むぎの城さんぽ

日本100名城&続日本100名城を巡っています。
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須坂陣屋(長野県)

2019年09月11日 07時57分34秒 | 陣屋・館
須坂陣屋すざかじんや
別名須坂藩御館
構造陣屋
築城者堀直升
築城年代1617年(元和3年)
指定史跡
場所須坂市須坂 地図

須坂陣屋は須坂藩一万石を堀氏が14代に渡り治めて来た須坂地方の陣屋です。
堀氏は元々奥田姓を名乗っていましたが、秀政が信長に仕えていた秀吉に
堀氏を名乗ることを許されたことで奥田氏から堀氏へと改姓されました。
現在跡地には須坂小学校と奥田神社があり、須坂小学校北側に石垣、
神社境内に鐘楼が残されています。


鳥居

大手道から見た奥田神社です。
駐車場は教育会館の駐車場を利用しました。


案内看板

鳥居をくぐって、左手にある案内板です。


須坂藩 館の図

江戸時代末期に描かれた須坂藩館の図です。
版籍奉還後に東京鎮台の所轄となり、廃城となりました。


詞碑

須坂町役場から上高井教育会館と使用され、役目を終えたたことの記念碑です。
堀氏の御館時代から長い間藩政の中心であり、近代まで町政の要の場所でした。


手水

結局この日は周辺散策のせずに奥田神社へ参拝して次へ。
いつもながら急ぎ足の訪問となりました。


由緒の石碑
上高井招魂社の由緒が書かれた石碑です。


上高井招魂社

戊辰戦争での戦没者とシベリア事変、支那事変、日支事変、大東亜戦争の将兵の
英霊を合祀し、「須坂護国神社」とされ臥竜山にありましたが、明治12年4月に
この地へ移祀しました。


奥田神社
奥田神社は、堀氏のもとの姓である奥田氏の神社で
初代藩主直重と13代直虎を祀った神社です。


鐘楼

教育会館敷地内にある「時の鐘」は、須坂藩第8代藩主堀直郷公が造り、館の北西隅に建てたと伝わります。
しかし、鐘は第二次世界大戦で供出してしまったため、現在の鐘は平成12年に寄贈されたものです。



奥田神社を「叒譜の杜」に。
江戸時代に描かれた桜の図鑑が市の指定文化財として市の博物館に所蔵されています。
その直虎公が描いた図のように境内を「叒譜の杜」にしようという計画のようです。



最初、小学校側の石垣を「見事だなあ~」と見ながら歩いているところに
犬の散歩をしている女性が歩いて来て、私を不審そうに見ていたので
そのまま何もなかったかのようにあいさつしながらすれ違い、奥田神社へ行きました。
相手からの返事は無く…とてもカメラを構えられる状況ではなかったので、
石垣をカメラには納めることなく、通り過ぎて来てしまいました。
石垣はカメラには納められませんでしたが、小学校と神社の間には確かに石垣と水路が残っていることを
この目で確認出来ました。
カメラ2台持ちはやっぱり異様なのでしょうか…余程関わりたくなかったのでしょうね
何もしてないんですけど


令和元年8月11日訪問



こちらの本を参考にしています
縄張図・断面図・鳥瞰図で見る信濃の山城と館〈8〉水内・高井・補遺編
宮坂 武男
戎光祥出版

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