叱る親は子供を傷つけている

2007年07月19日 06時49分57秒 | Weblog
○「しかる」ことと「しつけ」は違う

 このごろ、電車や街中で子どもが傍若無人な振る舞いをしているのに、人の迷惑どこ吹く風と「しからない親」が増えている。こうした無責任な親も問題だが、責任感や子どもへの思いが強くて「しかりすぎる親」も知らず知らず子どもたちを傷付けていると警告を発するのがベテラン教師の親野智可等(おやの・ちから)さんだ。

 「多くの親は子どもと楽しく過ごしたいと思いながら、ちゃんとしつけなければと、ついついガミガミしかってしまう。しかることでしつけをしているつもりになっていますが、実はしかることしか方法が分からないことが多いのです」。

 「でも、しかられる方の子どもはそのたびに嫌な気持ちになり、少しずつ自信を失い、親の愛情に対する疑いが生まれ、親子の信頼関係が損なわれていく。わたしは教師生活のなかで、そんな例を数多く見てきました」。

 親野さんは静岡県の公立小学校で23年間勤め上げたベテラン教師だ。長い教師生活のなかで、子どもたちを伸ばすのは「親の力」であることを改めて実感し、そのことを伝えるために2003年からメールマガジン「親力で決まる子供の将来」を始めた。これが全国の親たちから大きな反響を呼び、『「親力」で決まる!』『「プロ親」になる!』など多くの著作を発表してきた。

 親野さんが命名した“親力”とは「子どもを育て、包み、伸ばす親の総合力」だが、親力を持った親に育てられた子どもはおのずと学力も伸びることから、三田紀房作の人気漫画『ドラゴン桜』で「親力」特別委員会特命部長にも任命されている。


○しかることが当たり前になる親

 多くの子どもは親や先生にしかられても反論するすべを持たない。夜寝るのが遅い、朝起きるのが遅い、食事を食べるのが遅い、食器を片づけない、歯を磨かない、宿題をしない、服をちゃんと畳まない‥‥など、ちょっと考えるだけで子どもは年中しかられ続けている。

 そのうち、親はしかることが当たり前になるが、子どもにとっては決して「当たり前」にはならないのだ。そうして、子ども自身も気付かないうちにストレスがたまってくる。

 「教え子だったA君のお父さんは厳しい人で、食事中も姿勢をよくして行儀よく食べないとしかられ、それ以外でも何から何まできちんとしてないと必ずしかられ、怒られ、ときにはたたかれていました」。

 「それほど厳しくしつけられたA君なら学校でもきちんとしていたかというと逆でした。被害妄想気味になっているのでわずかなことで切れ、友達とケンカする。生活態度もひどく、勉強も作業もやる気がない。A君のお父さんが期待した結果と正反対になっていたのです」(親野さん)。

 A君は父親が恐いから従っていただけで、行儀やマナーの大切さを分かっていなかったのだろう。それどころか、父親が年中しかるうちに父親が自分に対して愛情を持っていないと感じるようになり、満たされない思いが心を荒れさせていた。


○人間として許すことのできないときだけしかれ

 また、親野さんはこんな例も話してくれた。

 「かつて受け持った2年生の女の子のお母さんはちゃんとした方で、しつけにも厳しい人でした。ところが、その女の子はどこか愛情に飢えているようにわたしの目には見えました」。

 「そこで、お母さんに提案して、その子が生まれたときの思いを手紙に書いて子どもに渡してもらったのです。すると、それを読んだ女の子は『お母さん、わたしのこと好きだったんだ』とわたしに言ったものです。いくらお母さんが愛情を持って子どもをちゃんと育てようと思っていても、ガミガミしかられることで子どもは親が思う以上に傷付いているのです」。

 こうした経験から、親野さんは今年5月に『「叱らない」しつけ』(PHP研究所)という本を出版した。そこで、本当のしつけとは何か、しからなくてもちょっとした工夫で子どもが伸びる工夫などを書いた。

 「わたしはしかるな、といっているのではありません。人間として許すことのできない何かをしたら、親は感情を爆発させて命がけで子どもをしかるべきです。例えば、人のものを盗んだり、人を傷付けたり、弱い者をいじめたりなどしたときです」。

 「しかし、そのようなことは日常的に起きるものではないでしょう。毎日、しからざるを得ないようなことが起きているのではなく、知らずにしかることがしつけや育てることだと思い込んでしまっているのではないでしょうか」。


○子どもたちから突きつけられた厳しい評価

 実は、親野さん自身もかつて、ガミガミとしかることで、子どもたちから手ひどいしっぺ返しを受けたことがある。

 あるとき、指導力のある2人の教師と同じ学年を受け持つことになった親野さんは、頑張っていいクラスにしようと厳しくしかったり、怒ったりした。ところが、最初は言うことを聞いていた子どもたちも、2学期になると言うことを聞かなくなり、ついに3学期ではコントロールできなくなった。

