むじな@金沢よろず批評ブログ

台湾、国際情勢、アニメなどについて批評

香港の広東語読みは許容するのに、台湾について台湾語を排斥する日本メディアの不可解

2005-07-23 02:24:54 | 台湾言語・族群
 職場では朝日新聞をとっている。台湾ではかつての反共政策時代以来の習慣から産経新聞をとっている人が多いのだが、わたしはそれではやっぱりいかんだろうというので、「親台湾派」が多いとされる日本の右翼が嫌いな朝日新聞をむしろ読んでいる。まあ朝日の封建的で権威主義的な社風と体質はそれほど好きではないが、でもやっぱり記事の信頼性やバランスではなんだかんだいって朝日でしょとは思う。
 しかも、最近は一般に右翼にイメージされているのとは裏腹に、朝日は決して親中国、反台湾的ではなくて、さすがに軍拡路線をひた走る独裁国家中国に嫌気がさして、さらなる民主化と進歩的な政策につっぱしっている台湾を見直しつつある。
 4月下旬から5月上旬の台湾親中派野党の中国訪問の時の台北発の記事は、かなり親中派に対して冷ややかな視点があって、かなり好感を持っている。
 まあ、現在台湾に最も好意的なのは、東京・中日新聞と西日本新聞というブロック紙だったりするのだが、それはともかく朝日も右翼が攻撃するほどは悪くはない。
 しかし、ちょっとおかしなことに気づいた。20日付け6面第2国際面に香港について写真つきの話題ものが載っている。見出しは3段で「さようなら粤劇の殿堂」。
 この記事で、北角という地名にはパッコック、劇場名「新光戯院」にはサンクォンヘイユンとそれぞれ広東語読みにもとづくルビが振られていたのだ。
 台湾ではこの手の記事ではたいていは北京語でルビが振られる。しかも陳水扁ならチェンショイピエンなどと、shを捲舌音で発音した場合に準じた表記になっており、台湾訛りの北京語ツェン・スイピエンですらない。
 香港は英国統治時代には広東語読みの中国語も公用語として使われ、現在でも漢字読みや庶民の言語は圧倒的に広東語であることを考えれば、香港の地名などのルビに広東語を使うのは、言語の実態に合っている。
 しかし、台湾について、いくら北京語が公用語だといえ、北京語一本やりで、しかも北京語も北方音に準じた表記になっているのは、台湾の言語の実態に合わない。外省人について北京語読みするならわかるが、陳水扁のようなコテコテの南部出身者を北京語読みするのは、陳水扁の出身地のおじさんおばさんにはわからない読み方だからである。まして、台南県長の蘇煥智を北京語でスーファンチーなどと書くのだろうが、台南県民は誰もそう読まない。台湾語でソー・ファンティーと読むのである。
 これは矛盾している。朝日に限らず日本のマスコミの言語表記の基準は、単純に公用語かどうかだけに固執する制度主義なのか、言語生活を基準とする実態主義なのか?香港については実態主義であり、台湾については制度主義になっているのは、矛盾としか言いようが無い。
 そもそも、日本のマスコミは一般的には「制度主義」を採用しているはずである。つまり政府などが定めた制度や、政府当局の統計や見方を主軸とする発想だ。そこからいうならば、香港についての同記事は基準に反していることになる。なるほど、香港の市場や民間社会でいくら広東語が圧倒的に優勢であろうとも、中華人民共和国の一特区に過ぎない香港の建前上の公用語は北京語であり、北京語で読むのが制度的にはあくまでも正しい。広東語は「文字にならない方言」という位置づけなのだから。
 これに対して、台湾について実態主義で見るならば、大体、中南部の多数、また北部でも労働者の間では台湾語の世界である。陳水扁は台湾訛りの北京語ツェンスイピエンではなく、普通はタンツイピイ、愛称アッピイアと呼ぶ。そうしてこそ陳水扁の本来の支持基盤と民意を正確に示すものとなる。チェンショイピエンでは、何のことかわからない。
 しかも制度主義に即してみても、たしかに公式的にはいまだに北京語公用語主義は放棄されていないが、政府内会議など政府のさまざまな場面で台湾語の使用率がどんどん増えていて、半分以上は台湾語を使っている。それも意識的に行っている。
 ここでたとえば「台湾語がわからない客家人」というよくある誤解は、実態と異なっており、客家人で台湾語が聞いてわからない人などいないし、流暢に話せる人も7割を超えている。外省人も同様である。だから、客家人や外省人がいても、台湾語を話すことに躊躇する必要は実用的にはまったくない。しかも、よく忘れられがちであるが、中南部の庶民は北京語が下手で、台湾語しか話していない。そういう社会に立脚し、民意で選ばれた民進党政権だからこそ、台湾語の使用率が高まっているのが現実である。それを無視して、いまだに北京語至上主義をとっているのは時代錯誤であり、何よりも台湾語を弾圧してきた外省人特権層なり国民党反動派に与するものとなりかねない。
 中国の一部でしかない香港について、庶民社会の現実を重視して、中国の公用語と異なる広東語読みを使ってもOKなら、台湾について少なくとも南部に関係する物事や人物について台湾語読みを排除して北京語に固執するのは、矛盾している。
 しかもこれが日本人の所業である点、きわめて罪深いといえる。というのも、日本はかつて台湾を植民地支配した際、台湾語を研究した時期もあったとはいえ、戦争遂行中にはやはり同じ植民地だった朝鮮の朝鮮語と同様、台湾語を弾圧、日本語への同化を目指そうとしたのである。つまり、日本は台湾語についていうならば、かつては支配者、抑圧者としての過去を持っているのであって、今また国民党教育による支配と抑圧に与して、台湾語を排斥して、北京語に固執するということは、日本人が再び台湾を植民地として抑圧していることになるのである。産経新聞のような右翼新聞なら、かつて蒋介石を賛美もしたくらいだから、それはそれで一貫性があるといえるかも知れないが、曲がりなりにも日本の侵略に対する反省と謝罪というトーンを打ち出している朝日新聞が、こと言語政策となると、右翼反動植民地主義の荷担者になっているというのは、ちょっとおかしいのではなかろうか?
 もちろん、これは個々の記者のせいではなくて、編集局長など上層部の政策に問題があるといえる。本気で日本が犯した過ちと罪を反省する誠意があるなら、こんな矛盾は犯さないはずである。

最新の画像もっと見る