トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

コーラン焼却事件について その三

2011-10-12 21:11:48 | 世相(外国)

その一その二の続き
 公共の場でコーランを燃やし、ウェブで映像を発表したテリー・ジョーンズのやり方は過激だし、その理由が「テロを助長し他の宗教の信者を迫害している」というのも笑えた。ならば、「人道に対する罪で有罪」に値する聖書も焼却対象になろう。皮肉はともかく、この種のパフォーマンスが行われたのは元からのイスラム蔑視に加え、9.11テロが決定的だったのだ。さらに世界貿易センター跡地にモスクを建設する計画が持ち上がったことで、一層反イスラム主義が燃え上がった。米国を擁護するつもりは全くないが、イスラム敵視感情を焚き付けたのはこの計画だし、明らかな挑発行為としか思えない。

 9.11テロ十年目ということで先月は様々な特集番組が報道され、NHK BSの「歴史学者J・ダワーが語る“アメリカ テロとの戦い”」も8日に再放送された。この番組の進行役は映画監督の森達也。日本のドキュメンタリー番組にありがちの感傷主義とヒューマニズムを全面に押し出す内容で、実に下らなかった。何度も「歴史学者J・ダワーは~」と繰り返すナレーションも耳障りだったし、歴史学者の意見という権威付けのためだろう。

 歴史学者でもJ・ダワーの専攻は日本近代史であり、中東やイスラムは門外漢のはずだ。ダワーの意見もしきりに戦時中の日米関係を引用しており、中東への言及はなかった。どうせ歴史学者の意見を紹介するのなら、米国イスラム史の権威であり、ネオコンの中東政策にも影響を与えたと言われるバーナード・ルイスにでもインタビューを試みるべきだった。もっとも相互理解と多文化共生主義を掲げるNHK特集なら、この学者を敬遠するのは確実だし、ルイスも応じなかっただろう。

 番組では反イスラム活動家へのインタビューもあり、登場したのはパメラ・ゲラーという女だった。彼女も貿易センター跡地にモスクを建設する計画に怒りを露わにしており、そのような行為は真珠湾に日本の神社を建てるようなもの、と森に話している。さらにこの女が言った「キリスト教徒はイエスの名において攻撃しない」こそ、“電波”そのもので噴飯モノだった。ちなみに広島の爆心地ちかくには教会が幾つも建っているという。

 試にパメラ・ゲラーで検索したら、「アメリカの反イスラム活動家からのメッセージ」というブログ記事がヒットした。記事によれば彼女はユダヤ系アメリカ人とのこと。ブログの副題に「市民の市民による市民のための みんなでつくるニュースブログ」とあるため、このサイトも胡散臭いが、市民団体によるイスラエル批判は反米の一環でもある。ウイグルチェチェンでの人権蹂躙には完全黙殺するのが市民団体だが。

 イスラエル批判のブログもあれば、反対に支持するサイトもある。「聖書教師・宣教師」を自称するブロガーの記事「世界貿易センター跡地付近にモスク建設」には次の一文があった。
イスラム教は自分たちが征服したところを、アッラーの勝利の証しとしてモスクを建てます。つまり、世界貿易センターの跡地付近に建てるということは、ムスリムであった犯人たちが、アッラーのゆえに殉教したことを記念したいだけなのです…

 他の記事でもイスラエルべったりの管理人だが、この見方は的を得ている。ただし、これはキリスト教も全く同じであり、クリスチャンも征服した全世界の異教徒の地に神の勝利の証として教会を建てまくり、功績の記念碑とした。1992年12月6日、インドの古都アヨーディヤーバーブリー・マスジド(モスク)がヒンドゥー至上主義者により破壊される事件が起きたが、かつてこの場所にはヒンドゥー教寺院が建っていたと言われる。破壊対象がもしキリスト教会だったら、欧米諸国はさぞ激高したことだろう。