 そのまま同じクラスを持ち上がりで担任することになった親野さんは翌年の始業式の日にかつてない屈辱的な体験をすることになった。

 校長先生が新担任の発表をすると、他のクラスの子どもたちは歓声を上げて大喜びし、なかには泣き出す子もいたほどだったのに、親野さんのクラスの子どもたちは誰一人喜ぶ者などいなかった。親野さんはそのときのいたたまれない気持ちを終生忘れないという。

 その体験を経て、しかることは子どもの信頼を失うだけだということに親野さんは気付き、この10年間は声を荒立ててとがめることはなくなったという。その結果、親野さんの指導力は上がって、子どもたちの人気も高まった。

 「子どもの評価というのは実に厳しいものです。大人の言動をよく見ていますからね。子どもは侮れないものです。ところが、多くの教師や親はそのことを知りません。無意識のうちに、子どもだと思って油断しているのです」。


○子どもの人格を否定する怒り方はしない

 大人にもいろいろな人がいるように、子どもの能力や性格もいろいろだ。他の子ができるのに、なかなか同じことができない子もいる。

 「いつも宿題やハンカチを忘れる」「決めたことを守れない」「漢字がなかなか覚えられない」。

 実は、長い目で見ると、いつの間にかできるようになることも多いはずだが、親はついつい近視眼的になり、「今できないとダメだ」と思いがちだ。早くできるようしてやろう、早く直してやろうという思いは愛情から発しているのかもしれないが、子どもを想像以上に傷付けることも少なくない。

 「子どもに何か言うとき、否定的な言い方をする親が実に多い。『食べたら歯を磨かなきゃダメ』『宿題をしないとダメだろう』など、『ない』とか『ダメ』という言葉は聞いている側にとっては無意識のうちに自分自身が否定されているような気がするのです。これを続けていると、ボクシングのジャブのようにじわりじわり効いてきて、親に対する不信感が芽生えてきます。一番悪いのは人格を否定する怒り方。『ずるい子だ』『バカ』『怠け者』『だらしがない』などのしかり方は絶対にしてはいけません。子どもにトラウマを残し、心の発達に大きな障害となります」。


○端っこを持ってもハンカチは持ち上がる

 頑張って、いい大学を出て、いい企業に入り、それなりの地位を得ている親ほど「できないことを許せない」人が多い。頑張ればできるはずだ、できないのはたるんでいるからだと思う。だから、ダメな子どもになる前に矯正してやろうと考える。

 だが、いくら言ってもできない子に、何度強制しても「できるようにならない」と親野さんは教師経験から断言する。では、どうすればいいのか。

 「目をつぶればいいのです。別にそれができなくても大したことではない。一度冷静になると、大人が躍起なっていることのほとんどは大したことではないと気付きます。大人が子どもに向かうとき、目をつぶる勇気が必要になる場合が必ずあります。そして、短所に目をつぶる代わりに、長所を伸ばすのです」。

 伸ばすには何より「ほめることだ」と親野さんは言う。

 「人は誰でもほめられるとうれしいものです。ほめられるとやる気が出てきます。ところが、日常的に子どもをほめ続けている親はほとんどいません。わたしは子どもたちとのおしゃべりのなかで、『このごろ、家の人にほめられたことがある?』と聞くと、ほとんどが『ない』と答え、なかには『一度もない』、その代わり『怒られたことならあるよ』と言います」。

 「では、どのようにしたら親が子どもをほめられるようになるかといえば、まず自分自身がプラス思考になる。そして、子どもの短所に目をつぶって長所を伸ばす決意をすることです」。

 親野さんは子どもを伸ばすことと、ハンカチを持ち上げることは似ているという。ハンカチは真ん中でなくて、どんな端っこを持ち上げても上がる。持ちやすいところを持って、上げればいいのだ。人間も同じで、得意なこと、好きなことから持ち上げればいい。全体が上がると、小さな短所は気にならなくなるものだ。

 次回では「どうしてもしかることがやめられない」という人に「しからなくて済むシステム」づくりや、夏休みの子どもとの過ごし方などをお伝えしよう。


○親のストレスは親子関係を台無しにする

 仕事やトラブルなどでイライラしているとき、ついつい子どもに当たり散らしてしまうことはないだろうか。例えば、おもちゃをちゃんと片づけない、歯磨きをすぐにしないなど、ちょっとしたきっかけで怒りが爆発してしまう。

 普段は同じことをしても怒られないのに、時々、なんの前触れもなく怒鳴られる。子どもにとってはいい迷惑だ。本当はただの“八つ当たり”なのだが、“しつけ”という名目で、イライラが子どもに向けられるとすれば不幸なことだ。

