トーキング・マイノリティ

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ある公爵夫人の生涯 08/英・仏・伊/ソウル・ディブ監督

2009-06-02 21:45:23 | 映画
 原題は“The Duchess”、ある公爵夫人がヒロインとなっている。彼女はデヴォンシャー公爵夫人。あのダイアナ妃の先祖に当たる人物で、不幸な結婚生活を送ったことも重なる。映画に描かれたイギリス貴族の私生活は興味深いものだった。

 18世紀後半のイギリス。貴族スペンサー家の娘ジョージアナは17歳の誕生日の前日、イギリスきっての資産家で名門貴族デヴォンジャー公爵のもとに嫁ぐ。もちろん恋愛結婚ではなく、この結婚を熱心に勧めたのは彼女の母レディ・スペンサー、母は伴侶にするに相応しい娘と積極的にデヴォンジャー公爵に売り込んでいた。美貌と機知に恵まれた若い公爵夫人は、たちまち注目の的となり、流行の最先端をいくファッションを粋に着こなす彼女は社交界の花形となる。しかし、その私生活は不幸だった。公爵は妻に求めるのは男児の跡継ぎであり、若く美しい妻にまるで愛情を示さなかった。

 公爵は新婚初夜でも義務とばかり交渉を済ませ、その後の夜の生活でも睦言も交わそうとしない。女に興味が無いのではなく、女中に手を付けたり、その結果生まれた女児をジョージアナに育てることを命じる。跡継ぎを育てるための練習によいと言って。彼女自身、まもなく出産するが、娘だったのを知った夫は子供の顔をロクに見ようともしなかった。2番目に生まれたのも女児、公爵はますます妻に冷淡になる。イギリス貴族の妻たるもの、後継者の男児を生むことが最大の義務だからだ。イギリスに限らず当時は何処の世界でも、男児を産めないのは女が悪いとされていた時代でもあったが。

 傷心のジョージアナはある時、エリザベス・フォスターという貴婦人と出会い、たちまち親しくなる。エリザベスは男児3人を儲けていたが、夫は愛人の元に入り浸り事実上の別居生活だった。当時の法律により子供は取り上げられ、息子に会おうにも会えない。エリザベスとの親交で心の慰めを得たジョージアナだったが、行き場の無いこの親友を館に滞在させたことが、新たな不幸を招く。有力者である公爵の助力でエリザベスは子供に会うことも出来たが、公爵は妻の親友にも手を出す。こうして公爵家では妻妾同居の生活が始まった。

 それまで夫の情事を黙って耐えてきたジョージアナだったが、さすがに親友の件は激怒、抗議するも、全く夫は聞き入れない。結婚後いく年も経て、やっと待望の男児に恵まれるも、既にジョージアナと夫の仲は冷え切っていた。食事のシーンが何度か映され、夫とエリザベスと共に食卓に付いている。広い館にも係らず、食事も妻妾同伴でする公爵のデリカシーのなさは18世紀でも驚く。そんなジョージアナの唯一の救いは若き議員チャールズ・グレイとの密かな逢引だった。やがて彼女とグレイは不倫に陥り、彼の子を身ごもる。

 これは当時でもスキャンダルだった。ジョージアナは愛の無い公爵と別れ、グレイとの生活を望むも、体面を重んじる夫はそれを拒む。もし館を出れば子供に永久に会えない、との脅しは母親には致命的だった。彼女の母も「個人の満足より品位だ」と娘を諭し、グレイとは涙を呑んで分かれる他なかった。彼との子供も養女として手放なさざるを得ない。
 妻の不倫はさすがに夫も応えたのか、今後の結婚生活の改善を申し出る。エリザベスはそのまま館に留まったが、ジョージアナにとって既に憎い恋敵よりも、必要な仲間となっていた。不倫後もジョージアナは社交界の花形であり続け、夫に先立ち死ぬ直前、エリザベスを妻にするよう言い残し、この世を去ったという。ジョージアナの死後、エリザベスは正式にデヴォンシャー公爵夫人の地位に納まる。

 映画の終り近く、庭で無邪気に遊びまわる子供たちを見た公爵が、「子供はいいな。自由で…」とつぶやくシーンがある。あれだけ気侭に女漁りをしていて身勝手な台詞だと一瞬感じたが、貴族にとって家を存続させるのこそ最重要事なのだ。初めは薄情な男だと思った公爵だが、妻をたたき出したりはしていないため、決して冷血漢ではなかったのだろう。
 ジョージアナの愛人グレイの名は、どこかで聞いたことがあるのでネット検索したら、案の定紅茶アールグレイと関連がある人物だった。私は老舗T社の紅茶のパッケージに印刷されていた男の顔を何故か憶えていたが、やはり彼こそがグレイだった。グレイはジョージアナの死後、イギリス首相(1830-34年)となっている。