 クリスチャン、ムスリムでもない私には、コーラン焼却事件は結局のところ己の宗教以外認めない一神教同士の対立の延長にあるとしか思えない。パメラ・ゲラーのような反イスラム活動家とイスラム過激派の言動は何と酷似していることか。一神教に限らず日本以外の仏教やヒンドゥー教も己の宗教が絶対であり、基本的に異教徒と理解し合おうという考えはないのが実情である。
 コーラン焼却事件で「決して許容されるべきでない暴力と冒涜を心から謝罪いたします」と声明文を出したキリスト教サイトもあるが、宣教には必ず寛容を装うのが宗教組織というもの。宗教ある限り対立は絶えず、この先も活発化と沈静化を繰り返しつつ、宗教紛争は続くだろう。

 どの宗教にも他宗教に寛容若しくは柔軟な考えを持つ信者はいる。だが、そのような者の殆どは敬虔な信者ではない。1930年代初め、J.ネルーは娘に充てた手紙に次の文句があった。「寛容と無関心は表裏一体であり、人間は関心のあることには寛容ではいられない…

◆関連記事:「キリスト教の聖人
 「教会は最大の犯罪組織?
 「イスラエル・ロビー
 「ユダヤ人テロ組織

よろしかったら、クリックお願いします
人気ブログランキングへ     にほんブログ村 歴史ブログへ


コメント (16)   この記事についてブログを書く
« コーラン焼却事件について そ... | トップ | カエサルとウェルキンゲトリ... »
最新の画像もっと見る

16 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
寛容=無関心 (室長)
2011-10-13 10:03:21
mugiさん、こんにちは、
 このネルーの言葉は、なかなか興味深い。
 9月下旬、ブルガリアでは、「ジプシー王」家族の横柄な態度に日頃から憤りを覚え、対立していた同村のブル人らに、サッカーフーリガン達(ファンの意味で、ブル語では「フェン」と呼ばれたりするらしい)と極右団体が加勢して、結局は全国的な反ジプシー・デモとなった。
 このエスニック対立事件は、西欧では、少数派、被差別民族へのあからさまな差別感情の激発と受け取られ、色々非難の声も発せられた。EUとか、国連などの、一部の委員会などでも、非難決議があったようだ。

 しかし、一般ブル人の気持ちとしては、日頃の物乞い稼業(結構実入りがよいと言われる)、窃盗、スリ、売春、麻薬売買、山林での違法伐採、その他、もろもろの悪行に目をつぶって、「無関心、別住、無視」で、なんとか「平和共存」してきたし、税金を支払わないことにも我慢してきたけど、密造酒、違法商業で荒稼ぎした上に、ブル人居住区の村に豪邸を建て、隣人たるブル人達より「上」の階級のように振る舞うジプシー一家には、我慢の限界だったのだ。

 その上、このKiro王一家と特に対立していたある村人の甥っ子(19歳)が、見せしめのように、皆の目の前で、ミニバスで轢殺されたのだ。怒らない方がおかしい、と言う要素があるのです。今、Kiro王と事件の原因を作った、その孫は、共に「自ら望んで刑務所内に避難して」、暮らしています。シャバに出ると、殺されるからです。

 従来から、被差別民族であるジプシー達は、ブル人の村からは、少し離れた地区に、ジプシー部落を作って、集団で居住し、ほぼブル人達とは無関係に暮らし、この距離感と、「無関心」の故に、平和に生きてこれたのです。バルカンでは、ジプシー達は、決して「放浪の民」ではなく、昔から「定住」です。
 西欧でこそ、「放浪=ロマンチック」というイメージでジプシーを描いたりするけど、それこそは、バルカン以上に非寛容で、定住を許さず、何時も追い払ってきた歴史なのです。定住を許されなかったというのが正しい。

