トーキング・マイノリティ

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家族の肖像 74/伊=仏/ルキノ・ヴィスコンティ監督

2017-04-06 21:10:30 | 映画

 英語題「Conversation Piece」、18世紀イギリスで流行した「家族の団欒を描いた絵画」を指す。上映した「仙台フォーラム」のHPでは、作品をこう紹介していた。
―「家族の肖像」と呼ばれる団らん画のコレクションに囲まれて、ローマの豪邸に一人暮らす老教授。失われゆくものたちに埋もれ孤独に生きてきた彼の生活は、ある家族の闖入によってかき乱されてゆく。車椅子を操り、気迫と執念で撮り上げたヴィスコンティ後期の最高傑作。

 30年以上前の学生時代、この作品は1度見たことがある。封切りではなく名画座でのリバイバルで、料金は確か300円くらいだったと思う。当時はそのような映画館があり、学生がよく利用していたのだ。今回はデジタル完全修復版ということもあり、映像は全く色褪せておらず、ヴィスコンティの映像美が存分に観賞できた。
 但し学生時代に見た時、それほど良いとは感じなかった。世間知らずの田舎学生には、イタリアの上流階層の暮しは殆ど理解出来ず、伯爵夫人(シルヴァーナ・マンガーノ)のジゴロ、コンラッド(ヘルムート・バーガー)の強烈な個性が印象的な作品と記憶していた。

 ヘルムート・バーガーは確かに美男だが、危険なだけでなく狂気も感じさせる俳優だった。だからこそ『ルードウィヒ/神々の黄昏』の狂王、『地獄に堕ちた勇者ども』の変質者マルティンは当たり役となったのだ。ハリウッドの美男スターにはこのタイプの役者は見かけないし、ヴィスコンティ故にバーガーの才能と魅力を引きだせたろう。
 主人公の老教授役はバート・ランカスター。ヴィスコンティの代表作『山猫』でもバート・ランカスターは主役だったが、存在感ある貴族を演じたのがハリウッドの大スターというのは面白い。イタリア映画界には風格ある貴族を演じられる役者がいなかったのか?

 若い頃は左翼活動家崩れの風変わりなコンラッドばかりに目が行ったが、30年以上も経ると、映画への視点も変ってくる。今回は伯爵夫人とその娘リエッタ(クラウディア・マルサーニ)が興味深かった。伯爵夫人は有閑マダムそのものにせよ、演じたのがS.マンガーノということもあるのか、とにかく醸し出す雰囲気が豪華。やはり若いツバメを囲う、イタリアの貴婦人は違うと嘆息する。
 一方、リエッタは若さの象徴なのだ。昔見た時は蓮っ葉な小娘という印象しかなかったが、瑞々しいという言葉がぴったり当てはまる。検索したらクラウディア・マルサーニは1959年生まれだそうで、制作当時15歳となる。15歳であれだけ大人びているとは…

 この母娘関係が面白かった。伯爵夫人は愛人の存在を隠すどころか、大っぴらに娘の前で愛人と共に合っている。娘もとかくワガママなコンラッドを嗜め、もっとママに優しくしてあげて…と忠告するのだ。そのくせ婚約者やコンラッドと音楽に合わせ、3人で全裸で踊るリエッタ。つまり母の愛人とも関係しており、“親子丼”状態だったのだ。
 乱交パーティー現場を教授に見られても、気分の赴くままのゲームとリエッタは言い、先生の若いときも同じでしょ?とやり返す。1人の男を巡っての母娘間の対立などは見られず、日本の庶民には到底判らない世界だろう。

 家族の崩壊はヴィスコンティ作品でよく取り上げられているテーマであり、本作も終盤にそれが描かれる。教授の呼びかけで最初にして最後の晩餐が行なわれ、その場で疑似家族はあえなく崩壊する。そのきっかけは伯爵夫人の夫の話だった。
 夫人の夫は実業家かつ右翼の大立者で、妻に愛人がいるのは黙認していたが、コンラッドの存在だけは許さなかった。コンラッドと別れなければ離婚する、と命じる。コンラッドを溺愛、散々貢いできた伯爵夫人だったが、彼と結婚する気も夫と別れるつもりもなかった。コンラッドも夫人と正式に結婚する気はなかったにせよ、面と向かって夫人に本心を打ち明けられた彼は荒れる。

 晩餐会で伯爵夫人の言ったことは意味深い。「結婚は家族を作るため、離婚は自由のためよ…」。
 またコンラッドの死後、病に倒れた教授を見舞った際の台詞も振るっている。
私たちは彼を忘れるわ。彼はこの強(したた)かな処世術を学ぶには、若すぎたのよ。悲しみなんていつまでも残ってないわ…」

 リエッタのフィアンセだったと思うが、晩餐会での「左翼の実業家がいるか?いるはずない」という台詞は苦笑した。先日、「ドイツの左翼活動家の92%が母と同居、33%は無職」というネットニュースがあり、他の欧州諸国の左翼もこの類が多いようだ。日本の左翼も同様らしく、1日中ネットを徘徊、方々のサイトでネトウヨ連呼するのが日課の者もいる。

「家族の肖像」のコレクションに囲まれて暮らす教授は、実は文科系ではなく理工系だった。私はこれをすっかり忘れていたが、コンラッドに語った教授の言葉は、実に重いものがある。
進歩の代償は破壊だ。近代科学は中立であり得ない…私は科学技術が奴隷制度を生むのを見てきた…



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