 親は気付かないが、子どもは親の行動をちゃんと見ている。「お父さん(お母さん)はイライラしているから怒っているんだ」と考え、片づけないことに対する「しつけ」だとは思わない。だから、一向に子どもの行動は改まらない。それどころか、親への不信が高まっていく。

 もうじきやって来る夏休みは親子関係の土台を築く大事な時期だが、親野智可等さんは、夏休みは親子関係を改善する「チャンスであると同時にピンチでもある」と語る。

 「特に専業主婦のお母さんにとっては一緒にいる時間が長いので、逆に子どもとの関係が悪化する恐れもある。悪化する原因は親のストレスです。ストレスが子どもに向かうと親子関係は大きく傷付きます。親がイライラしていたら、いい子育てなどできるはずがありません。親自身の心が安らかで穏やかなら子育ては必ずうまくいきます」。

 親野さんは静岡県の公立小学校で23年間勤め上げたベテラン教師だが、その間、見てきた親と子どもから、そうした結論に至ったという。これは母親だけでなく、父親にもいえることだ。


○イライラするときは子どもから離れる

 もちろん、仕事が忙しいときや厳しい局面もあるだろう。心穏やかでないときもある。だが、ストレスをうまく発散し、家に帰ったら仕事を忘れて子どもや家族に接することが大切だ。親のストレスがストレートに向けられると、特に子どもの年齢が小学生以下の場合は、その子の発達に大きな影響を与えることになる。

 「仕事は大切でしょうが、子育てはもっと大切です。はっきりいえば、私は子育てに勝る重要なことはないと思っています。もし、仕事を優先するなら、きっと10年後か20年後に親自身がツケを払うことになるはずです」。

 親野さんは、どうしてもイライラするならば、むしろ子どもと離れていた方がいいとさえいう。それほど親のストレスは子育てに有害だ。

 「いくら子どものために学習面や情緒面を育てる工夫をしていても、単なるイライラから怒鳴り散らすことで全てをダメにしてしまいます。『これだけ宿題を手伝ってやったのに』などと思っていても、親子関係はぶち壊しになってしまうと思ってください」。


○「厳しさ=しかること」ではない

 親野さんはこの5月に『「叱らない」しつけ』(PHP研究所)という本を発刊したが、その中で、「しつけには厳しさが必要だが、この厳しさを多くの大人たちが誤解している」と述べている。

 しつけの厳しさといえば、子どもにおもねらず、言うことを聞かないときは強い態度で臨んだりしかったりすることだと親の多くは思うだろう。だが、それは誤解であり、「継続性」「一貫性」「身を持って示す」の3点が大切だと親野さんは言う。

 継続性とは、いったん決め、約束したことを「親が忘れずに褒め続ける」ことである。家の手伝いなど、親自身が決めたことを忘れていて、しばらく経ってからしかるというのでは子どもの信頼を失う。

 そうならないために、子どもだけでなく、親自身も決めたことをチェックするための「見届け表」を作るのがよいと親野さんはアドバイスする。見届け表によって、目標として決めた勉強や家の仕事の手伝いなどができたかどうか、子どもを褒めたかどうか、スキンシップをしたかどうかなどを毎日、確認するわけだ。

 特に夏休みは子どもの1日のスケジュールや宿題・勉強の目標などを設定した生活表を作るよう指導する学校が多い。併せて親のための「見届け表」を用意するのはいかがだろうか。

 次に一貫性とは、親の感情や都合によって子どもへの対応を変えないということだ。子どもが同じことをしても、機嫌がいいときは怒らず、イライラしていると怒るのでは、子どもは判断の基準を失って混乱する。

 そして、身を持って示すとは、親が言っていることとやっていることを一致させるということだ。「人の悪口を言ってはいけない」と子どもに言いながら、自分では上司の悪口を言うようでは、子どもは親を信頼しない。

 「『言うことは聞かないけど、することは真似る』ということわざがありますが、これこそまさに親子関係を表している言葉でしょう」と親野さん。


○生活の中でしからないで済む工夫をする

 とはいえ、子どもがルールや決めたことを守らないときなど、何も言わずニコニコと見守っているのはおかしいじゃないか、という声もあるだろう。

 「私自身が子どもたちをもう感情的にしからないと決意したときに、それならば“しからなくて済むシステム”をつくろうと思いました」。しからなくて済むシステムとは子どもがルールや決まり事に気づいたり、守りやすくするための仕掛けを用意し、親が生活の中でしからずに済む流れをつくるということだ。