 他方、バルカンでは、ジプシーも定住しているけど、職業とか、居住地域で区別し、お互いにはほとんど無関心で、併存してきた歴史がある。
 このKiro王一家は、その原則を破り、ブル人居住区の村に、ブル人以上の「大豪邸」を建て、しかもブル人以上に盛大に、冠婚葬祭の祝祭を催すなど、日頃から傍若無人すぎた・・・・ブル人の感情を無視してきたのです。

 まあ、国際社会の「平等思想」とか、建前から見れば、同じ村に住む「人権」はあるはずとか、異なる原則もあるだろうけど、バルカンにおける習慣的な原則からみれば、「少数民族として、税金を納めない、公共料金(電気代、水代)を支払わない、などは大目に見るけど、ブル人社会には、迷惑をかけず、目障りになるな」ということ。社会の底辺階層として、身分相応に振る舞え、と言うことです。しかも、秋の選挙(10月23日)を控えて、極右政党にとっては、自己宣伝のためにも、都合の良い事件でもあった。
共存には、相互無視の原則を (室長)
2011-10-13 10:38:40
mugiさん、
 連チャンで申し訳ないけど、上記では小生の言いたいことが十分尽くせなかったので、追記をします。

 小生は、バルカン半島における旧オスマン的な「ミッレト制」状態こそを、奨励すべき多民族共生の原則だと思うのです。
 偽善主義的な、隣人を愛せよ、とか、人道主義とかは、西欧でも、破綻しているのです。

 ブルガリア、ルーマニアをEUメンバー国としたら、途端に西欧に、ブル、ルーマニアからジプシー達が大勢移民してきて、バルカン同様に、一定の地域に勝手に定住をはじめて、フランスも、スペインも、オランダも、フィンランドも、慌てて、色々口実を設けては虐め始めました。仏などは、航空機を使って、ブル、ルーマニア本国への「強制送還」をする始末。

 それに比べれば、一種のミッレト制というか、ジプシーにはそれにふさわしい地区での定住を奨励し、相互無関心で暮らせるようにしてやる、と言うのが正しい政策です。
 もちろん、一部のインテリジプシーが、音楽家として成功したり、工業資本家として成功したりして、同胞を雇用することも、奨励すべきで、そういうジプシー系企業に対し、徴税面で優遇する、と言う政策すら、正しいのです。

 しかし、富裕さを誇示しすぎたり、徴税吏を暴力で門前払いしたり、そういうKiro王一家のようなやり方には、長くは皆が我慢できないでしょう。特に、同じ村に住む、というのは、やはり暴挙かも。
 従来、ほとんどのジプシー成金達も、いくら金持ちになっても、ジプシー部落の外れなどに豪邸を建て、ブル人の村には住まなかった。富の源泉、要素の一つが、同じジプシー氏族の人々を、ブル人より安価な労賃で雇用し、こき使えることですから、そもそも同じジプシー村に住む方が、都合がよいはず。皆がそうしているのに、どうしてKiro王一家は、そうしなかったのか、本当に不思議。エスニック対立感情をなめていた、としか思えません。
 
 米国のハワイ州に住んだ小生の経験でも、ハワイの場合、同じキリスト教ですら、日本人教会、韓国人教会が、地元の白人用教会とか、サモア人教会などと並立している。人種別に、独立した教会を建てているのです。宗派の面での相違も少しは影響しているのかも知れませんが、どうも基本は宗派よりも人種です。

 ハワイの日系人達も、日頃から、子弟を英語の学校に通わせるけど、名門私立校に関しては、白人の学校に行く例もあるけど、大部分は、日系人専用の「本願寺スクール」(私立)などに通わせるのです。授業は英語でも、文化は日本式の要素も強いことが、選択の基準です。
 つまり、エスニック紛争を避ける工夫は、やはり、なるべく異なるコミュニティーは、それぞれが自立して、自治をし、自らの文化、伝統を尊重しつつ、「相互無関心」の精神を忘れず、他民族への干渉を排除し、別々に生活することなのです。
RE:寛容=無関心 (mugi)
2011-10-13 21:46:59
>こんばんは、室長さん。

