むぎの城さんぽ

日本100名城&続日本100名城を巡っています。
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矢沢城(長野県)

2019年05月15日 08時16分03秒 | 百名城以外の城
矢沢城やざわじょう
別名
構造山城
築城者矢沢薩摩守綱頼
築城年代天文中期
指定史跡
場所上田市殿城 地図

真田幸隆の弟である綱頼が矢沢家を継ぎ、居城としていたのが矢沢城です。
幸隆の子、真田昌幸の家臣としても活躍していました。
真田信繁(幸村)が越後の上杉景勝に仕えていた際は矢沢綱頼の子である三十郎頼定が
信繁の供として越後春日山へと出向いています。
徳川軍との上田合戦の際には三十郎頼定が矢沢城を守り徳川軍勢を退けたと伝わります。
後に真田信之に従い松代へ移り、廃城となりました。



駐車場
右の民家隣に4台分ほどの駐車場があります。
満車の場合は少し歩きますが矢沢陣屋の駐車場を利用できます。


案内看板
駐車場の道向かい、矢沢城址公園登り口付近に案内看板があります。


大日堂

建て替え中の大日堂。
このブログを公開する頃には完成してることでしょう。



登り道の途中から見える伊勢崎城(虚空蔵山城)。



ここから各郭が配されています。



左右に郭があります。




石で囲ったこの場所には池があったとされています。



西側は帯郭のように細長い郭が段状にいくつも配されています。


英霊塔

英霊塔のある郭です。



奥の郭には石碑とあずまやが見えます。


石碑とあずまや

あずまやと石碑(家臣である田中氏の碑)があります。


神社

主郭下にある神社はの云われは不明ですが、城内それも主郭に近い位置にあることから
矢沢城の守り神であることが想像出来ます。(詳細がわからないので想像です)



神社背後に石垣が見られます。
この石垣の上が主郭になります。


主郭

遊歩道のごとく道なりに神社から主郭へと登って来ましたが、
本来の大手道としては神社裏を通り、二の郭へ入り主郭に進むのが当時のルートだったらしい。


二の郭

主郭からゆるく北側へ一段下がったところに二の郭が続いています。


城山公園碑

これが全部読めると城の歴史も読み解くことができるのでしょうが
漢字しかないこの碑はいつ見ても文字の一部しか読めません。
それでもところどころ拾って読むとなんとな~くこの地の歴史が刻まれていることが
わかります。(内容まではわかりません)


堀切

二の郭から三の郭側を覗き込むと、かなりの高低差のある堀切で切られています。



二の郭の西側の一段下へ降りて来ました。


歌碑

二の郭の下段にある歌碑ですが…やはり説明板でもなければ誰の何の歌なのかわかりません(>_<)
公園によくある光景です。



二の郭下の帯郭を通り、三の郭方面へ。



堀の中に一部石垣があります。
ここに土橋または二の郭から三の郭への橋が架けられていたのではないかと思われます。


三の郭
三の郭には小さな祠が祀られています。


四の郭

ここから見る三の郭と四の郭の間の堀切は浅いものですが、二の郭と三の郭の間の堀切同様
西側は傾斜が緩いため、竪掘状に掘り下げてあります。


住まいは城下に置いていたそうで、矢沢城の眼下には未だに古い街の縄張りを
見ることが出来ます。
矢沢陣屋と一緒に散策するとでこの集落と城の関係性が見えて来ます。
周囲にも支城が目視出来る範囲に点在していて真田の郷の守りの要であったことも
見てとれます。


平成31年3月31日登城


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信濃の山城と館〈3〉上田・小県編―縄張図・断面図・鳥瞰図で見る
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