 親野さんのクラスでは「登校したら8時までに、その日の提出物を黒板の前の箱に出す」というルールがあったそうだ。

 「ところが、これを守れない子が必ず何人かいるのです。以前は守れない子をしかっていましたが、何度言っても直りませんでした。そこで、小黒板に朝の流れを書き、帰り際に係の子がクラス前面の黒板に貼り付けておくようにしました」。

 その小黒板にはこんなことが書いてあった。

・出すものを出しましょう
・8時までです
・係の仕事をがんばりましょう
・外で元気に遊びましょう

 これだけでかなりの効果があったが、親野さんは毎朝、これを全員が読むようにしたという。すると、絶大な効果があり、みんながルールを守れるようになった。


○トヨタ自動車と同じ“改善”が重要

 家庭もこの例と同じで、何もしなければ「しかってしまう流れ」になりやすい。

 「例えば、食後に歯を磨く約束をしていても、放っておくと好きなテレビ番組などに夢中になって、歯を磨くことを忘れ、親が何度言っても磨こうとしないので、最後は怒鳴るということになりがちです。これが“しかる流れ”」。

 「これをしからなくて済むシステムにするには、例えば、食卓にハシと一緒に歯ブラシも置いておく。『ごちそうさま』だけでなく、同時に『歯を磨きます』と言わせるようにする。あるいは、食後にやるべきことを紙に書いて、目立つところに張っておくなど、いろいろな工夫があります」。

 「ほんの少しの工夫で大きく違ってくるはずですが、うまくいかなければ、もっと工夫をすればいいのです。トヨタ自動車と同じで、絶えざる“改善”が大切なんです」。

 これほど、子どもに対して懇切ていねいにする必要があるのかという意見もあるだろう。また、そんなことをしていたら、いつまでたっても自分一人でやれるようにならないのではないかと心配になる人もいるかもしれないが、親野さんはこう語る。

 「私も以前はそう思っていましたが、今は違います。確かに、なかなか約束を守れない、身に付かない子はいますが、わざとやっているわけではないのです。すぐにできなくても、システムがしっかりしていれば、だんだん習慣が出来てきます。すぐにできなくてもいいじゃありませんか。ちょっとだらしなくても、とても感性豊かな子もいます。欠点より、いい点に目を向けてください」。


○夏休みに親子日記を始めよう

 以上のように、親がストレスをためず、しからないシステムを工夫した上で、親野さんは「夏休みにこんなことを親子でトライしてみましょう」と言う。

 「まず、『親子日記』を付けること。大学ノートでも何でもいいですから、親と子が交互に日記を書くのです。その際、親が気を付けるべきことは、説教をせず、子どもの書いたことを共感的に受け入れること。その上で、例えば、自分の子ども時代のことや感想を書いてください。これを続けると親子の心の交流になります」。

 「また、口では言えないことも日記なら書ける場合もあるでしょう。毎日、親子日記を付けていると、お互いがやっていることや考えていることが分かるようになります」。

 「夏休みは親子日記を始めるのにいい機会です。忙しいお父さんと子どもが語り合うきっかけにもなるし、子どもの書く力を高めることにも役立ちます」。

 親野先生のかつての教え子も、毎日帰りの遅い父親と幼稚園時代から親子日記を始めて、父子の交流が深まっただけでなく、小学校入学時には1日にノート1ページ分も書けるほど文章力が向上したという。


○本物体験と熱中体験を子どもと一緒に

 「もう一つ、夏休みにお勧めするのが親子で“本物体験”をすることです。動物園、美術館、博物館、スポーツ観戦、ゴミ出し体験など何でもいいですし、自治体などが主催しているイベントもいいでしょう」。

 「本物体験は子どもにとって一次情報で、それを持っていると、本や漫画、テレビなどの二次情報に触れたときに頭に残るのです。知識が頭の中の杭にひっかかるわけです。その効果はとても大きい。そして、親子で交流するいい場にもなります」。

 親野さんがかつて受け持っていた小学校6年生の女の子は歴史の勉強が嫌いだったが、夏休みに親と一緒に博物館で土器や遺跡を見てから、すっかり歴史好きになったという。子どもの苦手科目を克服するチャンスかもしれない。

 「さらに付け加えると、子どもに“熱中体験”をさせるサポートを親がすることも重要です。スポーツでも虫でも好きなことを子どもに極めさせてあげてください。虫好きなら昆虫博物館に連れて行ったり、昆虫図鑑を買ってあげたりする。親の支援があると、熱中体験が深まります。熱中すれば頭が活発に動いて、知識も身に付くでしょう」。

 我が子をしかるばかりでは、親もいい気持ちはしない。「しかる流れ」から脱して、本物体験や熱中体験を子どもと一緒にすることで、楽しみながら子どもを効果的に伸ばす本当の子育てが実現するだろう。

http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/special/148/

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