 貴方の記事で「ジプシー王」一族の傍若無人な振る舞いを知りましたが、これでは一般ブル人が激高するのは当然だと思いました。ブルのジプシー全てがこのような行動をとらないにせよ、あれでは暴動に発展してもおかしくない。ブル人の方に私は同情します。その背景を知らず(或いは無視?)、被差別民族へのあからさまな差別と糾弾する西欧諸国の傲慢さも実に不愉快ですよ。
 そして、「ジプシー王」一族の振舞いも、日本のマイノリティと酷似している。窃盗、スリ、売春、麻薬売買、山林での違法伐採、税金を納めない、公共料金(電気代、水代)を支払わない…もろもろの悪行では社会の害虫と見なされて当たり前です。

 室長さんのブログで遅まきながらバルカンの歴史や社会を知ることが出来ましたが、バルカンでジプシー達が「放浪の民」どころか、昔から「定住」だったことも知りました。これには本当に驚きました。ジプシーと言えば、殆どの日本人が西欧のイメージそのままの「放浪の民」という認識ですが、実は西欧では定住さえ認めなかったとは…
 ディズニーアニメの『ノートルダム』など、モロにそのイメージの作品になっています。ヒロインは美しいジプシー娘。この娘に目をつけた権力者が彼女をモノにしようとして、肘鉄砲を食わされるや火あぶりにしようとする。これを見れば、大抵は可哀想な「放浪の民」とインプットされてしまう。歌劇『カルメン』もそのイメージに貢献しています。

 コメントにあるバルカンの習慣的な原則は、インドとも重なる面が多く興味深いです。多民族・多宗教国家で、「少数民族として、税金を納めない、公共料金(電気代、水代)を支払わない、などは大目に見るけど、ヒンドゥー社会には、迷惑をかけず、目障りになるな」ということ。ヒンドゥー自体、公共料金を滞納する者も多いし、脱税天国の国ですから。
 ヒンドゥー教は民族宗教なので、基本的に異教徒に布教はしないし、改宗者を認めない訳ではありませんが、かなり敷居は高い。パールシーがヒンドゥーと共存出来たのも元からの適応力だけでなく、彼等もまた民族宗教で布教せず、異教からの改宗者を認めないという背景もあります。ヒンドゥーからすれば、身分相応に振る舞っている少数民族は好ましいし、何を信仰しても結構と言うこと。

 しかし、ムスリムやクリスチャンとなれば事情は異なる。彼らもモスクや教会に籠って祈っているだけならともかく、布教はもちろん仇敵のパキスタンや欧米諸国の手先のような振舞いをすることも多々あるため、ヒンドゥーの怒りを招くこともあるのです。欧米に移住したインド人ムスリムが、いかに自分たちがインドで迫害されているか、ロビー活動を通じ訴えたりするので、これまた憎しみを買う。そして極右政党にとって、自己宣伝のための恰好な材料となるのです。

 ブルのジプシー、インドのムスリム、東南アジアの華僑、日本の在日…妙に共通性があるのも考えさせられます。
寛容と無関心は表裏一体 (ミツカン)
2011-10-13 22:02:41
西欧でカトリックVSプロテスタントの戦争の後生まれた主権国家の「内政不干渉の原則」もこれに近いですね。相手のことを好きでもないし理解するつもりもないけれど、とりあえず共存だけはする。まあ、そうはいっても国際政治の世界ではいろいろと口実をつけて他国を侵略したり内政干渉したりしてきたわけですが。18世紀に行われたポーランド分割はその典型的な例。オーストリアはハンガリーと対等の二重帝国を作り上げましたが、そのハンガリーも支配下のスラヴ諸民族の待遇を改善しようとはしなかった。強大な帝国から独立した民族が、今度は国内のマイノリティを迫害する側に回る、などというのはよくあることです。
Kiro一家は例外 (室長)
2011-10-13 23:46:39
mugiさん、
 もう一度、少し確認ですが、要するに、西欧で色々問題とするほどは、バルカン諸国では、ジプシー問題は深刻ではなくて、ビザンツ時代にインドから到来し、オスマン時代にはバルカン各地に定住を始めたのですが、それ以来ずっと長らく、結構上手に、居住地域とか、職業分野も相互に調整して、相互無関心というか、距離を置く関係で、併存してきたのです。
 
