むぎの城さんぽ

日本100名城&続日本100名城を巡っています。
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大類城(群馬県)

2021年03月08日 | 百名城以外の城
大類城おおるいじょう
別名
構造平城
築城者大類伊勢守
築城年代不明
指定史跡
場所群馬県高崎市宿大類町 地図

大類城は、長野氏の旗下であった大類伊勢守の城す。
箕輪城落城と共に没落すると、後に和田城の出城として二十数年間存在しました。
城の北・東・南にはそれぞれ堀を巡らせた屋敷がありました。
天正18年に廃城になると以後城としての機能は完全に失われました。



本丸跡碑

城址碑目指してやって来ました。
ここから周辺を散策開始!
さて、ここに本丸跡碑がありますが、本当の本丸跡はここではありません。


熊野神社

内宮とも呼ばれるこの神社も、かつては城内であったと思われます。



境内に残る低い土塁もかつての縄張の一部です。


本丸

熊野神社より南側の民家がある場所が本丸です。
民家が本丸なので、中を覗くことは出来ませんでした。
しかし、遠巻きに外から見ても土塁の一部が残っているのが見えます。



本丸南側の堀跡にある道路。
この先直角に曲がると大手道になります。
曲がり角が本丸虎口となり、民家の宅地部分がまさに本丸部分となります。
入口の門構えが城であったことを意識されての造りになっているように思われますので
代々この地を引き継いで守って来られた方のお宅ではないかと想像しちゃいます。(実際は調べていないです)


外堀

沢山の水堀が巡らされていたようですが、この川が大類城の外周を巡る堀です。
今回訪れていないのですが、更に南にの方に行くと大類館があり、
こちらも川を利用した堀が巡らされていました。


慈願寺曲輪

南東角に位置する慈願寺。
ここまでが城域となります。
東側の道路が堀となっていたので、道路をよく見ると暗渠があります。
(周辺道路はほとんどが堀跡にあたります)


山崎一氏が訪れた当時はもう少し遺構が残っていたようですが、藤の木門跡や、土橋跡といった遺構は
どこへやら…見つけることは出来ませんでした。
しかし、本丸にあるお宅は城址を意識して土塁などを残していらっしゃるのかなという
雰囲気が漂っているので、この先もぜひ後世に残していただけたらありがたいと勝手に願うばかりです。


令和3年2月7日登城


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