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6 コメント

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この映画に関して面白い記事を見つけました (マリアンヌ)
2009-06-05 20:15:43
管理人様、こんにちは、マリアンヌと申します。
この映画に関する沢山のブログを見てきましたが、貴方のブログは、大変歴史がお好きなようなので、私がイギリスの大衆紙の電子版に見つけた、興味深い記事のURLを貼って置きますね。
http://www.dailymail.co.uk/femail/article-1058777/How-Fergie-Duchess-hit-movie-directly-related-illegitimate-child.html
この記事を見ると、イギリスの歴史って大変面白いなあ、と感じるのです。
この映画の原作本、どうして翻訳されなかったのでしょうかね?「ブーリン家の姉妹」は翻訳されたのに、と思います。歴史好きな私にとっては、不満爆発寸前、と言ったところです。
映画が大変良かっただけに、原作本を翻訳で読めないのは残念ですね。
では。
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Re:この映画に関して面白い記事を見つけました (mugi)
2009-06-06 21:34:43
>マリアンヌ様、はじめまして。コメントを有難うございました。

 私も歴史好きですが、プロフィールにあるとおり、関心のあるのはもっぱらインド、中東史で、かなり趣味が偏っています。それに対し西欧史は、何故か関心が持てず教科書以上の知識はありません。
 イギリスの大衆紙のサイトのご紹介を有難うございました。映画へのツッコミも、映画関係者を持ち上げる内容中心の日本の大衆紙と違いますね。イギリスの歴史も大変面白いと思いますが、先に書いたように私が興味があるのは東洋史、しかもイギリスにヤラレた国ばかりだし、もっとも好感を持てない国の1つです。ただし、ブリティッシュ・ロックは気に入っています(笑)。

 実は昨年私も、映画「ブーリン家の姉妹」を見ており、ブログでも記事にしました。やはりコスチュームモノは西欧映画に限りますね。
http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/67b22d0f62b2a7d8a14a30dce8d2ba10
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イギリスの相続の特殊性 (madi)
2009-06-08 00:43:30
イギリスの相続は日本とはかなり異なる血統主義です。妻とのあいだに男児がないと、妾のあいだの男児にいくわけではなく、弟のほうにいきます。
当主は正式な結婚でうまれたものでなければならないのです。
そのため、不慮の死亡にもそなえて男の子ふたりが貴族・王族の妻の義務であり、夫の義務でもあったわけです。
妾の子の地位は決して正妻をおびやかさない、という点では日本よりは妻の地位がたかいといえます。
夫側も人生第一の目的は長男誕生なわけなんです。

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Re:イギリスの相続の特殊性 (mugi)
2009-06-08 22:08:24
>madiさん

 映画の途中、ヒロインと夫の口論シーンで、「エリザベスの子供を跡継ぎにしたら」という妻に夫が、「妾の子供を世継ぎに出来るか!」と言い返す台詞がありました。私はこの場面を見て薄情な男だと感じたのですが、イギリスの相続が背景にあったのですね。その点、日本を含め正妻に男児がいない場合、妾腹でも跡継ぎとなれる東洋諸国とは対照的。
 仰るとおり、日本より妻の地位は高いといえますが、貴族の当主が兄弟もおらず、男児を儲けられなかった場合、下手するとお家断絶?
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男系血統がとだえた場合 (madi)
2009-06-10 15:36:15
直系女系をたどっていきます。
エリザベスとかビクトリアとかの女帝ができるわけです。
それでもだめだと傍系男系になります。ものすごくさかのぼればのどっかでてきます。現在のハノーヴァー朝ですね。家としては断絶したことになるでしょう。
 日本だと雄略天皇のあとにえらい遠縁がはいっている例があります。
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Re:男系血統がとだえた場合 (mugi)
2009-06-11 22:17:26
>madiさん

 なるほど、直系女系もダメなら傍系男系ですか。確かに遡れば誰かいるでしょう。
 日本の天皇家も男系血統がとだえた場合、直系女系や傍系男系などから遠縁を引っ張ってきて、お世継ぎに据える選択肢もありますね。
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