むぎの城さんぽ

日本100名城&続日本100名城を巡っています。
近頃は山城歩きもエンジョイしてます!

六川陣屋(長野県)

2019年09月05日 07時12分00秒 | 陣屋・館
六川陣屋ろくがわじんや
別名椎谷藩六川陣屋
構造陣屋
築城者堀著朝
築城年代1792年(寛政4年)
指定史跡町指定史跡
場所上高井郡小布施町都住101-1 地図

六川陣屋は椎谷11代藩主堀著朝の代から六川に陣屋が置かれ
明治の廃藩置県まで続きました。
支配領地は、六川・中子塚・中条・清水・羽場・中山田・奥山田・草間・大熊
中御所・問御所の11ヶ村でした。
藩祖は堀直之で、藩祖の父堀直政は主家堀秀政の与力大名として活躍しました。



小松軍治翁碑

六川通りにやって来ました。
陣屋の御門があったであろう場所付近に石碑です。
御門跡とでも書いてあるのかと思って近寄ってみると「小松軍治翁碑」と記してあります。



小松軍治翁碑の道向かいにも何やら石碑がありました。
木に埋もれて何の石碑なのかわかりません。
田畑に水を引き込むための水門でもあった場所なのか・・・?
小松軍治という人物もわからないのでどちらの石碑ももう少し調べて
分かったことがあったらまたここに書き込もうと思います。


六川大庄屋(寺島家)

寺島家は代々六川村の名主役を務めていました。
椎谷領となってからは元締として大庄屋役となり、寺島家からは椎谷藩代官も務めました。
俳人「小林一茶」が訪れたことでも知られています。



この先、奥に神社と高札場、六川陣屋の案内看板があります。
※駐車場はありません。



椎谷藩領となった際、陣屋が置かれ寺島善助をはじめとする豪農4人が
六川役所勤めをしていました。


標柱・高札場

復元された高札場と六川陣屋跡の標柱があります。
長野市内では多く見られる高札場で、見慣れて来ました^^;


案内看板

高札場の向いには案内看板があります。


縄張図
慶応4年現在の新計画縄張図。
新計画とあるのでこの図のようになっていたのかは不明です。
点線で記された御殿や奥御殿の辺りが新計画の部分でしょうか。


一茶の句碑

よ~く見たら、小林一茶の句碑でした。
陣屋跡の一棟に邇言学校を設置、文化人が江戸から集う土地柄だったようです。


奥田神社(稲荷)

神社になっていることでここだけは公共の場となっていますが
周囲は宅地になっているため、陣屋跡を散策というわけには行かず
その面影は残念ながらあまり偲ぶことは出来ません。


民家の中にある神社。
車で走っていると見落としそうな場所です。
それでも六川通りを注意深く、きょろきょろしていると石碑や看板があるので
見落としを含めるとまだまだ散策の余地がありそうです。


令和元年8月11日訪問



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