むぎの城さんぽ

日本100名城&続日本100名城を巡っています。
近頃は山城歩きもエンジョイしてます!

宝積山光前寺(長野県)

2019年01月18日 07時59分06秒 | その他史跡
宝積山光前寺ほうしゃくざんこうぜんじ
別名
構造寺院
造営者本聖上人
造営年代860年(貞観二年)
指定史跡国重要文化財(弁天堂)
場所駒ヶ根市赤穂29 地図

開基本聖上人は比叡山で修行の後、太田切黒川の瀑の中より不動明王の尊像を授かり、
駒ケ岳の麓の地に寺を開かれました。
古くは武田・羽柴家等の武将の保護を受け、特に徳川家からは地方寺院としては破格の
六十石の寺領と十万石の大名格を与えられるなど、隆盛を極めました。
樹齢数百年の杉の巨木に囲まれた境内には、十余棟の堂塔を備え、長野県下屈指の大寺で、
南信州有数の祈願霊場として広い信仰を集めています。


仁王門

昭和十九年に再建された仁王門。
門内の金剛力士像は室町時代に七乗門院雲慶十三代慶延法が作ったとされています。
屋根には鯱鉾が載っています。


杉並木参道

苔の古道とも呼ばれ、参道石垣の隙間に「光り苔」が昔から自生しているところです。
近年は光り苔を取って行ってしまう者がいたり、量が減って来ましたが、
光線に反射して美しく神秘的な光を放っているそうです。
残念ながら、石垣の隙間を覗き込んでも一度も見たことがありません^^;
もっとも、そもそもこの時期には見られないのですが。


三門

三門は1848年(嘉永元年)に再建されたもので、山門ではなく三門と書きます。
涅槃に入る為の三解脱門の意味だそうで、楼上には十六羅漢が安置されています。


三本杉

境内には多くの大杉がありますが、この三本の大杉は
樹齢およそ七百年といわれる巨木です。


弁天堂

弁天堂は、1576年(天正4年)の建立で堂内には室町時代末期の製作になる厨子があります。


一切経蔵

1802年(享和2年)再建されたもので、多くの経巻とともに霊犬早太郎報恩のため奉納された、
遠州見附の満宮に奉納された大般若経六百巻ほか、多数の宝物が所蔵されています。


本堂

1851年(嘉永4年)に再建されたもので、外観は入母屋唐破風造りこけら葺きの建築様式です。
本尊は不動明王・八大童子を祀っています。
ここでお参りを済ませ、早太郎の置きもの付きの「早太郎みくじ」を引いてみました。
結果は…中吉でした。


延命水

本堂の脇には、裏山の清水が引かれ、
冷水に命も延びるようだという思いから延命水と呼ばれています。
ここで延命水を飲んで、先程のおみくじを縛って先へ進みました。


早太郎の墓

「霊犬 早太郎伝説」は幼き頃に聞かされた民話で、私も自分の子供に絵本を買い与えました。
~遠州府中(静岡県磐田市)見付天神社では田畑が荒らされないようにと、
毎年祭りの日に白羽の矢の立てられた家の娘を、
生け贄として神様に捧げる人身御供という悲しい習わしがありました。
村を通りかかった旅の僧が祭りの夜に様子を窺っていると、大きな怪物が現れました。
『信州信濃の早太郎。早太郎には知られるな』などと言いながら、娘をさらって行きました。
すぐに信州へ向かい、光前寺の早太郎を借り受けると、
早太郎が娘の代わりとなって怪物(正体は老ヒヒ)と戦い、退治しました。
早太郎は化け物との戦いで傷を負いましたが、光前寺までなんとか帰り着くき、
和尚さんに怪物退治を知らせるかのように一声高く吠えて息をひきとってしまいました。~

という伝説が残されています。
その早太郎のお墓がここにあります。



こちらには、大坂冬の陣・夏の陣で豊臣方の真田幸村の配下で戦ったという
「上穂十一騎」の碑があります。
いままでこちらまで足を運んだことがなかったのでこのような碑があることを
知りませんでした。
早速見に行ってみましょう!


上穂十一騎之碑

駒ヶ根一帯を治めていた千村氏の家臣11名が真田幸村の味方をするため、
密かに大坂城に入城しました。
駒ヶ岳大弐坊・春日昌義・小林義国・塩木九四郎・湯原三四郎・田中員近・北村政明・荒井圓書之助・
横山五郎・北原春之助・木下大隅で、大阪冬の陣においては真田幸村部隊に味方し、
出城である真田丸において奮戦し武功をあげたと伝えられています。
また、夏の陣では伊達政宗軍と戦い徳川方本陣にあと一歩のところまで
迫りながら、全員討死となりました。


三重塔

三重塔は、1808年(文化5年)の再建で塔内には五智如来を安置しています。
高さ五丈六尺四寸(約17メートル)で、立川和四郎の手による品格のある彫刻が施されている。
そして、早太郎の石像もあります。



延命水から流れ出た水は、一段下の水堀のような水路に流れ出ています。



寒さで動かない鯉。


鐘楼

昭和35年に開基1100年記念に再建された鐘楼の大梵鐘は、
重量360貫(1340kg)あるそうです。
早速ここで煩悩を振り払うべく鐘を撞いてお祈りです。


大講堂

昭和55年に本尊である不動明王の御開帳記念事業として建立しました。

こちらのほうにお札や御守りが売っているので、御守りを買って帰ることに。


荒城

光前寺のお隣には「荒城」や背後には北割の古城があります。


すぐそこに「城址が~」とひとり呟きながら、今回は実家の両親を連れての
初詣ということで大人しく帰ることにしました。
光前寺にしても、お隣の家族旅行村にしても若い頃にはよくドライブに来たり
していたのに周囲に城址があることにはまったく気付いていませんでした。
その頃土の城には興味がなかったからですね^^;


平成31年1月3日訪問



日本の伝説 はやたろう
石井 勉
子どもの未来社
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