むぎの城さんぽ

日本100名城&続日本100名城を巡っています。
近頃は山城歩きもエンジョイしてます!

金比羅山砦(群馬県)

2018年03月07日 06時56分08秒 | 
金比羅山砦こんぴらやまとりで
別名物見山砦
構造物見
築城者不明
築城年代不明
指定史跡
場所富岡市黒川 地図


金毘羅社を勧請したことで金毘羅山と呼ばれるようになりました。
そして物見山とも呼ばれていることから、この地は戦国期には物見や狼煙を上げる
伝達の重要地点であったと考えられます。



参道からでなく、ちょっとズルして山頂に近い道路側から登ってみました。


堀切

道路から山に入るとすぐに堀切が見られます。



かなりはっきり確認することができるのですがどのくらい前に
造られたものなのかわからない。



堀切は南側へ大きく周り込んでいます。



堀切を見たあと、獣道のような誰かが歩いたあとを辿って
頂上を目指します。



途中、参道と合流し、そこから登るとすぐに虎口かな?と思わせるカーブに出ると
金比羅社が見えて来ます。


金比羅社



案内看板

小幡羊太夫が官軍と戦ったことから物見山と名付けられたと言い伝えがあるようです。
江戸末期には金比羅様を祀ったことで金比羅山と呼ばれるようになりました。



この社を覗き込むと、更に小さな小窓が見えて、その小窓の奥に石祠が見えるようになっているのがすごい!
おもしろいカラクリで造られた社だなあと感心しました。
ただ単に空気を取り入れる為だけに付けられた小窓とは思えない造りです。


石祠

金比羅社の裏手に廻るとこのような石祠があります。
金比羅社の正面でお参りすると、自然にこの石祠にもお参りしたことになります。



社を背後から見るとわかるのですが、正面から社内を覗き込んだ時に
石祠が見える位置(低い)に小窓が造られているのが解ります。
普通に付ける窓の位置でないことが解ります。



社の背後に郭が広がります。
少し藪になってますがこの時期なら散策できる程度に歩けるので
広さを確認することが出来ます。



木々が生い茂っているので眺望は望めないので物見としては実感が
湧きませんが、この木々が無かったら見渡すことが出来ていたのでしょうね。


腰郭

東側の腰郭。
主郭を取り巻くように周囲に一段下がって腰郭が配されています。







道路に戻って来ました。
ここに小道があるのでいってみると…


一之宮貫前神社方面

物見山では見られなかった眺望が望むことが出来るので
中腹ではありますがここで物見の気分を体験することが出来ます。


黒川城方面

鉄塔が見える左側が黒川城になります。


道路のカーブが広くなっているのでそこに駐車することが出来ます。
通行の妨げにならない場所を選んで道路側から登って行くと近いです。

物見山と呼ばれていたことから戦国期は物見や砦として使われていたのでしょう。
この周辺には黒川城、宇田城、高田城など多くの城跡が存在します。
それらを見張るためだったり、伝達のポイントとしても適した場所だったのでしょう。



平成30年2月10日登城



信濃をめぐる境目の山城と館 上野編
宮坂武男
戎光祥出版
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