 なんといっても、昔から、最下層の貧民達として、蔑まれながらも、ジプシー達も用心して距離を置いて生活してきたのです。「放浪」というのは、金属の鋳掛けなどの商売で、行商するときは、一つの村では需要がすぐ尽きるから、あちこちの村を回らねばならなかっただけ。定住地、家はあったのです。

 今でも、Kiro王とその家族のように、ブル人に挑戦的態度で、横柄に振る舞うジプシーは滅多にいないし、全くの例外です。だから、この一家に関しては、ブル人一般も、罰を受けて当然と考えるし、今後税務捜査で身ぐるみはがされるでしょう。

 他方で、大部分のブル人市民らは、ジプシーに対して、何らの憎悪感情も特に抱かないし(下の階層という、差別感情はあるだろうけど)、デモにも加わらないし、普通に暮らしていました。Kiro王の一家が例外だと知っているから。
 この事件を機会に、一暴れしたかったのが、子供、サッカー「フェン」、極右政党末端党員達です。
 暴れた連中も、やはり、普通の市民とも言えない。ブル人の中の、不満分子、恥さらしな連中とも言える。

 ブル人が、ジプシーに本気で戦いを挑む、などという事例は、これまで見たことがないのです。少し脅せば、ジプシーはすぐに逃げますから。
 ジプシー同士の喧嘩は多いのですが、ジプシーは、ブル人とは、喧嘩を避けていました。喧嘩をすれば、社会主義時代でも、警官達がジプシーのみを殴打するから。
 やはり対等には扱ってもらえない、被差別民として、ブル人との紛争を回避する、そういう意識はきちんと子供の頃から身にしみているのです。
RE:共存には、相互無視の原則を (mugi)
2011-10-14 22:36:03
>こんばんは、室長さん。

 コメントのタイトルの趣旨に、私も全面同意します。私もオスマン帝国時代の「ミッレト制」状態こそ、多民族共生の原則だと思います。つまり各民族による住み分けであり、インド亜大陸でも宗派ごとによる住み分けで共存してきたのです。大都市で宗教暴動が頻発するのも、各民族が混在することも原因ではないか?と私は考えています。やはり民族・宗派が異なれば文化も違うし、エスニック紛争を避けるには別々に生活することがベストです。「相互理解」など人類史から見ても戯言ですから。

 西欧のジプシー事情は浅学ですが、元々トラブルを起こす傾向はあったように思えます。ドイツだったか、ジプシーは「鶏泥棒」と呼ばれ、秩序も守らない集団が敵視されるのは当然ではないでしょうか?ジプシーが排斥・迫害された背景は必ずしも西欧人の非寛容性ばかりとは思えない。
 ブルのKiro王一家は特殊なケースにせよ、あれだけビジネスに長けているはずなのに、エスニック対立感情を何故軽んじたのやら。パールシーも19世紀後半、ムスリムによる襲撃を受けています。ヒンドゥーはそれをしなかったにせよ、突出して豊かな少数民族は慎重に振る舞うべきでしょう。

 ハワイのお話も興味深いですね。人種別に独立した教会を建てているとは知りませんでした。日本ではこのような話はまず報じないし、特に本土の日本人クリスチャンは話したがらないでしょう。キリスト教でも宗派よりも人種が優先されている。日本ではその逆で、日本の民族性を徹底否定する傾向が強い様な。
RE:寛容と無関心は表裏一体 (mugi)
2011-10-14 22:37:31
>ミツカンさん、

