mugifumi日誌

海外旅行の体験などのほか園芸、料理などの生活雑感を思いつくままに綴っています。

旧ユーゴスラビア4カ国の旅<ドブロヴニクからモンテネグロの「コトル」へ>

2018年04月10日 | 旅行記
<Mugiko>
 今日は、お隣の国モンテネグロのコトルを見学して、午後からはドブロヴニクに戻って「自由散策」となっているけれど、戻ってからどこを見ればいいのかしら?
<Mugio>
 それも考えなければとは思うが・・・、その出発前の予定だけれど、ホテルネプチューンに連泊だからスーツケースの整理と廊下への搬出がないので楽ちんだね。モーニングコールが7時00分、朝食が6時30分、ロビー集合・出発が8時30分だから時間の余裕がありそうだもの。
<Mugiko>
 あら!今日は、いつものような「〇〇の朝」という記事はないの?

 <朝からこんな美しい景色が!>


 <朝から大盛り?>


<Mugio>
 今朝は、昨日と同じホテルだから朝食の写真は遠慮しようと考えて、何か良いものがないか探したのさ。そうしたら、朝7時に部屋からご覧のような素晴らしい景色が撮影できたんだ。
<Mugiko>
 それなのに、恥ずかしくもなく、「大盛り」の朝食を掲載したの?
<Mugio>
 嫌みは言わないでよ。
 ところで、バスは、予定通り8時30分過ぎに出発してモンテネグロのコトルに向かったけれど・・・
<Mugiko>
 何かあったの?
<Mugio>
 15分ぐらい走ったところでバスを止めていただいて、高台からドブロヴニクのパノラマ写真タイムをとってくれたのさ。Aさんに感謝感激雨霰だね!
 本当は、2010年にスルジ山のロープウエイが復旧すると聞いていたけれど、私たちが訪問したときには開通していなかったみたいだね。

 <海と島と船>


 <こちらが本命のドブロヴニク>


<Mugiko>
 私たち、船に縁があるのかしら?
<Mugio>
 ホテルからの写真は、僕が撮影したものだけれど、君の方が腕が良いのか?素晴らしい景色の様子が伝わってくるね。下の写真も同じ場所から撮影したもので、こうして並べると、おもしろいものが撮影できたと思うね。
<Mugiko>
 ここを9時頃に出発して、約1時間バスに揺られて国境近くのガソリンスタンドでWC休憩になったけれど、この先あたりからコトル湾が陸地に食い込むなど複雑な地形になっているのね。
 そのため、カメナリ(Kamenari)という港からレベティン(Lepetane)という港までフェリーに乗って湾をショートカットするそうよ。
<Mugio>
 言葉だと分かりにくいから、コトル湾を描いたマップを掲載しようか!(このブログ記事には掲載できないようです。)
<Mugiko>
 この地図では、左側の陸地に「Bijeta」、その先に緑色で「E65」という表示があるけれど、この間に「カメナリ」という港があるの?
<Mugio>
 そういうことだね。そして、その対岸にレベティンという港がある。この部分を拡大するとLepetaneという表示が現れ、もう少し拡大するとKamenariという表示も現れるので、目をこらして確認してみてください。
<Mugiko>
 私たちは、ここをフェリーで通過してコトル(Kotor)に向かったということね。
 でも、帰路はショートカットしないで道路のみを使うということみたいよ。

 <WC休憩のガソリンスタンド>


 <カメナリ港とカーフェリー>


<Mugio>
 カメナリ港からフェリーに乗った時刻は、10時45分ぐらいで、レベティン港に着いたのが何時だったのか分からないけれど、11時40分にはコトルに到着していたね。
<Mugiko>
 つまり、フェリーに乗ってから約1時間ということね。それで、海峡を渡る様子などは撮影していないの?

 <砕ける波しぶき>


 <駐車場から歩く>


<Mugio>
 船上で撮影した「二人で、はい!ポーズ」の写真もあるけれど、それは遠慮したよ。
 ところで、これから、世界遺産の街コトルを見学すると思うと、わくわくするね。
<Mugiko>
 地球の歩き方に「モンテネグロ西部、アドリア海沿岸のボカ・コトルスカ(Boka Kotorska)と呼ばれる地域は、複雑に入り組んだ湾を形成しており、コトルは、その湾の最も奥に位置している。複雑な海岸線と険しい山々に囲まれた天然の要塞の地であることに加え、背後の山に沿って城壁が築かれるなど、堅固な要塞都市として栄えた。」と書いてあるけれど、これからもコトルというところの地形が想像できるわね。
<Mugio>
 その通りで「駐車場から歩く」の写真のように背後から山が迫っている様子が分かるね。
 私たちは、まず、「海の門」を通って旧市街地に入ることにした。
 海の門に到着する前に左側に川が流れていて、この川に沿って城壁と城塞が築かれていたのが見えたが、この川は、シュクレダ川というらしいね。
 ということは、私たちは、コトル旧市街の北側を歩いてきたということのようだね。

 <シュクレダ川と城壁>


 <旧市街の「海の門」に向かう>


<Mugiko>
 ねえ、ねえ、モンテネグロの意味は、「黒い山」ということらしいけれど、上の写真のようにコトルの背後にそびえる山々は、まさにそんな感じがするわ。
<Mugio>
 そうだね!海の門をくぐると、「二つの人形」が出迎えてくれて、その先には「時計塔」と「武器広場」が広がっていたね。


 <以上で、「ドブロヴニクからモンテネグロのコトルへ」の記事を終了します。次回は、「モンテネグロのコトル散策」です。それでは、これにて失礼します。>
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