トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

「宗教」で読み解く世界史 その二

2021-09-25 21:40:21 | 読書/ノンフィクション

その一の続き
 第1部の内容は、特亜ウヨ並びにサヨクには到底受け入れられないだろう。読書メーターには“あんぽんたん”なる者が、以下の批判をしている。
筆者の反中国の思想が前面に出てくるので、まずはそこを許容できるかどうか。冒頭で宗教と安全保障の関連性を示したいと述べているが、中国の危険性については感情論で強調している節があり他との整合性が取れていない……

 他国人の書いた歴史でも、仮想敵国への反感が前面に出ていることも少なくないことを、“あんぽんたん”殿は知らないようだ。時期柄、中国の危険性について強調しているのは確かだが、感情論ではなく事実であり、当人こそが感情論的私論を展開。他国の歴史家が反中国思想を出さないと思い込んでいるなら、お目出度いとしか言いようがない。やはり“あんぽんたん”なるHNに相応しい。
“あんぽんたん”殿のプロフィールによれば、「30半ばにして初めて読書の素晴らしさに目覚めました。……職業上の専門は薬学でバリバリ理系ですが、その系統の本を読むことに自分の時間を費やすことはほとんどないです。また、小説を読むのも苦手です」とか。

 Amazonにも 「著者の意見が強い」というタイトルで、K.Imamura 氏がこうレビューしている。
テーマが非常に興味深いためタイトルにつられて購入したが、冒頭から「中国支配が及ぶべきではない独立文明圏」と題した地図が登場するなど、世界史の教科書では目にすることのないような表現が多いように感じた。
 第1部の東アジアのパートでは、特定の国をこきおろすことに執着しているかのような表現が多いため、事実に即した内容であったとしても「世界史」ではなく「著者史観」のような印象をのっけから読者に与えてしまうのではないかと思う。

 歴史教科書は正確無比と思い込んでいる人も少なくないが、歴史家の書いた歴史書など全て「著者史観」といって過言ではない。客観的、多角的に歴史を書くべきだ、という者がいるが、それは歴史の記述の仕方を知らないと言っているのと同じ。特定の国をこきおろすことは大歴史家もやっている。
 歴史を書くには書き手の哲学や信念が不可欠であり、中立な歴史など絶対に書けない、と言ったのは塩野七生さんだった。もし歴史上の出来事だけを記せば史実の羅列に陥ってしまい、読むに耐えない内容になる。日本の歴史教科書がその典型で、実にツマラナイ。

 私が読んだ外国の歴史教科書はインドとイランのものだけだが、インドの教科書は古代、中世、近代の歴史ごとに一史家が書いていた。対照的にイランの歴史教科書は複数の歴史学者が執筆していたが、共に長い歴史のある両国らしい記述であり、日本の歴史教科書より遥かに健全と感じた。

 私も本書には違和感を覚えたり反論したい箇所が幾つかあるが、最も興味深かったのは欧州の宗教改革の実態。世界史の教科書式には贖宥状(※私の学生時代の教科書では免罪符だった)を売ってぼろ儲け、腐敗堕落したカトリックに対し、ルターが改革ののろしを上げたことで始まったという描き方になっている。
 ルターが宗教改革の中心人物となったことは間違いないが、chapter18「宗教改革という名の醜悪なる利権闘争」のタイトルだけで、宗教的情熱だけが原因だったのではないことが伺えよう。

 当時の人々が怪しげな贖宥状を買い求めたのはペスト大流行があり、その恐怖心に教会が付け入った背景がある。教会は罪を犯せば、煉獄の苦しみを味わうなどと説いて、人々を一種の集団催眠にかけていた。
 実は贖宥状の販売を持ち掛けたのは法王庁ではなく、ドイツの金融財閥フッガー家だった。フッガー家に莫大な借金をしている法皇もいて、その貸付金を回収するべく一計を案じるが、それが贖宥状になっていく。
 贖宥状を売ったのこそ修道士だったが、世事に疎い聖職者どころか、強力な販売プロモーターでもあった。修道士はフッガー家の代理人だったのは書くまでもない。

 ドイツ諸侯もルターと連帯、教会勢力を叩くが、ルターは前者に利用されていたのが実態で、本書ではこう記されている。
中世以来、ドイツ諸侯たちの領土の中に、カトリックの教会勢力が土地を所有し、独立圏を維持していました。教会の広大な土地に対し、ドイツ諸侯たちも、手出しすることはできませんでした。諸侯の領土の中に、諸侯がコントロールできない教会の支配圏があるということで、お互いに利害が激しく対立していたのです。
 そのような状況で、ルターの教会批判は諸侯らにとって、利用する価値が大いにあったのです。ドイツの宗教改革は信仰の信念を貫こうとした宗教的な動機によって推進されたものではなく、その実態は諸侯と教会との利権闘争でした」(189-90頁)
その三に続く

◆関連記事:「イランの歴史教科書

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コメント (2)    この記事についてブログを書く
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2 コメント

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Unknown (牛蒡剣)
2021-09-25 22:56:06
>中国の危険性については感情論で強調している節があり他との整合性が取れていない

そもそも安全保障の観点から宗教論じているのだから我が国たいして国力 軍事力で優越し、同盟関係もなく、様々の軍事的挑発をうけ、領土問題を抱える国を仮想敵として考えずして何を論ずるのかわかりませんw

>事実に即した内容であったとしても「世界史」ではなく「著者史観」のような印象をのっけから読者に与えてしまうのではないかと思う

これもおかしい。歴史教科書は事実の羅列で無味乾燥であるのも一つの見識としてありだとはおもいますが、安全保障を「論ずる」んだから史観をぶっつけずしてなんなんでしょうかねえ。

総じて批判の観点がオカシイ。

>免罪符 私が中学生ときは免罪符で高校生の時は
贖宥状と習いました。中学生の時はイスラム教の
創始者がマホメットと習い、高校生でムハンマドになったり色々表記が変わった時期でしたね。
牛蒡剣さんへ (mugi)
2021-09-26 22:07:55
 たぶん、もったいぶった特亜シンパから難癖があるだろうと思いましたが、案の定でした。他との整合性でいえば、他の地域の書き方もおかしくなる。尤も“あんぽんたん”を自称する者に知見を求めるのは酷ですが。
 また「著者史観」などという者は、歴史書をロクに見ていないことが丸わかり。のっけから世界史はもちろん日本史の知識もないという印象を受けました。

 高校でも私は免罪符、マホメットと習いました。オスマン帝国もオスマントルコになっており、テストでオスマン帝国と書けば×になります。

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