 様々な民族が混在する欧州大陸なら、主権国家は「内政不干渉の原則」を守ることが平和共存に繋がります。それも実際は大国は力を行使するし、力のない国はポーランドのような憂き目に遭う。国際政治の非情さです。
 
 そのポーランドも国内ではポグロムでユダヤ人を虐めていた。意外に知られていませんが、第一次大戦後、ポーランドはウクライナの一部を領有しました。拷問、死刑、その他さまざまな刑罰を用い、テロをほしいままにすることにより「平定」され、「ポーランド化」したそうです。
 アラブも少数民族のベルベル人に「アラブ化」を迫り、弾圧しています。西欧の植民地支配を責めながら、独立後はマイノリティを迫害する。人類史の業ですね。
RE:Kiro一家は例外 (mugi)
2011-10-14 22:39:07
>室長さん

 日本でジプシーと言えば放浪者の代名詞になっていますが、やはり西欧とバルカンでは事情が異なるようですね。未だにジプシーといえば、幌馬車に一家が乗り込み各地を移動する…そんなイメージだし、必ずしもそれは間違いではないにせよ、少なくともバルカンでは持ち家があった。日本人の大半はそのようなことは知らないでしょう。

 ブルのジプシーでもKiro王とその家族は全くの例外でしたか。ならば、東南アジアの華僑、日本の在日とは事情が違いますね。ブル全土で反ジプシー運動が起きたのではなく、参加者は一部の不満分子でしたか。ブルに限らず下層の不満分子はマイノリティ相手に鬱憤晴らしをしたがる。Kiro王は分不相応過ぎたのです。

 ブルのジプシーは少し脅されただけで逃げるのですか??社会主義時代でも、警官達がジプシーのみを殴打していたとは、日本の左派知識人憧れの共産圏の実態が伺えて興味深いです。ユダヤ人と違い精神上の祖国さえ持たない被差別民の立場は弱いのでしょうね。
もう一度追記 (室長)
2011-10-14 23:24:45
mugiさん、こんばんは、
 幌馬車で移動するジプシーは、アイルランド、英国で存在するTravellers達です。現代は、ミニバス(バン型車)、またはキャンピングカーですが。Travellers用に、アイルランド政府は、主要な各地の町はずれに、キャンピングカー用という名目で、トイレ、水道、シャワーなどを備えた無料施設を公費で作ってやったりしても居たのですが、こういう施設の建設を市民達は、ジプシーが来て、治安が悪化するとして、反対運動していました。
 人道主義という偽善と、本音がぶつかっていたのです。

 それに比べて、以前述べたように、社会主義時代は、ジプシー達に、単純労働ながら、工場、集団農場における正規雇用の機会を与え、ジプシー達も指定を学校に通わせたり、より堅牢な住宅をジプシー居住区内に建てたり、その社会的地位は少しは改善していました。とはいえ、昔からの差別は続いていて、警官達もジプシー子弟達が町の中で物乞い行為などしていると、脅して家に追い返しました。

 なお、今回のブル人による反ジプシー運動、デモは、Facebookなどで扇動する若者達も出現して、全国各地の、大きな都会で、デモ隊の組織が行われ、ジプシー村への攻撃が企画されたのですが、警察の暴動鎮圧部隊(憲兵隊も含む)がジプシー村への道路を封鎖して、衝突を回避することに成功しました。
 すなわち、不満分子、人種差別主義者、極右系思想かぶれは、国民の一部とはいえ、ほぼ全国的にいると言って良いのですが、警察部隊がスマホの記事情報などをきちんと監視して、適切に先回りして、紛争、衝突を予防したのです。全国で、少なくとも、300名が逮捕されている。警察の断固たる対応と、9月29日頃には、寒風も吹き出し、デモの気分も消えました。
 自衛のため、色々な原始的武器で武装した自警団を結成していたジプシー部落も、寒風と共に一安心です。
 大陸の気候は、夜の気温がすぐにマイナスになるから、アイルランドのような移動生活は難しい。小さくとも煉瓦の家で、暖房の火をたくしかない。

