むぎの城さんぽ

日本100名城&続日本100名城を巡っています。
近頃は山城歩きもエンジョイしてます!

平井金山城(群馬県)

2016年10月08日 21時32分27秒 | 百名城以外の城
平井金山城ひらいかなやまじょう
別名平井詰城
構造山城
築城者上杉憲実
築城年代1438年(永享10年)
指定史跡県指定史跡 
場所藤岡市下日野  地図


関東管領山内上杉氏が平井城の詰め城として築いた城である。
標高326mの金山山頂に本丸、尾根筋に築かれた県指定史跡の城です。

駐車場

駐車場もあるのでここに車を停めて山頂を目指します。
飲み物も忘れずに。
体力使います。


駐車場内にある案内図

看板の左下のボックスにパンフレットがあります。
雷が落ちやすいのか案内看板の下の方には雷が鳴った時の避難方法が書いてあります。
このことは本丸のや井戸曲輪の案内看板にも書いてあったり、避難小屋があることからも
天候の悪い日は、注意が必要なんだと思われます。


城登山口

登山道入口に建てられた案内板
民家脇の道を通り登山道へ。


登山杖保管箱

このボックスの中に杖が数本保管されていたので中から取り出して拝借。
この杖は杖としてだけでなく、途中のクモの巣払いに大いに役立ってくれました。



わりときつい坂道を登り始めて最初の票柱です。


足場はところどころ整備されたふうになってますが結構傾斜もあったり、滑りやすい路面です。

林に入り、しばらく歩くと低い石垣が見えてきます。


低い石垣が階段のようにいくつもあります。

木々がうっそうとしていて夏場は林の中に入って行く気力はないのですが、冬場になると奥の方まで入って行って
見ることができます。


ここは居住に使われていたようです。


平井詰(金山)城の本丸跡へ登る道

低い石垣群の突当りまで進むと、今度は急な登り道になります。
敵兵に攻め登られないように登り口と八合目の物見台跡付近が急になっています。



すれ違いが難しい細い登り道が続きます。


尾根

尾根に突き当たります。
右に行くと物見台があり、下には堀切があります。


物見台の階段跡

物見台に上がる石の階段が残っています。


物見台

眼下には平井城が見えるはずですが木々が生い茂っていて眺めはあまり良くないです。
周囲の木が無ければぐるりと眺めが良かったことと思われます。


堀切

はっきりと判り易い堀切です。


虎口

急斜面にある虎口です。


清水刻字岩

清水の湧き出す所を示す道しるべの役を果たした岩です。



腰曲輪

細長い曲輪が続きます。



尾根上の曲輪群からなり、右の道に行くと堀切や土橋、虎口などがあり、真直ぐ進むと
主郭(本丸)に到着します。


本丸





狼煙


ところどころ落ちてしまってる看板

1438年永亨の乱が起こり上杉憲実が立て籠もり、足利持氏を迎え撃ったという。

※現在は落ちていた看板と本丸の標柱は松の木に針金で縛ってあります。(2度目の登城で確認)


本丸南面大石垣遺構

本丸の南面には巨大な石垣跡があります。
井戸曲輪にも大きな岩が利用されていることから、この石垣ももともとここにあった巨石を
利用して造られた石垣かなと私なりに想像してみました。


避難小屋

本丸隣に登山者のための雷避けの避難小屋があります。
本丸にはアンテナが立てられているので雷も落ちやすいのかもしれません。


虎口

こちらの虎口は大手道の方から登って来る方の虎口です。
ここには堀切や土橋、小高い土塁も見られます。


土橋

堀切にかかる土橋を渡ると本日二つ目の避難小屋に辿り着きます。


井戸曲輪

避難小屋の下には井戸曲輪があります。
湧水が少ないため一時的な水場として使われていたと考えられています。



岩盤をL字に削って水を運び込んで使用していたとみられる。
ここまで水を運んだとすればものすごい労力ですね。
きっと雨水などを溜めたりもしたことでしょう。


今回も井戸曲輪までで引き返しました。


井戸曲輪の先を進んで山を下るとこちらの集落に出てて来るようです。

こちら側の登山道には駐車場も無く、車は最初に案内したした駐車場に置いて歩くしかありません。
時間と体力のある方は駐車場側から登ってこちらに下り、駐車場へ戻るというコースで一周するのが
良いと思います。


尾根沿いにかなり遺構が残されていて山城が好きな人は結構見所があるのではないかと個人的には思います。
一度も登山者や登城者には行き会うことはなかったですが、地元の方か管理者が様子を見に来ているのかなという
感じもありました。




平成26年1月18日登城

平成28年10月8日再登城


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2 コメント

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櫓門跡、「かろうと岩」、大手門跡も当時を忍ばせます (松山 哲)
2018-12-10 23:29:14
前略。むぎさんが訪れたときの写真を見ると、足元にはさほど枯れ葉がなくて、それぞれの場所で地面が見えてますね。つい先日、私も行ってみましたが、今年は落ち葉がかなり厚く積もっていました。

井戸曲輪まで行って、いったん戻って更に北尾根に進むと、多少荒れてはいますが、櫓門の跡~かろうと岩にかけて、しっかり石垣が残っていますね。綺麗に整備されてはいない分、私は戦国期当時の雰囲気を感じられるように思いました。
かろうと岩が近くなると、ゴルフを楽しんでいる人達の声も近くなるので、怖くないですよ。次回は、探索してみてください。
Unknown (むぎ)
2018-12-12 07:04:57
~松山さま~
しばらく行かないうちに新しい看板等もあるようでまた行かなくちゃかなあと思っていたところです。
また、見直すとピンボケの写真が多くひどいものです^^;
この時は攻城団の平井金山城のカバー写真を撮りに行ったので北尾根の方まで行きませんでした。他にもまだまだ散策する場所があるので折を見て行ってみたいと思います。でもここ、運動不足には登りがちょっとつらいのよねえ^^;

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