むぎの城さんぽ

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小沢城(群馬県)

2019年07月24日 06時53分15秒 | 百名城以外の城
小沢城おざわじょう
別名沼田館・沼田城
構造崖端城
築城者沼田景朝
築城年代1405年(応永12年)
指定史跡市指定史跡
場所沼田市甲2038 地図

小沢城は三浦系・沼田景朝が荘田城から移り、小沢川の崖端に築いた城です。
沼田氏の幕岩城へ移るまでの4代114年間、居城にしていました。



入口
四釜川の崖端に築かれた城で、入口には「沼田平八郎景森の墓」の看板があり、
従うように道を登ると小沢城(法城院)に辿りつきます。


法城院

現在は法城院があるこの場所に案内看板が設置されています。



内郭の南側(崖側)は蒟蒻畑になっています。


平和観音尊像

この辺りに内郭と中郭との間の土塁と堀、虎口があったと思われますが
今は土塁はなんとなく名残が見え、堀は見当たりません。


土塁と虎口

内郭の土塁は東側に残されているものが比較的良好に残っています。
墓地のあずまやの右側に見える土塁がしっかり残っています。


沼田大明神

沼田氏旧臣の離反を恐れ、景義の遺骸を此所に葬り沼田大明神として祀った神社です。
また法喜庵(法城院)を建て霊を弔いました。


沼田平八郎景森の墓

沼田景義は沼田城主12代顕泰の側室の子で沼田氏最期の主将です。
この墓は、金子一族の子孫である利根村大原金子重右衛門照泰らにより作られ、
1780年(安永7)年納められたものです。


土塁

外側の土塁いは良好に残っています。
内側にあった土塁も東側に残っている土塁と見比べてもおそらく同じ位の
高さがあったのでしょうが畑になってしまったのでしょう。


虎口

間知ブロックで補強されていますがはっきりとわかる北側外の虎口です。


空堀

虎口を出ると、そこには空堀があります。
堀と土塁で高さを増しています。



堀底が道になっていますが、堀であったことがよくわかります。



内側から見た北の虎口です。


中城

この面が広いので、がっつり畑になっています。



内郭と外郭の境界となる土塁は、このように何も残っていません。


井戸

昔からあった井戸を現代でも畑に利用しているのかと思って注目してみたのですが
帰宅して縄張り図を見てみたものの、井戸の記載はありませんでした。
位置としても井戸があっても良い場所だと思ったのですが…。


東の虎口
東の虎口から右に入って行けそうだったのでちょっと様子を見に行ってみました。


東南の虎口

わずかな土塁が残っていて、奥には草で覆われていますが下に続く階段がありました。
この道は古くからあるもので南の虎口へと繋がる道であったようです。


沼田平八郎景森の墓の看板があったものの城跡への案内看板がみつからなかったので
周辺をうろうろしてから法城院へ。
何も残っていないのかと思いきや、土塁も堀も残っていて特に北側の堀と土塁、虎口のセットが
良い感じであったので収穫あり!でした。
ぜひ、北側をご覧くださいませ


令和元年7月6日登城


戦国史 上州の150年戦争
簗瀬 大輔,久保田 順一
上毛新聞社 出版部

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