トーキング・マイノリティ

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売国奴の持参金 その②

2018-08-31 21:41:25 | 読書/小説

その①の続き
 マクレディが懸念した通り、KGB大佐オルローフは売国奴どころか組織の忠実かつ優秀な工作員で、欺瞞、逆情報及び心理工作のために偽亡命したのだった。KGBは常に2つの願望を抱き続け、ひとつはCIAとSISに大喧嘩させること、もうひとつはCIAを内部から崩壊させること、である。敵の諜報機関の士気を砕くには、仲間同士でいがみ合わせるのが一番だから。そのため、CIA要人をKGBスパイに仕立て上げる作戦を実行する。
 作戦の目的はCIAの高級幹部の誰かを、非常に説得力のあるやり方で、しかも何人も容易に否定し難いような証拠を色々取り揃え、ソビエトのスパイにでっち上げることにあった。

 長期的には、CIAに内部抗争の種をまき、よって局員の士気を低下されるとともに、なおかつSISとの協力関係を潰すことを目的としていた。スパイに仕立て上げる人物は初めから決まっているのではなく、何人かいた候補者を絞って決定する。最終的には癖の多い個性が災いして局内であまり好かれず、ベトナム勤務のある人物が選ばれた。
 KGBもCIAも互いに相手機関の要員を1人びとり特定しようと努力しており、それが分るや勤務動態や昇進の度合いが綿密に記録される。昇進の遅れによって怨みの感情が芽生えることはよくあり、腕のいいリクルーターはそこに上手く付け込む。これはどの情報機関も互いにやっていることとか。

 マクレディの不安は的中、ソビエトのスパイにでっち上げられた人物は実は無罪だった。CIA一員ジョー・ロスに警告するマクレディだが、聞きいられない。ロスがマクレディの警告が真実だったをようやく知った時、標的になったCIA高級幹部は事故死していたが、仲間による暗殺なのは書くまでもない。
 日本での初版が2012年12月の『コブラ』(角川書店)にも、興味深い記述がある。この作品について書いた2015-09-23付の記事から引用したい。
冷戦中に各国の情報機関が知ったのは、敵の中にスパイを潜入させられない場合、最も破壊的な武器となるのは、スパイに潜入されていると敵に信じ込ませることだったという。組織内にスパイがいるとして、見当違いの人間に容疑がかかるたびに有為の人材が破滅していったそうだ

 プロのスパイ同士の駆け引きと心理戦が描かれている『売国奴の持参金』だが、一般庶民向けの欺瞞、逆情報及び心理工作にはメディアが大いに使われる。よく利用されるのが“文化”であり、文化交流の名で諜報機関が暗躍することは珍しくない。
 ある国家が自分たちに利のある方向で他国民に、“好意の組織”を創り上げるのは何処の国も行っている。2005-10-16付の記事にも書いたが、ムッソリーニの腹心の1人ディーノ・グランディは、“好意の組織”を創り上げるには参考になる、という理由で本国にイタリアに関するイギリス紙の記事を送っていたほど。

 戦後はТVが最大の欺瞞、逆情報及び心理工作の場となり、TVに出演する知識人の解説を大衆は有難がって拝聴する。その知識人たるや、日本では反日国家の代弁者でない者の方が少数派らしい。『ブルガリア研究室』さんの2018/04/26付の記事「ソ連、中国が相変わらず仕掛けている「日本悪玉論」の元凶」に、「「日本悪玉論」を拡散するジョン・ダワー」の名が出ている。
 ジョン・ダワーが出演したNHK BS番組「歴史学者J・ダワーが語る“アメリカ テロとの戦い”」について、私も2011-10-12付で記事にしたが、終始的外れな印象しかなかったのも当然だった。中東専門家でもないダワーを出したのも、歴史学者の意見という権威付けに過ぎない。所詮、NHKに出演する「日本専門家」など左翼学者なのだ。

 フォーサイスは短期間にせよBBC勤めをしていたが、自伝の中でこの国営放送を辛辣に非難していた。それでも、海外特派員は政府が望まないようなリポートをしてはならないという掟があるBBCは、日本の国営放送に比べ、何と健全なことだろう!
『売国奴の持参金』の中でSISが、ロシア人協力者を“記念品”“寄席芸人”などと呼んでいるのはユーモラスだが、書評サイト読書メーターにあった一文どおり、「但しエンディングがほろ苦い」。この作品に限らず、フォーサイス作品のエンディングはほろ苦いものが多く、スパイ小説には異色の味わいがある。

◆関連記事:「スパイだった作家たち
イタリア外交官の見たイギリス人

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