むぎの城さんぽ

日本100名城&続日本100名城を巡っています。
近頃は山城歩きもエンジョイしてます!

足助城(愛知県)

2019年10月09日 12時39分13秒 | 百名城以外の城
足助城あすけじょう
別名真弓山城・松山城
構造山城
築城者鈴木氏
築城年代不明
指定史跡
場所豊田市足助町須沢39-2 地図

足助城は、真弓山の山頂に築かれた足助氏が居城した戦国時代の山城です。
現在復元されているのは鈴木氏が築城した15世紀以降のもので
発掘調査に基づき復元されています。




城下から真弓山山頂を目指して来ると、迷うことなく入口までやって来ました。
ここを左折してまもなく到着します。


管理棟
管理棟の前に駐車場もあるので、公園になっているだけあって車で来ると楽に来られます。
ここで入館料を支払って入城です。
こちらで、御城印が購入できます。
日付はお願いすると帰りまでに書いて用意しておいてくれるので、お願いして見学へ。


入口

さて、入城です!
門を過ぎて、奥に見えるコーナーを曲がると…



どうですか!この光景
思わず「おお~
と、舞い上がってしまいました。



見学順路としては、本来こちらの南腰曲輪から西の丸方面へ行き
本丸へと進むはずでしたが、現在は落石の恐れがあるため通行止めになっています。



と、いう訳で堀切を見ながら順路を逆に登って行きます。
でも本丸には最短ルートとなります。



本丸はすぐそこです!
近い、近い(^^♪


長屋
本丸まで登りきるとまず、長屋~。


本丸

本丸には髙櫓と長屋が復元されています。
発掘調査によって掘立式の建物があったとされ、再現されています。


長屋内部

本丸にあるこの長屋は、武者溜として警備をしている武士が居住したか、
武器を入れる物置であったのか、正確なところは分かっていません。
ここに掲げられている縄張図は受付でもらうことが出来ます。


高櫓

天守ともいうべき役割をしていたようで、シンボル的な建物でもあります。
最初の頃はこのような現在の天守的な恰好をしていたかというと
ちょっと違う気がしますが、時代はもっと新しいものを想定して復元しているようなので
これも雰囲気としては、我々を喜ばせてくれる建造物です。


一階

奥から入って来たひとは土足でしたが、靴を脱いで上がってくださいね!
二階に上がるとその理由もよくわかります。


上棟札

柱に打ち付けずに、展示されています。
このスペースは「上段の間」的な場所なのか、天井部分は
二階の床にかかっていないので城主の上を歩くということが無い構造のようです。


厠(かわや)

覗いてみたら…トイレでした^^;


階段

高櫓は二階建てになっています。
早速上の階に登ってみましょう!


二階

二階は櫓や天守では珍しい、畳敷きになっています。


眺望

高櫓からは城下町と主要の街道が見渡すことが出来ます。


南物見台

この櫓は南方にある鶏足城との連絡を取る役割をしていたと考えられています。


南の丸
はねあげ戸をくぐり、南の丸へ。
こちらは足助城の台所となります。


南の丸

この曲輪は台所として使われていた曲輪でカマドと厨の建物が復元されています。


カマド小屋
この辺りからは焼けた石が並び、木炭や灰が散乱していたことから
炊事などに使われていた竈があったものと推定され、復元されています。


厨(くりや)
中を覗いてみました。
ちょっと生活感のある造りです。
平時は草鞋作りもおこなっていたようで、実際このあと足助の街中で若い子が家の庭先で
草鞋を作っているのを信号待ちの際に目撃しました。
現代の今でも、おそらくみやげものとして売るためか、お祭り用なのか作っている姿を
普通に見かけるとは思ってもみなかったです。





囲炉裏
囲炉裏のある長屋で、いわゆる台所になります。
ここで食事の用意がされていたのでしょう。


はねあげ戸

普通の板の扉とは違って、仕掛けのような面白い造りの戸です。
この頃の時代には多用されていたようです。


本丸腰曲輪
南の丸から西の丸へ。
ここから下を覗き込むと立ち入り禁止区域が見渡せます。


礎石

足助城で礎石を使った建物跡がみつかったのはここだけのようです。


西物見台

岩盤に建てられたこの櫓は、この曲輪に他の建物があったため、
二階建てにして物見のために高さを増しています。


矢倉内部

矢倉との中には倉庫になっており、弓や矢などの武器が納められていました。


西曲輪

この曲輪には敷地いっぱいに建物があり、2棟以上が柵ギリギリまで
建ち並んでいたと考えられています。



右側の西の丸と南の腰曲輪を結ぶルートは立ち入り禁止になっています。
この先に山の斜面からの湧水を溜めるための井戸も見られたのですが見学叶わず。


北腰曲輪

最後に北腰曲輪を見て戻ることに。


北腰曲輪群

段々に下方に延びる曲輪群です。


高速道路で豊田付近を通過するといつも気になっていた足助城に
よやく登城することが出来ました。
期待した通り見応えがありました。
まるで撮影用のセットにも見えなくはないですが楽しかったで、
娘たちも連れて来たかったなあ。


令和元年9月29日登城


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にゃんこ店長
にゃんこ店長



今回の参考本
愛知の山城ベスト50を歩く
愛知中世城郭研究会,中井 均
サンライズ出版

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