはっぱをしたもの、すっかり紅葉してしまっているもの、緑と赤と半々のものなどそれぞれでした。桜に例えれば8部咲きと言ったところでしょうか? しかし、私この位の頃が一番好きです。(fuka)

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熟柿のシャーベット

2011-10-21 18:54:09 | Weblog

熟柿を冷凍しました。これを寒くなってコタツの中で食べようと思います。この柿は変わった種類の柿で、10月の始め頃になると色づいてすぐに熟柿になります。種は何個かありますがとっても甘みの強い柿です。佐渡島だったと思いますが、ホテルで冷凍した熟柿が出たような気がします。(fuka)

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ススキのドライフラワー

2011-10-20 18:35:54 | Weblog

秋の七草の一つである「尾花(ススキ)」をドライフラワーにしました。空気が乾燥している時はふわふわしていますが、雨の時なんかはしとっとしていていい感じです。なお、ススキをドライフラワーにする時は、穂が出たばかり位のものがいいですね。穂がでてしまったものだと乾いた時に花びら?がバラバラと飛び散ります。(fuka)

 

これ位の時にドライフラワーにすると花びら?が飛び散りませんよ。 

 

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