むぎの城さんぽ

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荘田城(群馬県)

2019年09月13日 07時36分09秒 | 百名城以外の城
荘田城しょうだじょう
別名和田屋敷
構造段丘
築城者沼田景泰
築城年代1247年(宝治元年)
指定史跡市指定史跡
場所沼田市井土上町386−8 地図

沼田氏発祥の地で、利根氏は平将門討伐戦に加わり、平氏一人を伴ってこの地に戻り、
井土上の和田に館を建てて住まわせ、庄田氏・沼田氏を称しました。
七代の経家と孫の大友能直と重縁の三浦氏が北条時頼に亡ぼされた際、
一族の一人が逃れてきて、沼田景泰と称し城郭を築いた。
小沢城に移るまでの8代158年間の居城で、往時は城跡外に荘田沼がありました。
現在、熊野神社がある場所が本郭跡になります。



駐車場

熊野神社脇に駐車場があります。
上段から車で来ると、道下に駐車場が見えますがダイレクトに行くことは出来ません。
神社入口のある下段から入って下さい。



駐車場から見た神社裏にある小川は堀の名残と思われます。


本郭跡

本郭は眺めの良い上段かと思いきや、
下段の神社があるこの場所にあるのが以外でした。
予想を裏切られた感があるので、もっと詳しい縄張りが知りたいところです。


案内看板

案内看板と標柱が熊野神社入口にあります。


熊野神社

まずはこちらでお参りを。



完全に公園化されているのでもはや見るものは公園でしかありませんが、
冠木門が見えたので行ってみることにします。


冠木門

冠木門はあれど、公園のモニュメントのひとつでしかないような感じです。


荘田城址の歴史

荘田城の発祥から移り変わりが年表になっている看板です。


牛石・馬石

右側が牛石、左側が馬石です。
沼田景泰が小沢城へ移る際、乗っていた牛や馬が景泰との別れを悲しんで
石に化けたという言伝えがあります。


古代体験広場

ここでは井土上町下区長の許可を得れば、バーベキューをすることが出来るようです。



上段に登る道です。
上は公園になっているのでこの他にも上に繋がる道があります。
ちなみに、駐車場からも上の道に出る道があります。(3本ほど上に登る道があります)


時計台

公園の上段へやって来ました。
こちらは荘田城というよりはそれよりずっと前に築かれた
古代の様子が再現されていたようです。


物見櫓跡

以前はここに物見櫓があったようですが、現在はこのように建物部分は撤去されています。


堀跡

古代の溝跡とされている場所が復元されています。
この奥に、以前は竪穴住居が復元されていたようですが
こちらも現在は撤去されています。


トイレ

公園に設置されているトイレ。


荘田城公園入口

上段の道から入る入口ですが、この辺りには駐車場がありません。
この入口には公園の案内看板も設置されています。



入口にある案内看板は木の陰に埋もれています。^^;


荘田城址公園案内図

上段だけが公園かと思っていたら、上段、下段とも合わせて
荘田城址公園だったんですね。


あずまや

公園らしく遊具が設置されています。
ここからは木々が無ければ眺めが良さそうなので物見に利用したであろうと
推測出来ます。



公園として整備されているので比較的行きやすい場所だと思いますが
城跡としてはあまり遺構は残っていないのと、手元に資料が無いので
詳しい所(縄張り)がよくわからなかったのが、ちょっとモヤっとしているところです。
もう少し城郭の情報が知り得たら書き足していこうと思います。


令和元年7月6日登城



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参考書
群馬の古城―歴史散歩してみませんか強者どもが夢の跡 (北毛編)
山崎 一
あかぎ出版
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