むぎの城さんぽ

日本100名城&続日本100名城を巡っています。
近頃は山城歩きもエンジョイしてます!

二条城(京都府)

2018年02月26日 14時13分59秒 |  百名城
二条城 にじょうじょう
別名 二条御所・二条亭・一条新屋敷・二条御殿
構造 平城
築城者 徳川家康、徳川家光
築城年代 1603年(慶長8年)、1626年(寛永3年)
指定史跡 国宝 国指定史跡 国重要文化財
場所 京都市中京区二条城町541 地図
スタンプ設置場所 大休憩所
城郭検定出題あり


二条城は天皇が住む京都御所の守護と将軍の上洛の際の宿泊のために
初代江戸幕府将軍の徳川家康が築城しました。
その後、15代将軍徳川慶喜が二の丸御殿の大広間で「大政奉還」を表明し、
やがて江戸城無血開城へと至りました。


東大手門

二条城の正門にあたる門で、築城当時と現在は櫓門ですが天皇を二階から見下さないようにと
一重の門に建て替えられてと言われています。



今回は「攻城団」の団員限定の二条城ガイドツアーに参加するために訪れました。
こうの団長によるガイドにて二条城をあらためて見直す良い勉強になりました。
初心者でもマニアでも楽しめるガイドで、今後も開催が予定されています。
お見逃しなきよう、攻城団のホームページをチェック!


街灯

東大手門の内側に取り付けられた街灯は明治時代の街灯。
これには前回訪れた時にも気が付きませんでした。
もし、気付いていてもここには似つかわしいものではないので現代に付けられた
のではないかと思いスルーしていたと思います。


番所

東大手門を入ってすぐ右側にある番所には、
江戸から「二城在番」と呼ばれる武士が派遣され、
毎年4月に交代して50人1組が2組で警備にあたっていました。


唐門

前回訪れた時は修復工事が行なわれていたため、見られなかった唐門ですが
今回はばっちり見ることができました。




そして、この唐門の装飾や色彩を見て思ったのですが、修復業者が東照宮などを手掛けている業者さんと
一緒なのではないだろうかと思いました。
というのも、群馬県富岡市にある一之宮貫前神社も数年前に修復工事をして、その時に宮司さんの娘さんから
東照宮を手掛けている業者さんが来て修復されと説明を聞いたからです。
豪華さや造りがとてもよく似ていて技術や技が伝統的であることからもそのようなことを勝手に思いました。
私の勝手な想像です。


土塀



二の丸御殿

車寄と遠侍の破風板に見える菊紋は、かつては三葉葵紋でした。


車寄

車寄の欄間には5羽の鸞鳥が彫り込まれています。
御殿や座敷と言えば欄間!御殿内にもとてもすばらしい欄間があるので楽しみなのですが
ここより先、本丸御殿は撮影禁止となっているので中の写真はありません。



欄間と襖絵、天井と、これでもかと豪華な造りの部屋が次から次へと並び
その部屋数は全部で33部屋とのことですが、数えきれませんでした。


二の丸御殿大広間障子開放

ラッキーなことに、期間限定で大広間の障子が開放されていました。
中からは大政奉還が発表された二の丸御殿大広間廊下からの二の丸庭園を観ることが出来ました。


二の丸庭園

小堀遠州指導のもと改修されたという「八陣の庭」とも呼ばれている特別名勝。



本丸櫓門

本来ここには二の丸と本丸を繋ぐ廊下多門、廊下橋がありました。
外を歩くことなく本丸御殿と二の丸御殿を行き来出来るようになっていたそうです。



本丸御殿

明治時代に京都御苑の旧桂宮邸の御殿を移築したもの。
仁考天皇の皇女和宮が14代将軍家茂に嫁ぐ前の1年8ヶ月をここで過ごした建物で
孝明天皇の仮皇居としても使用されたといわれる建物でもあります。


本丸御殿と本丸庭園

天守台から見下した本丸御殿と本丸庭園。



車寄



本丸西虎口

ここは枡形の虎口になっており、雁木が残っています。
右に見える石垣の上にかつては多門櫓が築かれていました。


天守台石垣

西橋上から見た堀と天守台石垣。


旧二条城の石垣

現二条城内に移築復元された旧二条城の石垣。
烏丸通の下立売付近で発見された北面の石垣らしい。
旧二条城は織田信長が室町幕府15代将軍足利義昭のために築城したとされ、
徳川家康築城の二条城と区別するために旧二条城と呼ばれています。


北中仕切門



土蔵(米蔵)

幕府直轄領からの年貢米を備蓄していた土蔵です。


清流園

この庭園の中にある和楽庵ではお抹茶がいただだけるようで、
庭園を眺めながらお抹茶をいただきたかった…横目で見ながら
後ろ髪を引かれる思いで通過しました。


北大手門

内側から見た北大手門です。
朝到着した時点では門は閉ざされていましたが、開門されています。



ちなみにこちらが朝訪れて閉門になってる北大手門を外から見ています。



南中仕切門



東南隅櫓

東大手門を守る二重櫓。
寛永期に建てられた現存隅櫓です。
かつては四隅に櫓がありましたが現在は東南隅櫓と西南隅櫓の二棟だけ残っています。


西南隅櫓

東南隅櫓より小規模な隅櫓です。
東南隅櫓は千鳥破風に対して西南隅櫓は唐破風なのが異なる点です。


平安京跡



西門

西側唯一の門で石垣を切った埋門です。
ここは本丸に最も近いため防備は厳重で木橋が架けられていました。


南門




内側から見た南門。
外堀を渡る橋は取り除かれている。


堀川の石垣

明治期にもここには石橋が架けられていました。
ここにもかつての石垣がそのまま残されています。



今回の二条城登城の目的は攻城団が主催する【団員限定】第2回二条城ガイドツアー参加のためでした。
攻城団合同会社がある京都での名城ツアーガイドということで第1回開催の際都合がつかず、
参加できず無念だったので今回こそはと他の用事を蹴っての参加をしました。
やはり良い時期に来れたなと感無量です。

6年前に訪れた時は修復工事中で二の丸御殿に入れず、唐門も見られなかったので感動が薄かったのですが
今回は、中学生時代に訪れた修学旅行を思い出しながらこうの団長のガイドに
耳をかたむけ、ポイントを押さえながら回ることが出来ました。
正直、学生の頃は鶯張りの廊下が楽しみだったのは覚えていますが、
歴史や史跡を見学というよりはテーマパークに遊びに来ている感覚だったので
具体的にどんなところなのかと深く考えていなかったです。

今になってこんなに学ぶことになろうとは…その頃には思ってもみなかった^^;
まだまだ、二条城を含め京都には沢山の史跡があるので観て廻るにはとても時間が足りないし、
もっともっといろいろな場所へ行ってみたかったです。



昭和58年4月10日登城
平成24年2月25日再登城
平成30年2月18日再登城



日本100名城に行こう 公式スタンプ帳つき
日本城郭協会
学研プラス
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