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面白いほどよくわかる世界の戦争史 その二

2021-09-11 22:30:20 | 読書/ノンフィクション

その一の続き
 ミスではないが、第7章には他にも不可解な主張が見られた。クウェートがイラン・イラク戦争で援助した百億ドルを返還するようイラクに求め、イラクが領有権を主張するルメイラ油田から大量採掘を行ったことが、湾岸戦争の要因になったのは否定できない。サウジの仲介でイラクとクウェートが直接交渉を行うも、結局は決裂したのは事実である。

 しかし本書にはクウェートが、「イラクの神経を逆なでする行為に出る」「イラクを刺激してしまった」ため、侵攻作戦に及んだと言わんばかりに書かれている。
 まるでクウェートに非があるような記述は不可解だったし、ひたすらイラクを刺激せず従っていても、イギリスの植民地支配で分断されたイラク固有の領土とする大義を掲げるイラクは、最終的に併合を目指していただろう。

 本書の最後はイラク戦争が記述され、サブタイトルは「大義の欠落した奇妙な戦争」。はじめの文章を引用する。
フセイン政権はこの戦争の敗者ともいえよう。しかしイラクとその国民は被害者であって敗者ではない。大量破壊兵器が無かった時点で、アメリカの敗色は濃い。泥沼化した戦況に苦しみ、思いどおりの民主化も実現できず、イラク人に嫌われたまま撤退した場合のアメリカは間違いなく敗者である」(299頁)

 本書の初版は平成17(2005)年9月10日だが、イラク人に嫌われたままアメリカが撤退したことは現時点では分かっている。しかし、敗者という表現には違和感を覚える。そもそも現地人に好かれるために占領したのではないのだ。
 例え「大義の欠落した奇妙な戦争」だったとしても、世界の戦争史ではそのような戦が大半。フセイン政権は明らかにこの戦争の敗者で、フセインが統治したイラクとその国民は被害者でもあるが、国土を蹂躙され他国に占領された時点で敗者なのだ。

 そしてイラクには加害者の面もある。イランやクウェートに軍事侵攻したばかりか、イラン・イラク戦争中に民間のクルド人に化学兵器を使用するハラブジャ事件を起こしている。
 この事件はすっかり忘れ去られた感があるが、隣国への軍事侵攻よりもこちらの方が人道に対する罪だろう。湾岸戦争とイラク戦争はイラク自身の膨張主義の報いでもあるが、そんなイラクを東西の国々は支援していた。

 どうも中東解説をするライターには反米傾向があり、中東諸国に肩入れする傾向が強いようだ。ライターばかりか、メディアに登場する中東専門家もその類が主流といっても過言ではない。

 例えば高橋和夫・放送大学名誉教授。フセインが米軍に捕えられた際、明らかに興奮した様子でフセイン擁護とも取れる発言をしていた。この時の高橋氏の怒りに満ちた眼差しは忘れ難い。イスラム法の研究者でもある飯山陽氏は、9月9日付にこうツイートしている。
中東イスラムについて何でも詳しく知っていることになっている高橋和夫・放送大学名誉教授が、タリバンを擁護するためにどのようなウソをついているかを暴きました。ここまで露骨にウソだと、一般の日本人にもウソだということがわかるレベルだと思います。

 飯山氏は同日「タリバンを徹底擁護する高橋和夫・放送大学名誉教授の異常性」という記事をアップしており、高橋氏が「「イスラム国は日本が好きだ」云々と書いている人」の一言だけで呆れた人が大半だろう。尤も好きというのはまんざらウソではないかも。人質をとれば早々に大金を払う日本は侮蔑しきっていても嫌いではないはず。
高橋和夫という人は、タリバンのことを擁護はするけど、タリバンのことを全く理解してない。」と一蹴する飯山氏だが、テレ朝の「ワイドスクランブル」に出る解説屋に、タリバンを理解するイスラム研究者はお呼びではないのだ。

 飯山氏は酒井啓子氏もやり玉に挙げており、9月8日付のツイートからも引用したい。
中東イスラム研究業界のボス酒井啓子氏はイスラムと民主主義は矛盾しないと言うが、神を主権者とするイスラムは民を主権者とする民主主義とは完全に矛盾する。「中東の安定にイスラムへの深い理解が欠かせない」と言うが、イスラムを理解していないあなたにいわれたくない。
イスラムは民主主義と矛盾しないという中東研究者のウソ」という記事でも、「中東をテロの蔓延する危険な地域にしたのはアメリカだ。全部アメリカのせいだ……」と言わんばかりの主張を、酒井氏が日経のインタビュー記事で述べていたことが見える。実は昨日の河北新報にも酒井氏のコラムが載っていて、主旨はアメリカのせいで中東でテロが蔓延するようになったとある。

 wikiには酒井氏が「社民党の広報誌『社会民主』などで執筆活動もしている」とあり、どうりでメディア出演が少なくないのか。いずれにせよ、新聞やТVに出演する中東解説者は挙ってイスラムを理解していないことが、面白いほどよくわかる。

◆関連記事:「拝啓・東大名誉教授 殿
イラク―テロと略奪の国
イラク戦争独立調査委員会
豊かなる過去を持つ国の受難

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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
学者のレベル (スポンジ頭)
2021-09-11 23:47:17
 自分のイデオロギーで物事を曲げる事を公言したり、故意に史料を誤訳する学者をネットで見ましたから今更驚きませんが、このような事があるから文系不要論が出るのですよね。学問に対して恥を知って欲しいです。と、ろくすっぽ勉強も出来ず、授業が分からなかった人間は思います。
Unknown (鳳山)
2021-09-12 08:37:17
そういえば有本香さんのネット番組にゲスト出演していた飯山陽さんが「テレビに出ている自称中東専門家はテロリストのお友達ばかり」と発言していたのを聞いて笑いました。

テレビはそんなレベルなんでしょうね。日本にとって害悪でしかありません。
Re:学者のレベル (mugi)
2021-09-12 22:12:06
>スポンジ頭さん、

 私も怠け学生でしたが、自分のイデオロギーで物事を曲げる事を公言、故意に史料を誤訳する文系学者こそ、学問に対し恥を知らない輩とか見えません。このようなメディアの御用学者が大手を振っているので、文系というだけで信用されなくなるのです、

 飯山氏は著書『イスラム教再考』で、日本のイスラム研究者が本当に守りたいものはイスラム教でもイスラム教徒でもなく、自らの地位や権威、既得権益だと述べていました。
鳳山さんへ (mugi)
2021-09-12 22:13:26
 飯山氏が有本香さんのネット番組にゲスト出演していることは知っていましたが、その発言の回は見逃してしまいました。
 まさにその通り!その一人の中東専門ジャーナリスト常岡浩介など2019年初旬からツイッターで、飯山氏を罵倒する投稿をしていることが『イスラム教再考』に載っていました。

 テレビのみならず河北新報のようなクズ地方紙も、そんな連中を一流の中東研究者と持ち上げています。