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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

愛するココロ-35-

2007年11月16日 | 投稿連載
     愛するココロ 作者 大隈 充
            35
由香の膝の上でパームトップの液晶画面がチカチカと点滅している。
赤や青と目まぐるしく変化してその光が強くなったり、
弱くなったりする。
「ここは、ナビだと市営グランドの場所じゃないよ。」
「でも反応している。段々通信圏内に入ってきた。」
由香は、ナビと前方をキョロキョロ見ながらハンドルを握って
いるトオルの問いかけにパームトップを覗きながら答えた。
ワゴン車は、大きな寺を過ぎて嵯峨野の住宅街を迷走したかと
思うと、幹線道路へ出る道のY字路にさしかかったところだった。
「どっちに曲がればいいの?」
「まだ電波が弱くて、完全にアクセスできないよ。」
「とりあえず右に曲がってみるよ。」
宅配便のオートバイをかわして、明るい幹線道路の方へトオル
と由香を乗せた小型のワゴン車は進んでいった。ちょうど
そのバイクが通り過ぎるとき一瞬そのヘッドライトで泥だらけ
で傷だらけのワゴン車のボディーが浮かび上がった。
夜も十一時に近く直線道路を走ると車の往来も疎らだった。
「うん。電波が少し強くなってる。」
「市営グランドから二キロは離れてるし、むしろ進んでいく
方向がどんどんグランドから遠くなってるんだけど。」
「うーん・・・」
「カトキチの情報に時間差があるのかな?」
「そうだ。研究室のコンピューターは、常時エノケン一号と
つながっている訳じゃなく定期的にPHSでやり取りして
位置情報を解析するのに時間差が出てるのよ。きっと。」
「場所が変わってるってどういうこと?」
「つまりー」
「つまり?」
「つまりエノケン一号がこの三十分で動いているってことよ。」
「またアイツ逃げてるのかあ。」
「逃げているかどうかわからないけど移動して私たちの近く
に来たということは、確かなのね。」
「世話の焼けるヤツだぜ。エノケンさん。」
とトオルがアクセルを踏み込んだとき、助手席の由香の膝の上
のパームトップがブルーに光った。
「完全にアクセスできた。」
「なんだか飲み屋街の外れに来ちゃったよ。」
「どこだろう。」
由香は、もう一度同じフレーズを呟いてパームの画面に
「ドコニイルノ?」と入力した。
液晶のブルーの画面からピアノの音がすこしづつ
漏れ出したきた。
トオルは、車を減速してブレーキペダルの方に足を向けた。
「カナシイデス・・・」
エノケン一号の声がピアノ音の後に聞こえてきた。
トオルが行き止まりでブレーキを踏んだ。
そこは、古い木造長屋のアパートだった。
由香の手に握られたパームトップの液晶画面の距離計が
ゼロになった。ワイヤレス端末とロボット本体の間の接近
位置を示す距離表示は、五メートル以内は、測定ゼロになる。
「もうそこにいる筈よ。」
と由香が車から降りながら叫んだ。
「こんなとこに?」
トオルも降りてきてアパートの外階段の手すりに手をかけた。
そのときガシャン!
というお皿の割れる音がした。
「何回言うたらわかんねん。めしなんか食わせへんぞ!
こんガキがぁ。」
男の烈しいだみ声が一階の右端の部屋から夜闇に激流の
ように流れてきた。
その声の主は、下加茂倉庫と描かれたジャンバーを着た
白髪の中年男だった。
酒を飲んで酔っているのか両頬が赤い。
男は、台所の流しの洗物の食器を木目タイルの床に投げ
飛ばされて倒れている小学生の学の頭に思い切り投げつけた。
「あんだけ食ったら洗っとけ言うてんねんのに、なーん、
ユニホームのまま寝てんねん。シマキアゲっぞお!
こら!ボケ!」
学は、辛うじて手の甲で避けたが指をバックリ切って
血が吹き出てきた。
しかし学は、石のように歯を食いしばって涙を食い止めた。
おそらくいつもここで大きな声で泣こうものなら、もっと
烈しい折檻が待っているのを知っているのだ。だからただ
ただ黙って耐えるしかない。
「何黙ってんねん。ごめなさいは?」
と椅子を蹴散らして、学の耳をもつと居間の方へ引き
ずって学の腹を蹴り上げた。
「今日こそは、殺すぞ。われ。オッカアがだらしない
女だと子もスカや。」
「ごめんなさい。ごめんなさいー」
泣きながら厄払いの念仏を唱えるみたいに震える口で
ごめんなさいと何遍も言い続けて学は頭を畳にこすり付けた。
白髪の男は、窓サッシをガラリと開けてその学の顔を殴る
と外へ突き落とした。
外は庭というよりブロック塀の間に自転車がやっと置いて
ある程度の洗濯干しスペースでしかなく、そこへ唇から血を流
しながら転がり落ちた学は、ブロック塀にはじき返された。
白髪の義父は、学の野球のバットをふりかぶって
追いかけてきた。
「あまえなんか、役立たずや、スカや、いんでまえ!」
と十一歳の震える少年の頭めがけて、力の限り金属バット
を振り下ろした。
カキン!
乾いた音がした。
急に辺りが静かになった。
次の瞬間、白髪男は、庭に尻餅をついていた。
金属バットが鉄の腕に当たって跳ね返って白髪男の頭を
直撃した。パチンと酔いが覚めた。
「ユコウ!マナブクン。」
学は、びっくりして立ち上がった。
「ココニイテハ、イケナイ」
ブロック塀の上から一部始終を見ていたトオルと由香が
同じくびっくりして首を突き出して叫んだ。
「エノケン一号!」
エノケン一号は、鉄の腕で学を庇ったのだった。そして
学を両手で支えるとゆっくりと木戸から道路へ誘導した。
「な、何だ?お前。こら!冷蔵庫がなんで動いてるん?」
白髪男は、猛然と立ち上がって追おうとするとエノケン
一号は、片手で自転車を倒して思い切り男が転倒するのを
計算どうり実行した。
木戸を閉めて変な冷蔵庫とユニホーム姿の血だらけの
小学生が舗装道路をしっかりと歩き出した。
「イヤ、ヒサシブリデス。」
エノケン一号は、由香とトオルに手を振った。
「よかった。エノケン一号!」
と由香は、傷だらけの冷蔵庫型ロボットに抱きついた。
そして傍で震えている学も抱き寄せた。
「トモダチ!」
エノケン一号は、由香に学を紹介した。
由香は、ただ学の唇の血をハンカチで押さえながら頷いた。
何どもしっかりと、力強く、少年のココロに届くように。
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