 おっしゃるとおり、相互理解とか、そういう甘い考え方では、エスニック紛争は防げないと思う。相互無視の原則、人種間の一種の並立、異なるコミュニティー同士の相互内政不干渉・・・まあ、結局距離を保って、お互い接触をなるべく避けることが、正しい政策と言えると思う。差別感情というモノも、なかなか消えはしないと思う。

 仏だって、ジプシーが増えると慌てて、強制国外退去措置をして、ブル、ルーマニアの政府当局者達を激怒させた。この措置の法的根拠、合法性は、怪しいのです。
 バルカン諸国に対しては、差別するなとか、教育を与えて、社会の中に統合せよとか、色々説教は垂れるけど、自国内の問題となったら、法的根拠も何もなくとも、力ずくで追放する!!そのやりかたこそが、西欧の偽善を暴露している。
RE:もう一度追記 (mugi)
2011-10-15 22:23:15
>こんばんは、室長さん。

 大陸のジプシーはアイルランド、英国と違い、幌馬車で移動しないのでしょうか??いずれにせよ、政府がジプシー向けに公費で無料施設を建てようとすれば、治安の悪化を理由に市民が騒ぎ出す…最近の被災地の瓦礫の受け入れを表明した各自治体に対し、放射能汚染を理由に住民が反対行動する構図と似ていますね。瓦礫引き取りは人道主義よりも補助金目当てでしょうけど、住民の本音は違う。

 社会主義時代でもブルではジプシーへのあからさまな差別が続いていましたが、その倫理性はさておき、このようなやり方こそ、多民族共存では最も上手くいくと思います。とかく非難されるインドのカースト制ですが、異教徒を下層カースト指定したため、寛容でいることが出来たのです。今でも同じですが、多くのヒンドゥーは異教徒に無関心だし(ムスリムには微妙)、無関心は寛容に繋がる。「ミッレト制」も例外を除き、非ムスリムは下層民扱いでした。

 今回の一部ブル人による反ジプシー運動は、扇動の背景にFacebookなどがあったのはいかにも現代的ですが、その本質は昔から全く変わり映えしないように思えます。今年初め見たブル映画『ソフィアの夜明け』でも、サッカー「フェン」の背後に極右政治家がいて、「フェン」にカネを渡していた。日本の街頭右翼も同じはずです。
 そして、ブル警察の断固たる処置は見事でした。失礼ながら、ブルの警察は公僕の意識が希薄なイメージがありますが、これを放置すれば全土で流血沙汰になったはず。エスニック紛争も治安機関の対応次第ということですね。

 昔からの差別感情というのは消え難いし、余程の人格者でもなければ相互理解など夢物語でしょう。私は他文化への思いやりや理解を主張する者の本性は偽善者ではなく、寄生者だと見ています。他民族の思いやりに付け入り、差別とわめきたてて寄生するのが目的。ネットでもその類は見かけますし、他人に道徳を説きながら、己自身は人格破綻者だったりする。朝からネットに溺れている者が、「人間として~」など言うのは噴飯モノ。私はその類を人間とは認めません。

 英国も同じですが、人権を掲げるフランスの偽善性は鼻持ちならないですね。2006年10月、フランス国民議会が「アルメニア人虐殺否定禁止法」を可決しましたが、本音はトルコのEU加盟阻止なのは私さえ分かる。もちろんトルコも黙っておらず、直ちに第二次大戦後のフランスによるアルジェリアの百万人虐殺を挙げて牽制した。レジスタンスの闘士も戦後ベトナムでは、ナチス以上に振る舞っている。これぞ西欧の傲慢さです。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

世相(外国)」カテゴリの最新記事