むぎの城さんぽ

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桃瀬の水牢(群馬県)

2018年11月19日 05時30分42秒 | その他史跡
桃瀬の水牢ももせのみずろう
別名
構造水牢
設置者斎藤氏
設置年代1521年~1528年(大永年間)
指定史跡町指定史跡
場所吾妻郡中之条町横尾1648 地図

水牢は、人を水の中に入れる水責めの一種で主に年貢の取り立てに
使われたといわれています。
水牢跡は沼田藩の中でも吾妻東部だけに残されている遺構で
全部で八ヶ所あったと伝わり、この地が最も原型をとどめている場所です。
吾妻東部にしか見られないものなので、中世における岩櫃城主斉藤越前守(岩下衆)が使ったものと推定され、
それを近世になり真田伊賀守も使っただろうと考えられている数少ない貴重な遺跡です。



水牢

12m四方に粗朶(そだ)をゆい、木戸を設け、周囲は石垣で、
女は水を70cm位にし、子供のある者は背負わせ単衣(ひとえ)にさせ
5人ぐらいを袖に縄を通してつなぎ入れたといわれます。



男は首の浸かるまで入れたといい、体温低下により死んだ者もいたという。
この悲惨な姿を見て、人々にすがり年貢を納めたのだといわれている。


入口

ロマンチック街道を走っていると、このような看板が目にとまり急遽寄り道しました。


横尾八幡城から岩櫃城へ移動中に六文銭の看板が目に飛び込み、Uターンして確認。
行ってみると…なんとも悲劇な現場に来てしまいました。
しかもこの付近だけにあった話とあって、この地に住んでいた人たちはなんとかわいそうな…。
なんともひどい話だ。
本当に真田も便乗したのか定かじゃないが
生活用水に使ったという平和な話であってほしいと個人的に思ってしまいます。


平成30年11月18日訪問


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